完全養殖ウナギ、商用化へ前進 水研機構とヤンマーが量産技術を特許化


絶滅危惧種に指定されているニホンウナギの持続的な利用に向けた大きな一歩となる「完全養殖」技術の量産化が、いよいよ現実味を帯びてきた。国の研究機関である水産研究・教育機構(以下、水研機構)と、産業機械メーカーのヤンマーホールディングス(以下、ヤンマー)が共同で開発を進めてきたウナギの完全養殖技術について、両者が関連する特許を取得したことが明らかになった。

これにより、これまで不可能とされていたウナギの人工ふ化から成魚までの完全な養殖サイクルが、量産レベルで実用化される道が大きく開かれた。

■天然依存からの脱却を図る完全養殖

ニホンウナギは、長年にわたり日本の食文化を支えてきた重要な食材である。特に「土用の丑の日」にはウナギを食べる習慣が根強く残っており、夏場のスタミナ源として広く親しまれている。しかし、近年は地球温暖化や河川環境の悪化、そして過剰漁獲などが原因で、シラスウナギと呼ばれる稚魚の漁獲量が激減。2014年には国際自然保護連合(IUCN)によって絶滅危惧種に指定された。

現在の主流である「半養殖」は、天然のシラスウナギを捕獲して養殖場で育てる手法であるが、これは資源保全の観点から持続可能とは言い難い。そこで求められていたのが、完全に人工的なサイクルでウナギを育成する「完全養殖」技術だ。

水研機構は2002年に世界で初めて人工ふ化に成功し、2010年にはふ化させた個体が産卵する第二世代の再生産にも成功した。だが、技術的な実証は済んでいても、実際に商業的に成立させるには、コストの高さや稚魚の育成成功率の低さといった課題が立ちはだかっていた。

■ヤンマーとの連携で現実化へ

このたび、量産化を後押しするかたちで出願・取得された特許は、稚魚の飼育環境や、ふ化直後の仔魚(レプトケファルス)への給餌に関するノウハウが凝縮されている。特に重要なのは、成長段階に応じて適切な粒径と栄養素を持つ餌を自動制御で供給する技術であり、これにより生存率と成長効率を大幅に向上させることができるという。

ヤンマーは従来から水産業向けのソリューション提供に積極的であり、IoT技術を活用したスマート養殖や自動給餌装置、水質モニタリングなどを手掛けてきた。今回の完全養殖ウナギプロジェクトでは、それらの技術基盤を活かし、養殖施設のオートメーション化と安定操業の実現を目指している。

さらに現在は、実証実験施設の運用が始まっており、技術の精度とスケーラビリティの確認が行われている。量産化によるコスト低下が見込まれる中、自治体や民間企業との連携による商業展開の計画も水面下で進行中だ。

■ウナギ完全養殖のもたらす社会的意義

ウナギの完全養殖は、単に供給量を増やすだけでなく、自然環境への負荷を減らすという重要な意味を持つ。漁業資源の枯渇が世界的に問題となっている中で、人工的なライフサイクルの確立は、生態系の保護と食料安全保障を両立するモデルケースとして注目を集めている。

特に日本のように水産物消費が多い国では、持続可能な生産体制の構築が喫緊の課題である。完全養殖によって、天然シラスウナギの捕獲を抑制できれば、絶滅危惧の回避にも繋がり、国際社会からの評価にもつながる可能性がある。

また、養殖技術は他の魚種への転用も可能であり、マグロやサケ、ブリなどの高級魚種にも応用されれば、日本の水産業全体に革新をもたらす契機となる。

■ブランド化と消費者の期待

もう一つの大きな注目点は、「完全養殖ウナギ」のブランド化である。従来、完全養殖ウナギは天然物と比べて味に劣るというイメージがあったが、近年は餌や飼育環境の最適化により、むしろ脂の乗りが良く、柔らかい身質で高い評価を得ることも増えている。

「安心・安全・持続可能」な選択肢として、消費者の関心も高まっており、百貨店や高級料理店などを中心に取扱いが始まっている。今後はふるさと納税やオンライン販売など、販路の多角化も検討されている。

■まとめと展望

今回の水研機構とヤンマーによる特許取得は、20年以上にわたる研究の成果がいよいよ商業ベースに乗る段階に達したことを意味している。完全養殖ウナギは、環境問題・食糧問題・技術革新の三本柱を同時に実現するポテンシャルを持っており、日本の農水産業の未来を象徴するプロジェクトとも言えるだろう。

今後は、量産施設の整備、供給網の構築、品質の均一化、さらには消費者の理解促進といった多方面の努力が必要となるが、完全養殖による「持続可能なウナギ」の実現は、もはや夢物語ではない。

未来の食卓には、持続可能なかたちで育まれたウナギが、当たり前のように並ぶ日が来るかもしれない。


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