AIが人の目となる、点検作業の新技術を追う

工場現場で働く方向けの問題解決をAIとIoTの両面から提案するのが、LiLz株式会社の技術だ。同社が保有する特許から、本インタビューでは「希望解像度送信」と「任意撮影」の2つについて主に紹介したい。どちらも、現場作業で目視確認が必要とされていた膨大な点検業務量の削減を可能にする、ヒトの視覚を拡張するサービスである。

今回特別に代表取締役・大西 敬吾氏に明かしていただいた、計画的な特許取得からグローバルニッチトップを目指す同社の戦略は、分野を問わず、開発・スタートアップに携わる多くの人にご覧いただきたい。

PROFILE

大西 敬吾

KEIGO ONISHI

■LiLz株式会社 代表取締役

兵庫県生まれ。広島大学大学院修了後、広島のITベンチャーに飛び込む。
エンジニアとして、工場やデジタル家電向けのGUI開発環境の立ち上げに貢献。その後、沖縄へと移住し、クラウド業界でプロダクトマネージャーとして活動後、2017年にIoT・AI特化のLiLz株式会社を創業した。IoT・AIによるリモート点検サービスLiLz Gaugeを提供中で、2023年4月に約5.9億円を調達、これまでの調達総額は約10億円。

装置点検業務をシンプルに

LiLz株式会社の大きなロードマップをお伝えする前に、まず同社の事業のメインである点検業務の現場とはどのようなものなのかを共有したい。工場やプラントの現場において、日本や世界のどんな場所/種別の現場でも必要になる定例作業が「装置点検」である。

マンション各戸のガスメーターをイメージしてもらえるとわかりやすい。1階から10階までの全メーターをすべてひとつひとつ確認するのは骨が折れる。さらに1日3回確認が必要となれば中々の重労働であることは、皆様も予想に難くないだろう。これを、日に数回のローテーションを組んで、何百何千箇所とやるのが実際の現場での装置点検である。

「点検箇所を人が回って確認、メーターなどの装置の様子を撮影し、数値や動きに異常がないかを点検していくこの作業は欠かせない業務である一方で、現在活躍しているのは定年を前にしたシニア層が多く、どこも人手が足りていないのが現状です。そこで私たちが開発した技術が、静止画撮影を行う低消費電力のカメラです。計器の前に電源不要のバッテリー式カメラを設置し、1日3回、点検箇所の撮影を行います。バッテリーは約3年稼働します。撮影した画像が管理用のパソコンなどに送られ、AIが画像からメーターの数値を解析、一般的に必要な数値分析まで、ひとつひとつの装置を足で回ることなく確認できる、という機能です」

すでに据え付けられている計器を撮影し情報を集約する技術であるため、計器自体を専用のものに取り換えたり機種を統一したりする必要はなく、導入の負担も最小限に設計されている。

「初期設定において画像の傾きや値を読み取る箇所を設定・微調整する作業は必要ですが、これはパソコン上で簡単に操作でき、1か所1分もかかりません。読み取りの基盤をつくるこの工程は自力でAIを創り出している感覚にもなってもらえているようで、楽しんでくださっている方も多いです」と大西氏。その準備が終われば、装置が1台でも100台でも、実際に足を運んで回らなくても装置の状態を点検することができるのだから魅力的だ。AIやDX化というとどうにも小難しく、仕事で関わったことのない人にとっては心理的抵抗が高いことも少なくない。だからこそ同社は「いま目の前で困っている人にすぐ使ってもらえる、わかりやすいサービス」であることを大切にしているという。

それを可能にしているのが、ソフト・ハード両面を熟知した技術力だ。「機能をシンプルでわかりやすくするために、AIとIoTの両方を手掛けています。AIをうまく使いこなすためのデバイスが必要であれば、それも自分たちで創るという戦略です。AIを導入したいけれど、そのためにまず必要な『データを取るためのデバイス』がないということはよくあるんです。」と大西氏は語る。

「トライアルから始めてもらった会社のうち、使いやすさを実感していただき、8割以上が本格導入してくれています。ユーザーだけではなく、パートナー企業も増えてきて、現在はたとえば帳票システムを取り扱う企業やゼネコンのサブスクサービスの方など、幅広くパートナーを組んでいます。この技術の適用範囲は計器の点検以外にも広く、河川の水位調査や農業分野などにも応用可能なんです。たとえば屋外の電源が引けない場所や、そもそも人が立ち入るのが困難な箇所においては、取り付けや給電のための工事が必要ない手軽さはとても重要ですから」

順調に拡大するLiLzの技術は、たまたま生まれたラッキーのヒットではない。現場の点検にかかわる技術をマッピングした同社資料を見れば、他と圧倒的に差別化されたポジションが、市場分析と特許によって計画的に獲得されたものであることは明らかだ。

攻める・守る・実用の特許

縦軸に計測の頻度を、横軸に電源の有無を配置したこのマップにおいて、日常点検向けで電源が不要である、右上の「低消費電力定点カメラ」の位置は元々ぽっかり空いていた。人力で埋めていたそのエリアにLiLzはいち早く目を付け、参入障壁となるよう複数の特許を取得した。

1つ目に紹介する「希望解像度送信」は、撮影した画像の解像度を変えてサーバに送信できるという特許である。カメラのバッテリーを長持ちさせるためには送信データ量を抑えることが不可欠だ。また、データサイズが大きくなると通信料も高くなりコストを圧迫してしまう。

業務において、数値が読み取れる以上の高解像度である必要はない。読み取れる最低限の解像度に変換することで、データサイズを下げ、転送のための電力消費も最小限に抑えることに成功した。

現在はこの解像度の変更に加え、画質は保ったまま画像内の必要箇所のみを切り取ることでデータサイズを抑える技術の特許も申請中だ。解像度変更と切り取りを組み合わせ複数の加工パターンがそろえば、あらゆる状況に柔軟に対応可能になる。

この特許を押さえたことで、他社が同じようにデータサイズ、ひいては消費電力をおさえようと思っても、カメラ自体を近づけて低解像度撮影をデフォルトにするしかなくなる。しかし当然、すべての撮影箇所が都合よく近接で撮影カメラを設置できる環境であるとは限らない。

あるいは、画像ではなく数値情報だけを取得することでデータの縮小を試みる場合も、現場の「画像が良い」という声は無視できない。「働く人たちの話を聞いてみると、画像を欲しがる方が多いんです。数値だけぱっと与えられては安心できない。実際にその数値なのか?と思っても、値が平時と比較しておかしくなっていても、画像がなければ結局実際見に行くことになりますからね。」そんなリアルなニーズを踏まえると、LiLzの保有するこの特許がいかに強力なものであるかがより伝わるだろう。

コスト面にはもう1点工夫が潜んでいる。カメラの設定を、カメラ本体ではなくスマホアプリで行える点だ。そうすることでカメラ側のUIが不要になり、「カメラそれ自体」のコストもぐっと下がるのである。高頻度で使用し、かつ大量に設置個所のある日常点検向けの技術だからこそ、これらひとつひとつの低電力・低コスト化は使えば使う程にありがたさがしみる、細やかな工夫だ。ここにも同社がデバイスやアプリから作り出せる技術力を持っているという強みが光っている。

もう1つの特許は「任意撮影」である。撮影のタイミングは大別して2種類あり、ひとつはスケジュール通りに撮影するもの、もうひとつが「今、画像が欲しい」という任意のタイミングで撮影をするものである。

後者が特許取得済みの「任意撮影」の技術で、これは計器の点検はもちろん、防災の分野にも高いニーズがある。「たとえば河川の水位調査にカメラを用いている場合、『今雨が降っているが計器はどうなっている?』など、ピンポイントで情報が欲しくなる瞬間があります。とはいえ、年間のほとんどは災害は起きませんよね。平時は1日1回撮るだけにして電池を長持ちさせ、降水量が増加したときなど、ここぞ!というタイミングに必要な分だけ撮影・確認できるというのがメリットです。」

現場が抱えている課題を的確に察知し、高い技術力で最もスマートな解を導き出し、戦略を吟味して知財として活用する。一連の流れに一貫される意図と意思が、LiLzの躍進の鍵であることは間違いない。

今後の知財活用について

ここからの展開についてうかがうと、「五感」というキーワードが出てきた。現在は視覚、点検のサービスを強化しているが、ゆくゆくは五感のプラットフォームをグローバルに提供していくことを目標に掲げているそうだ。

「国が把握している大量の点検項目を分析すると、その87%が目視による確認です。そのためまず視覚から手掛けていますが、音による確認も2割、触覚や嗅覚・味覚まで用いることもあり、カメラだけでは100%の確認ができるわけではありません。結局、直接確認しに行かなくてはならないエリアが残っている。そこが現場の方が大変な思いをしている部分で、改善できる課題です。」視覚のマーケットで作り上げたノウハウを足場に、他の五感へフィールドを広げ、人力で対処してきた課題をあらゆる角度からテクノロジーで解決していくことを目指す。

ダイレクトPCTの任意撮影と、日本出願の希望解像度送信のほか、すでに音にまつわる特許も取得しており、ロードマップを着実に進めている様子がわかる。前職時代、沖縄発のITベンチャーとして多角的に事業を進めていく中で、大西氏は新規事業チームを組み、LiLzはそこから創業された。メンバーみんなの力が活きる、チームに合う課題を探して今の事業に照準をあわせた。大西氏自身もそれまで製造業界の制御ツールや表示機向けGUIの開発など、ベンチャーでプロダクトに向き合ってきたエンジニアである。ハードとソフト両方に携わってきたという強みが、現在のフレキシブルな発想と発明を生んでいるのだろう。また、自身のルーツも事業立ち上げのヒントとなっているとのことで、今も現役で現場で仕事をしている父の姿をずっと見てきたことから、どんな課題を解決していこうかと考えたときに、オフィス向けのものよりも、現場で働く人の環境改善というイメージがすっと浮かんだそうだ。「そこからスタートして、目指すのはグローバルニッチトップ。そうなっていくためには知財がなくてはならないと考えています。今は外部の知財のプロにも入ってもらい、社内研究者らとあわせ3名体制で戦略を練っています。」

すでに海を渡り複数の国で動き始めていている同社の技術の適用地域は幅広い。特に、人件費が高く国土が広いエリアは点検作業の負荷が高いため、そういった国を重点的に、海外への展開・国際特許の取得にむけて着々と準備を進めている。

同社の知財アドバイザーとして参画している株式会社MyCIPO代表の谷口将仁氏は、「知財に対して、基本的には競争優位勢を高めるものとして考えています。アライアンス・売上・資金調達の三本柱に活かしていくのがスタートアップの知財戦略のあるべき姿」だと明確な指針を提示する。

「先ほどお話しした、パートナーシップを結ぶときにも特許があるということが背景として活きてきます。資金調達にしても同じで、他の条件が同じであれば特許を持っている方が投資も前向きに考えてもらいやすくなります。だから、事業におけるマップをしっかり俯瞰し、その中でポイントとなる特許おさえて参入障壁を作り、サービスを洗練させていくことでグローバルニッチトップに近づけていく。道のりの途中ですが、やりたい形には運んでいけていると思います。」

堅実かつ迅速に一歩一歩駒を進めていくLiLzの躍進は、点検にかかわる多くの会社が注目しており、確認頻度が低い定期点検や、電源型の装置を運用する会社とも縦横にパートナーシップを結び、より広い課題・領域に対してソリューションを生み出している。まもなく実現するであろう同社のビジョンの先で、負担の軽くなった現場の人々が、それぞれのフィールドでより効率的に力を発揮する光景は想像に易い。ひとつの会社、ひとつの技術が世界の生産性を大きく伸ばす、そんな未来に胸が躍る。