自動車軽量化の裏側で進む加工技術革新──JFEスチールの割れ防止発明が鍵に


自動車の軽量化ニーズが高まり、高強度鋼板(AHSS:Advanced High Strength Steel)が普及するにつれて、プレス成形時の“割れ”は避けて通れない技術課題となっている。特にAピラー下部、サイドメンバー、バッテリーフレームなど、複雑な形状でありながら衝突時に高いエネルギー吸収が求められる部位では、L字形状のプレス部品が多用される。しかし、こうしたL字プレス品は、曲げコーナー部に応力集中が発生しやすく、割れ・スプリングバック・寸法精度の低下といった問題が常に付きまとっていた。

その課題に対してJFEスチールが取得した新特許は、L字形状のプレス成形品に特有の割れを効果的に抑制する技術として注目を集めている。本稿では、この割れ防止技術のポイントを技術的・知財的視点から整理し、さらに自動車業界全体に与えるインパクトについても考察する。

■高強度鋼板×L字成形が難しい理由

高強度鋼板は、従来の軟鋼よりも引張強さ(TS)が高いため、衝突安全性の向上に大きく寄与する。しかしその反面、「延性」が低いという弱点がある。延性が低ければ、曲げ部に塑性変形が集中しやすく、割れが生じる。特にL字形状は、以下のような問題が顕在化しやすい。

  1. コーナー部での応力集中
     L字の曲げ角部に材料が引き寄せられ、局所的に板厚が薄くなり、割れやすくなる。

  2. 成形途中の素材の偏り(偏肉)
     材料の流動性が低い高強度鋼では、成形中に均一に材料が流れず、特定箇所にひずみが偏る。

  3. スプリングバックの増大
     高強度鋼特有の弾性戻りにより、設計寸法との差異が大きくなり、追加工程が必要となる。

自動車メーカーはこれらの課題を克服するため、「プレス金型の工夫」「材料グレードの最適化」「潤滑剤の改善」など多面的な対策を講じているが、依然として割れは重要技術課題であった。こうした背景から、JFEスチールが取得した“割れ防止技術”の特許が注目されている。

■JFEスチールの特許技術:L字プレス品の“曲げ部割れ”を根本から抑制

 今回取り上げるJFEスチールの特許技術は、L字プレス品の成形時における「応力分布の偏り」を制御し、割れを未然に防ぐ仕組みを持っている。特許明細書では、以下のような特徴が明確に示されている。

① 成形時の材料流動を制御する“領域設計”

L字曲げ部周辺に、あらかじめ「材料が流れ込みやすい領域」を設けることで、局所的なひずみ集中を抑制する技術が記載されている。これにより、コーナー部が薄肉化することを防ぎ、破断のリスクを大幅に低減する。

② 金型側の“押さえ荷重”を最適化

金型のビード設計やボルスターホールド量を調整することで、材料の逃げを防止し、ひずみが均一になるよう分散させる。これにより、L字の内曲げ部と外曲げ部のひずみ差(ストレイン差)が小さくなり、割れにくい構造となる。

③ 曲げコーナー部の事前形状補正

成形前の素材に特定の凹凸を付与し、曲げ時に材料が滑らかに変形するよう誘導する“事前補正加工”も特許の要点である。これはスプリングバックを抑制する効果も持っており、寸法精度を高めながら割れを防止する一石二鳥の効果を生む。

④ 高強度鋼(980MPa級)の割れを大幅に低減

高張力鋼の成形時に多発していた“コーナー割れ”が、この技術により顕著に減少したことが実験結果として示されている。電気自動車(EV)向けのボディ補強部材や衝突吸収部材に最適だ。

■特許が狙う技術課題:EV時代の“軽量×高強度”の両立

EV化に伴い、車体の剛性確保は一層重要になっている。特にバッテリーを底部に搭載するEVプラットフォームでは、サイドシルやフロアパネルなどのL字構造が多用される。これらは「側突安全性」「ねじり剛性」に直結するため、高強度化と割れ防止は不可分のテーマだ。

JFEスチールの特許が重要なのは、単に成形技術の改良という枠を超え、**EV時代の車体設計の自由度を広げる“基盤技術”**である点にある。複雑形状でも量産性を維持できることは、自動車メーカーにとって大きな競争優位につながる。

■特許網の観点から:他社はどう出るか

自動車用プレス成形の特許は、鉄鋼メーカー・自動車メーカー・金型メーカーが三つ巴で競い合う分野だ。特に高強度鋼板の曲げ加工に関する特許は、日鉄、JFE、神戸製鋼(KOBELCO)が長年積み重ねてきた領域であり、今回のJFEの特許は以下の観点で重要である。

  1. 高強度鋼の成形性改善特許の中心領域に位置

  2. 金型設計に関わるため、他社が回避するのが難しい

  3. L字部品は多くの自動車構造で必須のため影響範囲が広い

  4. EVシフトで部材使用量が増加し、特許の価値が上昇

つまり、市場拡大と技術課題の増大という“追い風”の中で取得された特許であり、特許価値上昇が見込まれる。

■JFEスチールの狙い:素材+加工技術の「セット戦略」

鉄鋼メーカーが近年注力するのは、素材(鋼板)と加工技術(金型・成形)を一体で提案する「セット開発」だ。単に材料を供給するだけでなく、その材料を使いやすくするための加工技術を含めて顧客に提供することで、サプライチェーン内の存在価値を高める狙いがある。

今回の割れ防止技術は、このセット戦略の代表例となる。

  • 高強度鋼板が割れる

  • → 成形が難しいため、メーカーは採用をためらう

  • → そこで「成形しやすくする技術」を提供する

  • → 結果的に、自社鋼板が採用されやすくなる

このように、加工技術特許は単なる知財資産ではなく、“素材の売れ行きを左右するビジネス装置”として重要な役割を担う。

■まとめ:割れ防止特許がもたらす産業的価値

JFEスチールが取得した自動車向けL字プレス品の割れ防止技術は、以下の点で大きな意義を持つ。

  • EV時代に不可欠な高強度部品の量産課題を解決

  • 曲げコーナー部のひずみ集中を抑える“本質的アプローチ”

  • 成形性改善と寸法精度向上を同時に実現

  • 素材メーカーの競争力を高める“加工技術×材料”のセット戦略

自動車産業は、衝突安全性・軽量化・EV化という三つの圧力の中で、ますます高強度・複雑形状の部品設計が求められている。その中で、この割れ防止技術は、今後の車体設計の自由度を広げ、加工コストを下げ、供給の安定性を高める重要な基盤技術となる。

素材メーカーの知財力が自動車開発の方向性を左右する時代。JFEスチールの今回の特許は、その象徴的な一歩と言えるだろう。


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