「日用品にも知財戦争 クレシア×大王製紙、“3倍巻き”特許訴訟の行方」


はじめに:争点と構図

  • 日本製紙クレシア(以下「クレシア」)は、トイレットペーパーについて、従来品に比して「長さ3倍(長巻き)」としつつ実用性を保つ技術を有する特許を取得しており、これを背景に、同種製品を販売する大王製紙(以下「大王製紙」)に対し、製造・販売の差止めおよび約3,300万円の損害賠償を求めて訴訟を提起しました。

  • 第1審(東京地裁)では、クレシアの請求は棄却され、大王製紙の製品がクレシアの特許権を侵害しているとは認められないとの判断が出されました。 

  • その後、クレシアは控訴しましたが、知財高裁における控訴審でもクレシア敗訴、すなわちクレシアの主張は棄却される判断が下された、というのが今回のニュース報道の趣旨です。

  • 要するに、「長さ3倍巻き」の技術がクレシアの特許権に含まれる範囲か否か、またその請求項の解釈、類似性の評価、技術的差異の有無などが争点となった訴訟です。

報道を見比べると、知財高裁の判断内容そのものは詳細まで公開されていないものの、報道見出しでは「長さ3倍」技術について特許侵害を認めずとの見出しが出ています。

ただし、報道だけでは不十分なため、類似の訴訟構造や関連する特許技術・裁判例を参照しながら、本件を読み解きます。

背景:長巻きトイレットペーパーとクレシアの特許技術

長巻き技術の市場的背景

  • 近年、トイレットペーパー(ロール品)において、従来のロール長に比して長尺化をうたった「1.5倍巻き」「2倍巻き」「3倍巻き」などの商品が普及しつつあります。消費者利便性(取り替え間隔の延長、保管の省スペース化など)が背景要因です。

  • クレシアは「スコッティ(Scot­tie)」ブランドを通じて、「長持ちスコッティ 3倍長持ちロール」などを展開しており、同社はこの分野で複数の特許(少なくとも3件)を保有していると報じられています。

  • 一方、大王製紙は「エリエール i:na(イーナ)」ブランドで、3.2倍巻きとする製品を展開してきたと報じられています。クレシアはこの点をもって、自社特許技術を模倣したものと主張して訴訟提起しました

クレシアの特許の構造(主張技術の内容)

報道や技術系コラム等から、訴訟の基礎になっているクレシアの特許技術(少なくとも1件)は以下のような要素を含むとされています:

  1. 2プライ構成+エンボス加工
     ロール状に巻かれたトイレットペーパーを2枚重ね(2プライ)とし、かつエンボス(凹凸加工)を付与する構成。

  2. エンボスの深さ・形状の規定
     エンボス加工の深さや形状が特許請求項で規定されているものがあり、これを満たすことが権利範囲の一要件とされているとの記述もあります。 

  3. 巻き取り条件や巻き加減、ロール径・紙厚との兼ね合い
     長さを伸ばすためには巻きを緩めにする、または紙厚を薄くするなどの設計変更が求められるが、それを行いつつ「柔らかさ(肌触り)を保つ」バランス設計も技術課題になっていたようです。 

  4. 包装形態やロール収納パッケージ技術
     ロールを複数個まとめた包装形態、パッケージングに関する発明を含む特許もあるとされます

このような特許構成をもとに、クレシアは、大王製紙の3.2倍巻き製品がこれら請求項の要件を満たすものであって、自社特許権を侵害すると主張していました。

ただし、訴訟では「被告製品が請求項を充足するか」「均等論でカバーされるか」「クレシア特許の有効性(無効理由)」「損害賠償額」など多くの技術・法律論点が争われる余地があります。

東京地裁判決(第1審)の判断概要

報道によれば、東京地裁は以下のような判断を示しました:

  • 大王製紙の製品は、クレシアの特許権の範囲には該当せず、構成要件を充足しないとして、クレシアの請求を棄却。

  • すなわち、クレシア側の主張する技術的範囲には被告製品が含まれない(=非侵害)と判断されたようです

  • 判決後、クレシアはこの判断を「到底承服できない」と述べ、控訴する意向を表明しています。

  • 大王製紙側は、自社の主張が認められたと受け止め、長尺製品の提供を積極的に進めていく考えを示しています。

なお、クレシアは自社ウェブサイト上で、地裁判決に関するお知らせを出しています(発表日 2024年8月21日)。

ただし、この地裁判決(請求棄却)自体は、今回ニュースになっている「二審(知財高裁)でもクレシア敗訴」とは別の段階です。

知財高裁控訴審(本件報道対象)の状況と課題

報道としては「二審もクレシア敗訴、長さ3倍特許侵害認めず」との見出しが出ています。

ただし、公開されている報道記事には、知財高裁の判決文そのものが全文掲載されているものは確認されず、詳細な論理構成までは明らかになっていないようです。報道に基づく限り整理できる点と、考えられる論点を以下に示します。

報道ベースで整理できる点

  1. 「長さ3倍」技術を巡って、特許侵害を認めない判断
     高裁でも、クレシアの主張する「長さ3倍」技術が被告製品に対して特許侵害をなすとは認められないという判断がなされたとの報道見出し。 

  2. 請求棄却の継続
     クレシアの請求(差止め・損害賠償)は認められず、控訴審でも請求棄却という構え。 

  3. クレシア側の不服表明
     報道中でクレシアが「到底承服できない」とコメントしているという記述あり。

ただし、これら報道はあくまで概要・見出しレベルなので、高裁判断の詳細(構成要件の解釈、均等論適用、無効審判との関係、技術的差異認定など)は不明です。

考えられる論点と課題

高裁で争われたであろう主要論点と、なぜクレシア敗訴となった可能性があるかを、典型的な特許訴訟論点をもとに推察します。

  1. 請求項該当性(構成要件充足性)
     クレシアの主張する技術範囲(たとえばエンボス深さ、巻き加減、紙厚、ロール径条件など)を被告製品が充足しているかどうかが争点となった可能性があります。被告製品がいずれか要件を満たしていなければ非侵害判断が成り得ます。

  2. 均等論の適用可否
     たとえ被告製品が請求項の文言を厳密には満たさない点があっても、技術的実質を見て均等侵害を認めるかどうかが争点になり得ます。ただし、特許審査時・技術予告範囲との整合性、均等論の限界・制約(たとえば権利範囲の公知技術除去の制限)などを高裁が否定した可能性があります。

  3. 特許の有効性(無効理由の主張)
     被告側から、クレシア特許が新規性・進歩性を欠く、公知技術の範囲に属する、明確性・サポート要件を欠く、または技術的意義を欠くなどの無効主張がなされていた可能性があります。高裁がその無効主張を認めたなら、特許自体が無効と判断され、侵害判断を先に進められないという結論もあり得ます。

  4. 証拠・実施態様の差異
     被告製品の技術仕様・実施形態が原告特許の前提とする実施態様と異なる、あるいは仕様書・公報との距離感が大きい(例:エンボス形状、エンボス面積率や分布、巻き密度、板紙径の違い等)が認められたのかもしれません。

  5. 技術的合理性・設計自由度の主張
     被告側が、改変可能な設計範囲(例えば紙厚、巻き強さ、材料調整など)を駆使して、特許技術の枠内でない合理的設計を採用していると反論した可能性があります。

  6. 損害賠償額の算定・因果関係
     仮に侵害が認められるとしても、賠償額や因果関係をどう立証するかが争点になります。ただし、請求そのものが棄却されたので、侵害認定以前の段階で判断が済んだ可能性が高いと推察されます。

  7. 先使用権、ライセンス契約、実施許諾の有無
     被告側が先使用権、暗黙実施、ライセンス類似の主張をしていた可能性もあります。

高裁がこれらの論点をいずれかの形で採否判断し、結果としてクレシアの主張を退けたものと想定されます。

類似判例の参照:知財高裁平成27年判決

本件と同種の「特許侵害差止等控訴事件(平成27年(ネ)第10016号)」の判決文が、知財高裁の裁判例データベースで公開されており、解説資料も入手可能です。

この判例では、請求項の構成要件 y(静摩擦係数) を巡る充足性が争点になり、被控訴人製品がその要件を満たさないとの判断が採られ、控訴が棄却されたという構成です。 

このような判例を参照すると、本件でも「数値制限要件」「技術的要件」の細部をめぐる争いが中心になった可能性が高く、また高裁としても厳格な要件該当判断を採った可能性があります。

意義・示唆と今後の展望

意義・示唆

  1. 特許権の主張限界の厳しさ
     長巻きという一見わかりやすい差異を根拠とする主張であっても、特許請求項に記載された技術的制約・実施態様要件を忠実に満たさないと、権利侵害と認められないという厳しい判断が示された可能性があります。

  2. 特許権の明細書→クレーム記載の重要性
     発明の本質を明細書で描写するだけでなく、クレーム(請求項)記載を慎重に設計し、権利範囲の適切性・広さと明確性を両立させる必要性が強く示唆されます。

  3. 均等論・技術の進歩的設計範囲への対応
     被告側が技術設計を工夫して請求項外の構成をとってきた場合でも、均等論を含めてそこに適用できるかどうかは容易ではないという示唆となります。

  4. 訴訟コスト・証拠立証負担の重さ
     侵害を認めさせるには、被告製品が原告特許の技術要件をすべて充足していることを証明できなければならず、また損害額算定についても立証責任が重くなります。

  5. 競争領域の技術開放的性格
     長尺化トイレットペーパーは市場で競争が既に進行しており、特許による高度な排他主張が難しい分野である可能性も示されます。報道中でも、「こういった商品群は一社独占ではなく各社そろって市場を盛り上げていく必要がある」とするコメントが大王製紙側から出されている例があります。 

今後の見通し・注意点

  1. 上告または更なる訴訟展開
     クレシアがこの高裁判断を不服として、上告(最高裁)を検討する可能性が考えられます。審理が続くかどうか、最高裁が受理するかどうかは未知数です。

  2. 特許見直し・補正・無効審判対応
     クレシアとしては、特許明細書やクレームの補正(特許庁で補正手続き)、無効審判対応(他者からの挑戦に備える)など特許の質の維持・強化を図る必要があります。

  3. 実施契約・ライセンス交渉
     市場で競争を続けたいなら、他社とのライセンス契約を交渉する可能性もあり、訴訟以外の権利活用戦略も重要です。

  4. 他社技術のモニタリングと特許ポートフォリオ強化
     競合がどのような長巻き技術を採用しているかを常時モニタリングし、それに対抗する新たな発明出願や特許取得を進める必要があります。

  5. 技術移行と市場対応
     特許訴訟リスクを抱える場合、他の差別化技術(衛生性、抗菌性、環境適合性など)に軸足を移す戦略も検討されるでしょう。

結びに代えて

「長さ3倍巻きトイレットペーパー」という一見わかりやすい技術テーマであっても、特許訴訟の現場では、細かい仕様・実施態様・設計選択の違いに基づく高度な争点が立ち現れ、クレシア側が敗訴したというニュースは、特許訴訟の本質的な難しさを改めて示すものと言えます。


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