地震、台風、水害、火山噴火──自然災害が頻発する日本において、行政が担う災害対応業務の中でも、被災者の生活再建に直結するものが「罹災証明書」の発行である。罹災証明書は、住宅などの被害状況を確認し、「全壊」「大規模半壊」「半壊」「一部損壊」などの判定を行政が下し、それを被災者に文書で交付するものである。これにより被災者は、公的支援や保険金の請求などが可能になる。しかし、その発行には時間と人的コストがかかる上、被災者にとっても大きな負担がかかっていた。
この構造的な課題に対し、福島市と富士フイルムがタッグを組み、罹災証明書発行業務の効率化を目指す共同研究を進めてきた。そして、2025年春、その成果の一部が「システムの特許出願」という形で結実した。申請番号は明かされていないが、富士フイルムが主体となって「被災家屋の画像データを用いて被害判定を支援する情報処理技術」として出願されたという。これは、単なる業務効率化にとどまらず、被災者救済のあり方を根底から変える可能性を秘めている。
DXと知財で防災行政が変わる
共同研究で用いられた技術の概要はこうだ。まず、ドローンや現地職員によって撮影された家屋の外観写真や、被災後の現地データがクラウド上にアップロードされる。これを富士フイルムの画像解析技術とAIを用いて分析し、建物の被害程度を客観的かつ迅速に判定する。さらに、被災家屋の地理的情報、既存の住民台帳や固定資産情報などと自動的に照合され、被災者ごとに必要な証明書類がほぼ自動生成される仕組みだ。
このような一連の処理を担うシステムは、特許として権利化することで、知財的な守りも固めた格好だ。出願人は富士フイルムであるが、行政である福島市とともに実証を重ねてきた実用志向型の研究開発であり、社会実装が強く意識されている点も注目に値する。知財権による保護がなされることで、民間企業が持つ技術が、他自治体や防災関連企業との連携を通じて横展開しやすくなる。すなわち「公と民と知財の三位一体モデル」である。
「住民が何度も足を運ばずに済む」未来へ
この技術が導入されることで、住民が役所に足を運んで写真を提出し、再調査を求め、何週間も待つという従来の手続きの煩雑さが大幅に軽減されることが期待されている。実際、福島市ではこの仕組みの一部を2024年度の台風被害対応で試験的に用い、従来よりも数日早く証明書を交付できたという。高齢者や障がいのある方、また罹災証明を受け取る余裕すらない被災直後の状況を考えれば、このスピードはまさに「命をつなぐ」ものである。
また、データの標準化・自動化が進めば、今後は複数の自治体が合同で災害対応を行う際の情報連携もスムーズになるだろう。例えば、広域災害時に他自治体から応援職員が派遣された場合、地元職員でなくても家屋被害の分類や証明書発行が可能になる。これは、災害対応の「応援体制の即戦力化」にもつながる。
被災者DXの時代──倫理と制度設計も課題に
ただし、AIや画像判定が介在するからといって、すべてが「正確」で「中立」とは限らない。屋根裏や基礎の構造的損壊は外観からは判断が難しく、人が現地で確認しなければならない場合もある。また、被災者がシステムにアクセスできない、あるいは使いこなせない場合には、逆に新たな格差を生む懸念もある。
こうした課題に対し、福島市と富士フイルムは「人による最終判断を残すハイブリッド型の運用モデル」を志向している。つまり、AIや画像判定はあくまで「補助ツール」とし、住民の申し立てや職員による現地調査のプロセスも維持しながら、住民負担と行政負担のバランスをとっていくという。DXとは、単なる技術導入ではなく「制度や倫理とセットで進める社会変革」であることを、改めて思い起こさせてくれる。
全国展開への布石としての特許出願
今回の特許出願には、知財戦略としての重要な意味もある。被災対応のノウハウは、地方自治体が個別に蓄積してきたものであり、他都市への展開には「形式知化」と「可搬性のあるツール化」が不可欠である。特許という形式で権利を明確にすることで、技術のライセンス化や標準化が進み、他自治体が安心して導入できる環境が整う。さらに、富士フイルムにとっても、公共分野での事業展開の足がかりとして有効だ。
いまや災害対応は「ローカルな問題」ではない。全国どこでも起こり得るリスクに対し、「現場で生まれた技術を、全国に展開していく」という視座が不可欠である。そのためには、現場と企業、制度と技術、実装と知財という多様な要素を横断的につなぐ“設計者”の存在が鍵を握る。
終わりに:救済の壁をなくす仕組みづくりを
被災直後、生活がままならないなかで必要書類を整え、被害を証明し、制度に適合しなければならない──その構造自体がすでに「二次的被害」を生み出しているといえる。罹災証明は本来、「救済のスタートライン」でありながら、ときに「高すぎる壁」となっていた。
福島市と富士フイルムが生み出した技術とシステムは、その壁を低くし、救済のスピードと公平性を高める道を切り開いた。災害大国・日本が、被災者中心の災害対応へと進化していくための第一歩として、この取り組みが持つ意義は大きい。
知財の力で社会課題を乗り越える──その可能性を体現する好例として、今後の展開にも注目していきたい。