「知財で狩る時代」─約6,000商標を操るカプコン、IP戦略の最前線


2025年4月、株式会社カプコンが「知財功労賞」の特許庁長官表彰を受けたというニュースが、ゲーム業界内外で大きな注目を集めた。この表彰は、特許庁が毎年、知的財産の創造・保護・活用に貢献した個人や企業を称えるもの。とりわけ、カプコンは長年にわたるIP(知的財産)管理の姿勢と実績が高く評価され、今回の受賞に至った。

中でも特筆すべきは、同社が約6,000件にのぼる商標を保有している点である。これは単なる数の問題ではない。世界中のゲームパブリッシャーの中でも、これほど体系的かつ戦略的に知財を管理している例は多くない。

「狩り」はゲームの中だけじゃない:IP保護という名のフィールド

『モンスターハンター』(通称「モンハン」)シリーズを筆頭に、『バイオハザード』『ストリートファイター』『ロックマン』など、カプコンは長きにわたって世界中のゲーマーに親しまれるコンテンツを生み出してきた。

これらのIPは、単にゲームソフトという商品にとどまらず、アニメ・映画・アパレル・アミューズメント施設とのコラボレーションなど、多方面に展開されている。こうした多角的なビジネスモデルの根幹にあるのが、商標や著作権といった「知財」の戦略的管理である。

たとえば、「リオレウス」や「オトモアイルー」といった個々のキャラクター名まで細かく商標登録しておくことで、国内外で模倣品や海賊版が出回った際にも、迅速かつ合法的に対応できる。これは、単なる法律上の防衛策ではなく、ブランド価値の維持・向上に直結する重要な施策である。

知財管理の「見えざるコスト」に向き合う企業姿勢

知的財産の保護には、登録費用や維持費、人材育成など見えざるコストが常につきまとう。そのため、短期的な収益を優先する企業にとっては軽視されがちな分野でもある。にもかかわらず、カプコンがこれほどのスケールで商標を保有しているという事実は、経営方針の明確な意思表示といえる。

実際、カプコンは知財関連の専門部署を設け、法務部門との連携を強化するなど、長期的なブランド戦略の一環として知財を位置づけている。加えて、アジア圏・欧米諸国での商標登録も積極的に行っており、海外展開時にも自社IPが不当に利用されるリスクを最小限に抑えている。

こうした体制は、たとえば人気IPを他社と共同でプロデュースする際、ライセンス契約を円滑に進めるうえでも大きな強みとなる。

IPは「商品」から「体験」へ

近年のゲーム業界においては、IPが「商品」としてだけでなく、「体験」として消費される傾向が強まっている。つまり、ゲームをプレイするだけでなく、イベントやSNS、グッズ、eスポーツといった場面でIPが多面的に消費されるようになっている。

この点において、カプコンは先見の明を持って動いてきた企業のひとつである。たとえば、モンハンとUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)のコラボレーション、あるいはストリートファイターと高級ファッションブランドとの協業など、ゲームの枠を超えた新たなIPの「使い方」を積極的に模索してきた。

そしてこれらの展開すべての前提には、IPの強固な「権利の保護」がある。商標という法的な根拠があるからこそ、企業は安心してコラボレーションに踏み切れるのである。

他社との差別化にも貢献

今回の表彰は、知財そのものの重要性だけでなく、「どのように活用するか」が問われる時代に入っていることを象徴している。

任天堂やスクウェア・エニックスなども優れたIPを多数保有しているが、カプコンの特異点は、その“活用密度”にある。単に名作を繰り返すのではなく、キャラクターや世界観を「資産」として最大限に活用する姿勢が際立っている。

商標戦略によって、コラボの自由度が増すことで、外部パートナーにとっても「扱いやすい」IPになる。これは、今後さらに競争が激化するグローバル市場において、他社との差別化を図るうえで大きな武器となるだろう。

知財は経営資源である

かつて、ゲーム業界は「ヒット作に頼る」ビジネスモデルだった。しかし今では、継続的なIPの育成・保護・展開が求められており、知財は“経営資源”そのものとなっている。

その意味で、カプコンの受賞は単なる栄誉にとどまらない。これは、日本のゲーム企業が世界で戦うために欠かせない「知財戦略の模範」であり、ひとつのベストプラクティスと言えるだろう。

おわりに

カプコンが受賞した知財功労賞は、単に法律的な功績を称えるものではない。それは、「いかにして創造された価値を守り、さらに広げるか」という経営の哲学に対する表彰である。

『モンスターハンター』が剣と盾でモンスターを狩るように、カプコンは知財という“見えない武器”で、市場のリスクとチャンスに果敢に挑んでいる。その姿勢こそ、今の時代において最も求められる企業の在り方ではないだろうか。

 


Latest Posts 新着記事

アップルはなぜ負けた? 医療特許の壁に直面したApple Watch

米国の特許訴訟市場が久々に世界の注目を集めている。発端は、Apple Watchシリーズに搭載されてきた「血中酸素濃度測定(SpO₂)機能」をめぐる特許訴訟で、米国ITC(International Trade Commission)がアップルに対し“侵害あり”の判断を下したことだ。米国では特許侵害が認められると、対象製品の輸入禁止措置という強力な制裁が発動される可能性がある。今回の判断は、App...

デフリンピック開催に寄せて:「聞こえ」を支えるテクノロジー、人工内耳の「中核特許」

2025年11月、日本では初めてのデフリンピックが開催されています。これは、手話をはじめとする、ろう者の文化(デフ・カルチャー)が持つ独自の力強さに光が当たる、歴史的なイベントです。 https://deaflympics2025-games.jp/   デフリンピックの開催は、スポーツイベントであると同時に「聞こえ」の多様性について考える絶好の機会でもあります。聴覚障害を持つ人々にとっ...

10月に出願公開されたAppleの新技術〜Vision Proの「ペルソナ」を支える虹彩検出技術〜

はじめに 今回は、Apple Inc.によって出願され、2025年10月2日に公開された特許公開公報 US 2025/0308145 A1に記載されている、「リアルタイム虹彩検出と拡張」(REAL TIME IRIS DETECTION AND AUGMENTATION)の技術内容、そしてこの技術が搭載されている「Apple Vision Pro」のペルソナ(Persona)機能について詳説してい...

工場を持たずにOEMができる──化粧品DXの答え『OEMDX』誕生

2025年10月31日、化粧品OEM/ODM事業を展開する株式会社プルソワン(大阪府大阪市)は、新サービス「OEMDX(オーイーエムディーエックス)」を正式にリリースした。今回発表されたこのサービスは、化粧品OEM事業を“受託型”から“構築型”へと転換させるためのプラットフォームであり、現在「特許出願中(出願番号:特願2025-095796)」であることも明記されている。 これまでの化粧品OEM業...

特許で動くAI──Anthropicが仕掛けた“知財戦争の号砲”

AI開発ベンチャーのAnthropic(アンソロピック)が、200ページ以上(報道では234〜245ページ)にわたる特許出願(または登録)が明らかになった。その出願・登録文書には、少なくとも「8つ以上の発明(distinct inventions)」が含まれていると言われており、単一の用途やアルゴリズムにとどまらない広範な知財戦略が透けて見える。 本コラムでは、この特許出願の概要と意図、そしてAI...

SoC時代の知財戦争──ホンダと吉利が仕掛ける“車載半導体覇権競争”

自動車産業が「電動化」「自動運転」「ソフトウェア定義車(SDV)」へと急速にシフトするなか、車載半導体・システム・チップ(SoC:System­on­Chip)を巡る知財・開発競争が激化している。特に、ホンダが「車載半導体関連特許を8割増加」させているとの情報が注目されており、同時に中国自動車メーカーが特許活動を爆発的に拡大しているとされる。なかでもジーリー(Geely)が“18倍”という成長率を...

試験から設計へ──鳥大が築くコンクリート凍害評価の新パラダイム

はじめに:なぜ“凍害”がコンクリート耐久性の大きな壁なのか コンクリート構造物が寒冷地・凍結融解環境(凍害)にさらされると、ひび割れ・剥離・かさ上がり・耐荷力低下といった劣化が進行しやすい。例えば水が凍って膨張し、内部ひびを広げる作用や、塩分や融雪剤の影響などが知られている。一方、これらの劣化挙動を実験室で迅速に・かつ実サービスに近づけて評価する試験方法の開発は、長寿命化・メンテナンス軽減の観点か...

Perplexityが切り拓く“発明の民主化”──AI駆動の特許検索ツールが変える知財リサーチの常識

2025年10月、AI検索エンジンの革新者として注目を集めるPerplexity(パープレキシティ)が、全ユーザー向けにAI駆動の特許検索ツールを正式リリースした。 「検索の民主化」を掲げて登場した同社が、ついに特許情報という高度専門領域へ本格参入したことになる。 ChatGPTやGoogleなどが自然言語検索を軸に知識アクセスを競う中で、Perplexityは“事実ベースの知識検索”を強みに急成...

View more


Summary サマリー

View more

Ranking
Report
ランキングレポート

海外発 知財活用収益ランキング

冒頭の抜粋文章がここに2〜3行程度でここにはいります鶏卵産業用機械を製造する共和機械株式会社は、1959年に日本初の自動洗卵機を開発した会社です。国内外の顧客に向き合い、技術革新を重ね、現在では21か国でその技術が活用されていますり立ちと成功の秘訣を伺いました...

View more



タグ

Popular
Posts
人気記事


Glossary 用語集

一覧を見る