「V16、機械工学の詩—ブガッティ『トゥールビヨン』が描く内燃機関の終章と未来」


2025年、ブガッティは再び自動車史に金字塔を打ち立てた。新型ハイパーカー「トゥールビヨン(Tourbillon)」が正式に発表され、その心臓部にはなんとV型16気筒、排気量8.3リッターの自然吸気エンジンが搭載されるという衝撃的なニュースが世界を駆け巡った。長年続いたW16エンジンに別れを告げ、新たに選ばれたこのV16という構成には、単なるパフォーマンス数値を超えた“哲学”が込められている。

■ なぜ「V16」なのか? 内燃機関への敬意

ブガッティは、前モデルのシロンでW16エンジンという異形のパッケージを極限まで突き詰めた。その後継として電動化全盛のこの時代に「自然吸気のV16エンジン」を選択するとは、常識的には考えにくい。だが、トゥールビヨンに込められた思想は明確だ。

それは、内燃機関が単なる動力源ではなく、“機械工学の芸術”であるというメッセージだ。V16というレイアウトは、その音響特性と回転バランスの美しさから過去に数台の名車に搭載されてきたが、現代の厳しい排出規制の中で再登場するとは誰が予想しただろう。

ブガッティCEO、マテ・リマック氏はこう語っている。

「我々はEV時代の最前線にいる企業であると同時に、自動車という工業芸術の継承者でもある。トゥールビヨンはその象徴だ」

この選択は、機能を超えた「存在理由」の提示でもある。

■ トゥールビヨンの名に宿る“精密性”と“永続性”

「トゥールビヨン(Tourbillon)」とは、もともと高級機械式時計における複雑機構の一つで、重力による誤差を打ち消す精密な回転機構を指す。つまりこの名称には、究極の精密さと持続性への憧れが込められている。

自動車と機械式時計は、どちらも「動く芸術品」であり、クラフツマンシップの象徴とも言える。ブガッティがこの名を冠するのは偶然ではなく、時代が求める“電動化”という合理性と、人が欲する“官能性”の融合を提示する意思表示なのだ。

実際、トゥールビヨンは完全な内燃機関車ではなく、電動アシストとのハイブリッド構成を採っているとされる。だがその中心には、V16自然吸気エンジンが確かに存在する。これは、「電動技術は補助であり、心臓はあくまで鼓動する金属塊であるべきだ」という、美学に基づいた設計思想と言えるだろう。

■ 「音」が語る、最も人間的な魅力

V16自然吸気エンジンの大きな魅力は、サウンドだ。これは単なる騒音ではなく、内燃機関が生み出す“共鳴音”であり、ドライバーとの対話でもある。現代の多くのEVが持たないこの「音」は、人間の感性に訴える唯一無二の要素だ。

特にV16は、均等な点火間隔と長いクランクシャフトから生まれる低音の重厚感、そして高回転域での伸びやかな金属音が特長だ。この音こそが、機械が“生きている”と感じさせる重要なファクターであり、トゥールビヨンがあえて自然吸気にこだわった理由でもある。

■ 限界性能ではなく、“永遠性”を追求

最高出力や0-100km/h加速といったスペックで語られることの多いハイパーカーだが、トゥールビヨンはそれ以上の何かを目指している。それは**「100年後も語られる存在であること」**だ。

このV16エンジンは、製造・開発パートナーとして長年F1やル・マンを支えてきたイギリスの老舗エンジニアリング会社「Cosworth(コスワース)」が携わっていると噂されており、極めて高い信頼性と精密さが確保されている。電動パワートレインとのハイブリッド構成により、ユーロ7規制への対応も視野に入っているとの情報もある。

すなわち、過去の伝統を継承しながら、未来の規制と共存する構造を備えた、時代を超えるパワーユニットなのである。

■ 独自視点:電動化時代にこそ問われる“魂”の存在

筆者は長年、電動化の進展を見守ってきたが、そこで見落とされがちなのは、「クルマにおける情緒性の喪失」だ。EVの加速力や静粛性は間違いなく優れている。しかし、そこに“魂”はあるだろうか?

トゥールビヨンは、それに真っ向からNOを突きつけた。ブガッティが示すのは、電動化は“進化”であって“終点”ではないという哲学だ。V16は性能ではなく、「人間の感性と共鳴する存在」として選ばれた。これは、非常に文化的な選択でもある。

■ 終わりに:内燃機関の最終進化形

「終わりゆくものにこそ美は宿る」。ブガッティ トゥールビヨンが示したV16自然吸気エンジンは、ある種の“最後のロマン”なのかもしれない。だが同時に、それは人間がどこまで機械と向き合い、心を通わせられるかという命題でもある。

工業製品がアートに昇華する瞬間を、我々はこのマシンに見ている。ブガッティ トゥールビヨン―それは、加速の記録ではなく、「機械と人間の関係性を記録するマシン」なのである。

 


Latest Posts 新着記事

終わりなき創造の旅 厚木の発明家が挑む“次の技術革命”」

特許数でギネス更新 21世紀のエジソン、厚木に―発明の街が問いかける、日本の未来図 神奈川県厚木市―東京からわずか1時間足らずの距離にあるこの街が、世界の技術史に名を刻んだ。特許数の世界記録を更新した発明家、山﨑舜平(やまざき・しゅんぺい)氏が拠点を構えるのが、まさにこの地である。彼の名がギネス世界記録に再び載ったというニュースは、科学技術の世界だけでなく、日本人のものづくり精神を象徴する話題とし...

知財は企業の良心を映す鏡――4億ドル評決が語るイノベーションの倫理

2025年10月、米テキサス州東部地区連邦地裁で、韓国の大手電子機器メーカー・サムスン電子に対し、無線通信技術の特許侵害を理由に4億4,550万ドル(約690億円)の賠償を命じる陪審評決が下された。この判決は、単なる企業間の紛争を超え、ハイテク産業における知的財産権(IP)の重みを再認識させる事件として、世界中の知財関係者の注目を集めている。 ■ 「技術を使いたいが、支払いたくない」——内部文書が...

知財が揺るがす電機業界――TMEIC×富士電機、UPS特許訴訟の裏側

2025年夏、産業用電源装置分野を揺るがすニュースが伝わった。東芝三菱電機産業システム(TMEIC)が、富士電機の無停電電源装置(UPS)製品が自社の特許を侵害しているとして、韓国において訴訟および輸入禁止の措置を求めた件である。韓国貿易委員会(KTC)は8月下旬、TMEICの主張を一部認め、富士電機製の特定UPSモデルについて韓国への輸入を禁止する決定を下した。日本企業同士の知財紛争が、国外で具...

「JIG-SAW、AI画像技術で米国特許を獲得へ 知財を武器にグローバル競争へ挑む」

はじめに:発表概要と意義 JIG-SAW(日本発の IoT / ソフトウェア/AI ベンチャーと理解される企業)は、米国特許商標庁から「コンピュータビジョン技術」に関する Notice of Allowance(特許査定通知) を取得した旨を、自社ウェブサイトおよびニュースリリースで公表しています。 具体的には、JIG-SAW は「コンピュータビジョン技術、画像処理・画像生成支援技術」分野において...

「特許で世界を包囲する中国 イノベーション強国への加速」

はじめに:なぜ国際特許出願数が注目されるか イノベーション(技術革新)の国際競争力を測る指標として、研究開発投資、論文発表数、特許出願数などが長らく注目されてきました。特に国際特許(例えば、特許協力条約 PCT 出願、あるいは各国出願による外国での保護を意図した出願)は、一国の発明・技術が国際市場を見据えて保護を志向していることを示すため、技術力だけでなく国際志向性の強さも反映します。 近年、中国...

「AI×知財が生む国産イノベーション ナレフルチャットの議事録特許が拓く未来」

2025年秋、CLINKS株式会社が提供する法人向け生成AIチャット「ナレフルチャット」が、議事録生成技術に関する特許を取得した。 このニュースは単なる技術発表にとどまらず、「AIが人の仕事の記録と知識をどう扱うか」という大きな変化の象徴でもある。 いま、AIは“人の代わりに考える”段階から、“人の思考を支える”段階へと進化している。 その中で、「会議をどう記録し、どう活かすか」は、企業の知的生産...

「日用品にも知財戦争 クレシア×大王製紙、“3倍巻き”特許訴訟の行方」

はじめに:争点と構図 日本製紙クレシア(以下「クレシア」)は、トイレットペーパーについて、従来品に比して「長さ3倍(長巻き)」としつつ実用性を保つ技術を有する特許を取得しており、これを背景に、同種製品を販売する大王製紙(以下「大王製紙」)に対し、製造・販売の差止めおよび約3,300万円の損害賠償を求めて訴訟を提起しました。 第1審(東京地裁)では、クレシアの請求は棄却され、大王製紙の製品がクレシア...

「ナノレベルの精度を支える静電チャック ― ウエハー温度均一化の秘密」

ウエハー温度を均一に保つ静電チャック ― 半導体製造を支える見えない精密技術 半導体製造の現場では、目に見えない高度な工夫が、日々の歩留まりや性能向上に直結しています。その代表例の一つが、静電チャック(Electrostatic Chuck, ESC)です。静電チャックは、半導体ウエハーをチャック面で静電力により吸着保持し、ナノメートル単位の加工を可能にする装置です。表面からはただの「吸着板」のよ...

View more


Summary サマリー

View more

Ranking
Report
ランキングレポート

海外発 知財活用収益ランキング

冒頭の抜粋文章がここに2〜3行程度でここにはいります鶏卵産業用機械を製造する共和機械株式会社は、1959年に日本初の自動洗卵機を開発した会社です。国内外の顧客に向き合い、技術革新を重ね、現在では21か国でその技術が活用されていますり立ちと成功の秘訣を伺いました...

View more



タグ

Popular
Posts
人気記事


Glossary 用語集

一覧を見る