「コンセント制度」ついに始動─初の商標登録で見えた実務への影響


2025年4月、特許庁は「コンセント制度」に基づく初の商標登録を認めたと発表した。対象となったのは、カタログギフト大手のシャディ株式会社が申請した商標だ。本件は、日本の商標制度の中でも大きな節目となる出来事であり、今後の企業のブランド戦略や商標実務に少なからぬ影響を与えると考えられる。

本コラムでは、まず「コンセント制度」とは何かを整理した上で、今回の事例が持つ意味、そして今後のビジネス実務への示唆について論じていきたい。

「コンセント制度」とは何か?

「コンセント制度(Consent System)」とは、商標登録の審査において、先に登録されている類似の商標が存在しても、その商標権者が書面によって使用や登録を承諾すれば、後願商標も登録が可能になるという制度だ。これは2024年5月、日本の商標法改正により導入された新しい仕組みである。

従来の日本の商標審査では、他人の登録商標と類似していれば、たとえ両者の使用実態が混同を引き起こすものでなくても、商標登録が認められない「絶対的障害理由」が存在した。これにより、例えばグローバル展開を行う企業のグループ会社や提携先が、日本では商標登録できずに苦労するケースも少なくなかった。

コンセント制度は、こうした制約を緩和する目的で導入された。具体的には、先に登録された商標の権利者が「混同の恐れはない」と判断した上で使用や登録を許諾する場合、後願の商標にも登録の道を開くことができる。これは、欧米をはじめとする多くの国で既に導入されている国際標準的な制度に近づけた形でもある。

シャディの事例:制度初適用の背景

今回の登録は、シャディが出願した商標について、既に似た名称で登録されていた他社の商標と類似性があると特許庁が判断したものだった。しかし、シャディ側は当該登録商標の権利者から正式な書面による「同意(コンセント)」を取得し、それを根拠として審査段階での拒絶理由を解消することに成功した。

特許庁の発表によると、この登録が「コンセント制度」の適用によって初めて正式に認められた商標登録となった。つまり、日本の実務上初めて、他人の類似商標が存在する状況でも、同意を得ることで登録が可能になったということだ。

この事例が示すように、コンセント制度は理論上の制度設計に留まらず、実際の運用においても活用可能であることが明らかになった。これは、商標実務において企業の選択肢を大きく広げるとともに、戦略的提携やブランドライセンス展開の手段としても活用可能性を持つ。

実務上のインパクト

では、実務においてこの制度がどのようなインパクトをもたらすのだろうか。

第一に、グループ会社や提携先とのブランド共存がしやすくなる点が挙げられる。たとえば、欧州で展開しているブランドと日本法人とで、似た商標を使用したいというケースでも、グローバル本社からの同意を取得すれば日本でもスムーズに商標登録できる可能性が高まる。

第二に、トラブル回避と柔軟な合意形成の道を拓く点も注目すべきだ。これまでであれば「登録できないから裁判だ」「ライセンス契約が不可欠だ」となっていた場面でも、両者が冷静に協議し、コンセント文書を交わせば、費用も時間も抑えて円満に解決できるケースが増えるだろう。

第三に、「同意を得られるかどうか」が出願戦略の一要素になるという新たな戦略的視点が求められる。特にスタートアップや中小企業にとっては、資金的・時間的余裕が限られている中で、他社と交渉する手間が増える可能性もある。逆に言えば、積極的に同意取得の交渉ができる企業にとっては、大企業の登録商標の隙間を縫ってブランディングを展開するチャンスともなり得る。

独自視点:制度の実効性を高める鍵は「透明性と信頼性」

一方で、制度の活用が広がるにつれて、いくつかの課題も見えてくる。特に重要なのは、「同意書の真正性」や「本当に混同のおそれがないか」という点の審査である。

特許庁は、コンセント制度によって同意があっても、実際に混同の可能性があると判断すれば、登録を拒絶できる裁量を残している。これは制度の乱用を防ぐために不可欠な措置だが、その判断基準や運用が不透明であれば、申請者側は過剰なリスクを感じて利用をためらうことになる。

また、今後は「形式的な同意書」だけでなく、実際のビジネス関係性やブランド展開の実態が審査に影響を及ぼす可能性もある。こうした場面では、知財担当者とブランド戦略担当者、さらには法務部門の連携が不可欠になる。

さらに、海外とのクロスライセンス交渉など、国際的な知財戦略とコンセント制度の組み合わせも今後注目される分野だ。コンセント制度を活用して日本市場での登録障壁を下げることで、他国での登録交渉にも好影響を与える可能性がある。

おわりに:制度を「使いこなす」ために

今回のシャディの事例は、制度改正の成果が現実のビジネスシーンに波及し始めたことを示している。商標は単なる「名称の保護」ではなく、ブランド価値や企業アイデンティティそのものである以上、その登録制度が柔軟かつ合理的であることは、経済活動全体の活性化に直結する。

一方で、制度を活かすも殺すも、最終的にはその「運用次第」である。企業側の戦略的な活用とともに、特許庁の公正で一貫した審査姿勢、そして透明な制度運営が求められる。

「コンセント制度」は、日本の商標行政にとっての小さな一歩でありながら、ブランド戦略における大きな転換点でもある。この制度をどう使いこなすかが、今後の知財戦略の優劣を分ける鍵となるだろう。

 


Latest Posts 新着記事

デフリンピック開催に寄せて:「聞こえ」を支えるテクノロジー、人工内耳の「中核特許」

2025年11月、日本では初めてのデフリンピックが開催されています。これは、手話をはじめとする、ろう者の文化(デフ・カルチャー)が持つ独自の力強さに光が当たる、歴史的なイベントです。 https://deaflympics2025-games.jp/   デフリンピックの開催は、スポーツイベントであると同時に「聞こえ」の多様性について考える絶好の機会でもあります。聴覚障害を持つ人々にとっ...

10月に出願公開されたAppleの新技術〜Vision Proの「ペルソナ」を支える虹彩検出技術〜

はじめに 今回は、Apple Inc.によって出願され、2025年10月2日に公開された特許公開公報 US 2025/0308145 A1に記載されている、「リアルタイム虹彩検出と拡張」(REAL TIME IRIS DETECTION AND AUGMENTATION)の技術内容、そしてこの技術が搭載されている「Apple Vision Pro」のペルソナ(Persona)機能について詳説してい...

工場を持たずにOEMができる──化粧品DXの答え『OEMDX』誕生

2025年10月31日、化粧品OEM/ODM事業を展開する株式会社プルソワン(大阪府大阪市)は、新サービス「OEMDX(オーイーエムディーエックス)」を正式にリリースした。今回発表されたこのサービスは、化粧品OEM事業を“受託型”から“構築型”へと転換させるためのプラットフォームであり、現在「特許出願中(出願番号:特願2025-095796)」であることも明記されている。 これまでの化粧品OEM業...

特許で動くAI──Anthropicが仕掛けた“知財戦争の号砲”

AI開発ベンチャーのAnthropic(アンソロピック)が、200ページ以上(報道では234〜245ページ)にわたる特許出願(または登録)が明らかになった。その出願・登録文書には、少なくとも「8つ以上の発明(distinct inventions)」が含まれていると言われており、単一の用途やアルゴリズムにとどまらない広範な知財戦略が透けて見える。 本コラムでは、この特許出願の概要と意図、そしてAI...

SoC時代の知財戦争──ホンダと吉利が仕掛ける“車載半導体覇権競争”

自動車産業が「電動化」「自動運転」「ソフトウェア定義車(SDV)」へと急速にシフトするなか、車載半導体・システム・チップ(SoC:System­on­Chip)を巡る知財・開発競争が激化している。特に、ホンダが「車載半導体関連特許を8割増加」させているとの情報が注目されており、同時に中国自動車メーカーが特許活動を爆発的に拡大しているとされる。なかでもジーリー(Geely)が“18倍”という成長率を...

試験から設計へ──鳥大が築くコンクリート凍害評価の新パラダイム

はじめに:なぜ“凍害”がコンクリート耐久性の大きな壁なのか コンクリート構造物が寒冷地・凍結融解環境(凍害)にさらされると、ひび割れ・剥離・かさ上がり・耐荷力低下といった劣化が進行しやすい。例えば水が凍って膨張し、内部ひびを広げる作用や、塩分や融雪剤の影響などが知られている。一方、これらの劣化挙動を実験室で迅速に・かつ実サービスに近づけて評価する試験方法の開発は、長寿命化・メンテナンス軽減の観点か...

Perplexityが切り拓く“発明の民主化”──AI駆動の特許検索ツールが変える知財リサーチの常識

2025年10月、AI検索エンジンの革新者として注目を集めるPerplexity(パープレキシティ)が、全ユーザー向けにAI駆動の特許検索ツールを正式リリースした。 「検索の民主化」を掲げて登場した同社が、ついに特許情報という高度専門領域へ本格参入したことになる。 ChatGPTやGoogleなどが自然言語検索を軸に知識アクセスを競う中で、Perplexityは“事実ベースの知識検索”を強みに急成...

特許が“耳”を動かす──『葬送のフリーレン リカちゃん』が切り開く知財とキャラクター融合の新時代

2025年秋、バンダイとタカラトミーの共同プロジェクトとして、「リカちゃん」シリーズに新たな歴史が刻まれた。 その名も『葬送のフリーレン リカちゃん』。アニメ『葬送のフリーレン』の主人公であるフリーレンの特徴を、ドールとして高精度に再現した特別モデルだ。特徴的な長い耳は、なんと特許出願中の専用パーツ構造によって実現されたという。 「かわいいだけの人形」から、「設計思想と知財の結晶」へ──。今回は、...

View more


Summary サマリー

View more

Ranking
Report
ランキングレポート

海外発 知財活用収益ランキング

冒頭の抜粋文章がここに2〜3行程度でここにはいります鶏卵産業用機械を製造する共和機械株式会社は、1959年に日本初の自動洗卵機を開発した会社です。国内外の顧客に向き合い、技術革新を重ね、現在では21か国でその技術が活用されていますり立ちと成功の秘訣を伺いました...

View more



タグ

Popular
Posts
人気記事


Glossary 用語集

一覧を見る