投資と志―特許が繋ぐ思いー

これまで、特許を持っている方や発明家の方をメインにお話をうかがっていた本コラム。今回は弊社「白紙とロック」が取得する特許を譲渡した「株式会社富士山マガジンサービス」の代表取締役社長 神谷アントニオ氏と、特許の売り手・買い手としての対談形式でインタビューをお送りします。

特許権利者の情報は比較的いろいろな声が聴きやすい中、特許を買う側の情報は中々集まりにくいもの。新規事業やベンチャー企業において、ゼロイチでのスタートアップではなく、すでにある特許・知財を活用するメリットがどこにあるのか。スピード感や競合への戦略優位性、活用方法についてなど、事業に対する経営思考も含めてお話しいただきました。

PROFILE

神谷 アントニオ

KAMIYA ANTONIO

【経歴】

■ 1994年Kamiya Consulting設立 代表取締役就任
■ 1995年カリフォルニア大学バークレー校を卒業
■ 1998年Fujisan.com, Inc.共同設立、CTO就任
■ 2001年株式会社富士山マガジンサービス立ち上げに参加、同社CTO就任。現在はデジタル雑誌戦略担当役員兼任
■ 2006年Fujisan Magazine Services USA, Inc.代表取締役就任
■ 2010年3月株式会社paperboy&co 取締役就任
■ 2011年8月株式会社アーキロジック 取締役就任
■ 2015年7月富士山マガジンサービスが東証マザーズに上場その他数社のスタートアップを情報技術アドバイザーとして支援
■ 2017年株式会社CAMPFIRE社外取締役就任

特許を買った経緯と意図

―我々の特許を購入していただいた経緯について教えてください。

私たちが事業をするとなったときの特許についての考え方についてまず説明すると、スタートする・事業を立ち上げるにあたって、何もないところから考えるのではなく、「すでにある価値やテクノロジーがどこの市場でもっとも効果を生むかを考える」ことから始まっています。ですので、元々の我々の顧客である出版社さんや読者の方に、提供する価値が見える、というのが決め手です。市場的に今後ライブコマースというのが必要になっていくだろうなという当てがありましたし、わかりやすい事業展開にあたって、特許というのが良いスターティングポイントになるだろうなと思って購入を検討しました。

特許というのはとあるプロセスを通して、すでに第三者が価値があると証明・提案しているもの。私たちがそれを取得するプロセスの中で、どういう価値があるのか、どういう絵を描くのかを考えるという工程は、新規事業立ち上げにおいてわかりやすい形の1つだと思っています。

―では実際に特許やライセンス技術を持って、そこからどういうふうに実装・サービス化を検討しておられるのでしょうか。

今までやってきた雑誌販売事業の後続事業として、マガコマースという物販事業をすでに持ってます。雑誌を作る工程において、いろいろな出会いがありますよね。掲載する商品とかサービスとの。雑誌を定期購読してもらったり店頭で買ってもらったりするためのコンテンツを作っている中で出会ったらそのコンテンツ自体を売ろうよ、と言って出版社様が出会った商品を当社が提供するEコマースプラットフォームで販売するというものがマガコマースです。

マガコマースという手段を我々はすでに1つ持っていたわけですが、そこに新たにエッジを立てていこうとしたときに、ライブコマースという「取材をしながら売る」という新たな売り方の取り組みに当てをつけたんです。「記者がいろいろな取材をする」「ライブ配信をする」というすでにやっていたことをかけあわせて、新規事業のエッジとしておきたかった。特許を軸に新規事業を考えていこうというのが今回のやり方でした。

―社内的にも新たなプロセスのチャレンジという側面もあったんですね。

そうですね。大きい会社というのはスタートアップを見つけて会社を買って自社を強くするということを当たり前にしますが、それと同じように基礎技術・特許を買うということはM&Aと同じだなと私たちは考えています。以前小さなスタートアップを買ったことがありますが、今回新たにライブコマースというサービスをやるとなったときに、同じような感覚で特許の取得に動いていました。

―特許を取得したことに対する社内的な感触はどうでしたか?

実際特許を買うというと、モノが手に入るというか、特許の説明などを読むことによって、特許性があることを第三者が評価していることで根拠が強くなりました。計画段階で根拠を示すことはなかなか難しく、「本当に?」という手探りの部分があるものだと思うのですが、評価された特許がそこにあることで実際売り上げが立つに近い「なるほど」感があります。特許を持つということはイコール他の技術やプロセスと差別化ができるということですから。

実装については急いではいません。ライブコマースのテクノロジーを単純に提供するのではなく、どういうことに気を付けなければならないかとか、どんな人が運用するのがいいかとかの部分が重要になってくるためです。技術を渡して、はいどうぞ!で終わりではなく、しっかり中身を作る必要があるので、打ち出しに焦っているわけではありませんね。

それに、特許が取れているというだけで先行するリスクを回避できていることにもなります。ここでいうリスクというのは、「考えて、特許を申請するという手間やコスト」。それを先に権利者がしてくれている。その先行投資がされていること自体が戦略優位性だと考えています。

今後の戦略と特許の重要性

―今後の知財戦略は?自社での取得や、ライセンスの譲渡などお考えはありますか?

もちろんです。特許を持った事業のライセンス契約はしたことがある。市場の変化があり、結果的にそれは必要ではなくなったんですが、特許を持ったことで市場占有率を早くに高めることができた。そういった経験もあり、新規事業をやるときに手法としての特許というのは常に考えるべきだなと思っています。こういう特許なら、こういう戦略優位性があるということは意識して動きますし、ぜひ提案もしてほしいと思っています。

―特許を持っていた事業のライセンスを登録されたとありましたが、その際「特許がある」ことは重要視されていましたか?

圧倒的にありますね。特許を利用できるのであれば、事業投資のリスクも小さくなります。私たちの提供するサービスをお客様が利用してくれたとして、そのサービスが特許侵害していて途中で使えなくなるようなことがあれば、それは使ってくれているお客様にとって大きなリスクです。特許があることで、そのリスクをなくせたり、競合他社の参入障壁を大きくできるのは市場占有率最大化のためにはすごく重要なことだと思いますね。リスクヘッジの手法の選択肢は様々あり、経営っていうのはその選択肢を増やすことですが、特許によってリスクを減らすのが戦術の一つだと考えています。

―なるほど。日本では、特許の活用リテラシーや風潮があまりないかなと思います。知財の意識の弱さや活性化されていないという課題についてどう考えられますか。

考えて経営するとなれば、当たり前に先方は特許を前提に考えきますから 、こちら側が知らないわけにはいかない と考えています。海外から常に特許侵害のリスクがあるのですから、それを考えずに経営するのはある意味怠惰という気もします。日本の文化として、模倣という教育制度の中で特許感覚が弱いというのはあると思いますが、国際社会・国際経営の中でそのままで良いのかということは考えねばなりません。

変な言い方になりますが、潔いことがかっこいいみたいな、たとえば「コピーされたけれど、自分たちのオリジナルの方が根底には素晴らしい」みたいな自負があって、ゆえに手を打たないみたいな発想もあるように感じています。でも知財においては戦って守っていかないと。私たち経営者は、社員の幸せを守って、お客さんに良いサービスを渡して、その成果として利益を得なければなりません。

―日本の内需でやれてしまうといったこともありそうですね。

それもあると思います。特許を取得した後も、特許を取ったから何もしないということではなく、守るべきものは守り、使うべきところで使うことが重要です。
特許を取得した側の責任でもあると思うんです。特許を取ったからあとはみんなから使用料をとるといった単純に利益目的だけではなく、公共の場、たとえば学校が使いたいとなったら提供するなど、その精神も含めて特許を取るっていうことだと思います。
守るという点では、この技術はどういうふうに使うべきなのだという理解が必要だと考えています。権利者の先行投資リスクを、しっかり利益として確保させてくださいというもの。

リスクを取らない相手に、勝手に利益にされてはいけません。
一方で、ライセンスフリーで貸しますよ、というケースもあれば、競合が使いたいと言ってきたときに、この分野で使うなら自社と近いから使用料をとりますよ、というケースもあったり。必ずしも白黒つけるのではなく、柔軟である方が良いと思います。

現状は取っておしまいになっていることが多いですが、技術自体が柔軟に社会に貢献していくという考えがほしいですね。

特許のイメージを共有する

―特許の取引を成功させるポイントはどこにありますか?

そんなに特別なことではないと思うのですが、経営するにあたって、先行投資から利益を獲得をして、次の投資に使うという循環がありますよね。その1つに特許があるような、どういうときにどういうものが使えるか、選択肢として持っておく意識が大事かと思います。特許を買うことによって時間短縮もできますしね。

それゆえに、権利者・売却する側はこの特許でどういう事業が可能になるかという共通の価値イメージを、よりわかりやすく伝える必要性があります。そしてそれが 買い手の中でどのように使われる のか、例えば軍事に使うなら渡せないなど、何に使うかのビジョンがはっきりわかっている相手に、利用の条件もしっかり考えて送り出す必要があるでしょう。

―売った後のイメージを一緒に認識できるかが大事ですね。

はい。特許をただの通貨や紙切れだと考えてはいけません。自分たちが作ってきたもの、取り組んできたものの未来を他の人に託すということだと私は思います。

一問一答、経営の先へ。

―今後の事業展開、チャレンジの展望をお聞かせください。

紙の出版からデジタルに移行する部分の取り組みが引き続き重要だと思っています。ライブコマースの他にも、たとえば支払い方法などいろいろなところで特許の可能性がある。自分たちの分野では大切な部分はしっかり押さえて、戦略的に投資していきたいです。

基本的には戦略優位性を活かすというベクトルは変わらず、必ずしも雑誌に関連することとは限らないですね。

―社内に新しいプロダクトやサービスを推進する部署などはありますか?

専門の部署はありません。全部の部署にその意識と権限があります。出版ではクラウドソーシング、雑誌販売では紙に代わるものをつくるとか、各部署でいろいろと考えています。弊社の場合は、それぞれの部門が自由なプロセスでやっていますね。

―スタートアップの方へのアドバイスなども手掛けておられますが、新しいことを始める組織に対して、投資家目線での評価ポイントはどこにありますか?

投資っていろんなステージがあるので一言では難しいです。人を見るし、事業面なら実績を見る。1つの変数にこだわるなど、統一された仕組みはないですね。個々の事業やフェーズ、規模感によって異なります。

特定のステージにこだわることもなく、近しい志があるなど、自分が解決したい社会課題が解決できるのなら、どのステージであるかは問いません。

―最後に、「成功」の秘訣とは何でしょう。

継続性かな。常に、続けられるかどうかという視点を持ってやることだと思います。そのための体力や精神力、資本力、学習力。モチベーションマネジメントもすごく重要ですね。

成功という言葉が適切かはわかりませんが、自分がやってきたことが結実したなと感じたのは起業して8年目くらいに「心配していることの中身が変わった」ときですね。若い頃は、今から入るレストランで支払いを断られたらどうしよう、なんてことに悩んでいたところから、目標達成への悩みへと「悩みの種類」が変化していきました。

それは、自分が困らないように、というスタート地点が成長と共に、今度は「自分の周りの人たちがその心配をしないで良くなって欲しい」とかに変わってくる。そういう風に悩みの内容が変わったときに、今の自分の立っている状況も変わったんだなと実感します。 振り返って見たときに、特にその変化を感じます 。