8月に公開されたAppleの新技術:デュアルモード無線電源システム


はじめに

Appleが新たに出願した特許「Dual Mode Wireless Power System Designs」(2024年8月8日公開)は、デバイスがワイヤレス電力の送信と受信の両方の機能を持つ、つまり「デュアルモード」で動作するという点が特徴的です。従来のワイヤレス充電システムの利便性と柔軟性を高める新しい設計が提案されています。

https://patents.google.com/patent/US20240266107A1/en?oq=US2024%2f0266107A1

従来技術の問題点

ワイヤレス充電は、現在多くのモバイル機器やウェアラブルデバイスに搭載されていますが、まだ効率面や使用感において改善の余地があります。特に、充電器とデバイスのコイルがズレると充電効率が大幅に低下することや、従来のフェライト材を使用した場合の磁束飽和の問題があります。これにより、充電速度が遅くなり、発熱やデバイスの寿命低下に繋がることもあります。

デュアルモードとは?

今回の特許でいう「デュアルモード」とは、電子デバイスが送信モード(他のデバイスに電力を供給する)と受信モード(他のデバイスから電力を受け取る)の両方で動作できる仕組みを指します。これにより、たとえばスマートフォンが自らワイヤレス充電パッドとして他のデバイスを充電しつつ、自身も別の充電器から充電されることが可能となります。

ナノ結晶フォイルの採用

Appleの特許では、ワイヤレス充電の効率を向上させるために「ナノ結晶フォイル」を使用しています。この材料は、従来のフェライト材に比べて薄く、高い磁束飽和点を持つため、磁場を効率的に制御し、送信モードと受信モードの両方で電力のやり取りを可能にします。特許に記載されている図面を参考にしながら、このデュアルモードの動作について説明します。

技術概要

図1、および図2では、電子デバイス全体の構造とデバイスの断面図が描かれています。デバイス内部にはナノ結晶フォイル上に配置されたワイヤレス充電コイルが見られます。このデュアルモードのシステムでは、デバイスが充電モードで他のデバイスに電力を送信しながら、自身も充電を受けることができます。ナノ結晶フォイルは、磁束を効率的にコイルに誘導し、送受信の双方で優れた性能を発揮します。この設計により、従来の問題であった充電中の効率低下や発熱が軽減されます。

ここで、ナノ結晶材料とは、非常に微細な結晶構造を持つ材料のことを指し、特にその結晶粒のサイズがナノメートル(1ナノメートルは1メートルの10億分の1)オーダーであるものを指します。通常、ナノ結晶材料は、従来の材料に比べて独特の物理的特性を持ち、以下のような特性を有しています。

ナノ結晶材料の特徴

1. 高い磁気特性: ナノ結晶材料は、従来の材料と比較して高い磁束飽和点や透磁率を持つことがあります。これにより、強い磁場の中でも効果的に磁束を導くことが可能です。
2. 高い強度と硬度: 結晶粒が小さくなることで、材料の強度や硬度が向上することが知られています。ナノ結晶構造は、外部からの力に対して優れた耐性を持つことが多いです。
3. 柔軟な設計: ナノ結晶材料は、薄い膜やフォイルとして使用できるため、スペースが限られたデバイスにも応用しやすいです。これが、携帯電話やスマートウォッチのような小型デバイスのワイヤレス充電技術に活用される理由の一つです。

ワイヤレス充電への応用

ナノ結晶材料は、特にワイヤレス充電の分野で注目されています。従来のフェライト材料よりも薄く、しかも高い磁気特性を持つため、充電効率を高めることができます。これにより、充電中のエネルギー損失を減らし、発熱を抑えることができます。さらに、デバイス内部の限られた空間にも適応できるため、小型の電子機器でも高効率なワイヤレス充電が可能になります。

フェライト材の飽和問題

図5では、従来のフェライト材が充電時に磁束が飽和し、効率が低下する様子が示されています。特に、充電器とデバイスの位置がずれている場合、フェライト材は磁束を効果的に制御できなくなり、無駄なエネルギー損失と過剰な発熱が発生します。この飽和現象が充電速度の低下につながるため、より優れた材料の導入が必要です。

ナノ結晶フォイルの利点

一方、図6では、ナノ結晶フォイルを使用した場合の飽和の抑制が示されています。ナノ結晶フォイルは、従来のフェライト材と比較して飽和点が高く、磁束を効果的に制御する能力が高いため、コイルの位置が多少ずれていても高い充電効率を維持します。この特許技術によって、充電システムの安定性と効率が向上します。

デュアルモードの利点

デュアルモードにより、1つのデバイスが他のデバイスを充電しながら、自身も充電されるという柔軟な運用が可能になります。これにより、ユーザーは複数のデバイスを効率よく充電でき、充電器を持ち歩く必要が減ります。さらに、図9や図10に示されているように、マグネット式の充電ケースやスマートウォッチなどのウェアラブルデバイスにも応用可能であり、位置ズレが発生しても高効率の充電が維持されます。

技術の将来性

この「Dual Mode Wireless Power System」は、デバイス間での電力のやり取りをより効率的かつスマートにする技術です。ワイヤレス充電がより一般的になり、複数のデバイスを所有する現代のユーザーにとって、デバイス間のシームレスな充電が可能になることは、利便性の大幅な向上を意味します。この特許技術は、将来的にワイヤレス充電システムの標準を変革する可能性を持っており、今後の展開が期待されます。


ライター

+VISION編集部

普段からメディアを運営する上で、特許活用やマーケティング、商品開発に関する情報に触れる機会が多い編集スタッフが順に気になったテーマで執筆しています。

好きなテーマは、#特許 #IT #AIなど新しいもが多めです。




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