10月に出願公開された新技術 Appleのヘッドマウントディスプレイ


10/12にAppleから出願公開された今回の技術は、VR/MR環境に没入させるためのアプリケーションで使用されるヘッドマウントディスプレイ(HMD)に関するものです。

より正確なトラッキング技術の必要性

VRでは、コンピュータ生成のグラフィックスを使用して、実際の世界や想像された世界の視覚的な体験をシミュレートすることで、没入感を実現します。MRでは、仮想要素がリアルタイムで実世界の環境に合成されます。しかし、この没入体験の質は、ディスプレイの特性や画像の品質、フレームレート、トラッキング機能の速度や正確性など、多くの要因に影響されます。

特に、ユーザーの頭部の位置や方向、ユーザーの体の動き、そして周囲の環境を正確にトラッキングすることは、高品質なVR/MR体験を実現するための鍵となります。現在の多くのトラッキング方法は、外部のカメラやセンサーを使用しています。これらの方法は、ユーザーの移動範囲に制限があることが多く、特定のエリア内でしかトラッキングができない場合があります。さらに、外部コンポーネントを使用すると、HMDのセットアップやキャリブレーションが複雑になることがあります。

このような背景から、全てのトラッキング機能を1つのデバイスに統合し、ユーザーが自由に移動でき、かつ簡単にセットアップできるようなHMDの開発のニーズが高まっています。このようなHMDは、よりリアルなVR/MR体験を提供し、ユーザーの満足度を向上させるためにその実現が期待されています。

本発明によるHMDは、いくつかのカメラと赤外線発光体(IR発光体)を備えていて、内部からの位置、ユーザーの体、および環境のトラッキングを正確かつ自動的に実行するためのシステムと関連技術が備わっています。このシステムは、リアルタイムのトラッキングを実現するために、コンピュータビジョンの方法と複数のセンサーからのデータ融合を使用します。高フレームレートと低遅延は、HMD自体で処理の一部を実行することで達成されます。

本発明により提供されるHMDデバイスは、ユーザーを仮想現実(VR)または拡張/混合現実(MR)環境に没入させるためのアプリケーションに使用され、以下を含みます:

  • RGBカメラセンサーのペアと赤外線(IR)カットオフフィルターを備えた関連レンズ
  • NIRバンドパスフィルターと関連レンズを備えたモノカメラセンサーのペア
  • 慣性計測ユニット(IMU)
  • 関連するIRエミッターを備えた飛行時間(ToF)カメラセンサー
  • スペックルパターンプロジェクター
  • ディスプレイ
  • 少なくとも1つの処理ユニット

この処理ユニットは、RGBカメラセンサーのペア、モノカメラセンサーのペア、IMU、ToFカメラセンサーおよび関連するIRエミッター、スペックルプロジェクター、およびディスプレイに少なくとも1つの通信リンクを介して動作的に接続されています。

これらのユニットによるトラッキングの例として、位置トラッキングとボディトラッキングの処理について見てみましょう。

位置トラッキングの処理フロー

次の図は、位置トラッキング(154)を達成するための典型的なプロセスのフローダイアグラムを示しています。

このプロセスは、同時定位およびマッピング(SLAM)アルゴリズムのクラスに属します。アクティブステレオによって与えられる密な深度マップは、3D特徴を検出および追跡するために使用できます(2D特徴はテクスチャに基づいており、3D特徴は深度に基づいており、点群から抽出できることに注意)。

ここではリアルタイムの制約を持つシナリオに適しているため、疎なマッチングアプローチが説明されています。アルゴリズムの入力は、トラッキングのためのステレオ画像(202)とIMUデータ(204)です。まず、プロセスは、ステレオ画像で回転的に(206)およびスケール不変の2D画像特徴(208)を検出します。

次に、ステレオマッチング(210)を使用して各特徴の深度が推定されます。このプロセスにより、3Dポイントのクラウド(212)が生成され、これをリアルタイムで追跡して頭の位置の変化(214)を推測します。環境は静的であると仮定されているため、移動する人やオブジェクト上の任意の特徴は、剛直な動きの仮定を持つRANSAC方法によってフィルタリングされます。トラッキング画像が十分な情報を提供しない場合、ジャイロスコープと加速度計のデータは、一時的に位置の変化(216)を計算するために使用されます。

ユーザーのボディトラッキングの処理フロー

次の図は、ユーザーのボディトラッキング(158)を達成するための典型的なプロセスのフローダイアグラムを示しています。

仮想現実では、没入感を達成するためにユーザーの体を描画し、見る必要があります。このため、トラッキングが実行される視野は、パススルーカメラの視野と一致する必要があります。ToFカメラセンサーは、比較的小さい視野(例:水平方向で90度)で近接深度データを取得するための低解像度ではあるものの直接的な解決策を提供します。この観点から、LEDフラッドライトでサポートされたステレオカメラは、より多くの画像処理計算時間のコストでより良い解像度を提供します。

例示的なプロセスでは、体のメッシュ(304)は、近接3Dデータを検出すること、または、LEDフラッドライトを使用する場合には強度にしきい値を適用することにより、深度と体のセグメンテーション(302)の情報から抽出されます。次に、メッシュから骨格モデル(306)が抽出されます。最後に、体の動きを追跡し、骨格の形状と動きをジェスチャーモデルと照合することで、事前に定義されたジェスチャーが最終的に認識されます(308)。認識されたジェスチャーのタイプ、位置、および体のステレオマスク(310)は、グラフィックスのレンダリングのために提供されます。

種々のセンサーにより、ユーザーを広いスペースへ連れ出す

このHMDは、ユーザーが比較的大きな環境内で自由に移動できるように、すべての必要なトラッキングコンポーネントがHMDに統合されているユニークな内部アプローチによって、位置、ユーザーの体、および周辺環境のトラッキングを達成します。このアプローチは、いわゆる外付けの外部入力コンポーネントが必要なくなるという点で優れています。

VRおよびMRアプリケーションでの応用を考えると、このHMDは、プレイヤーの頭と手の動き、および外部環境オブジェクトをトラッキングすることによって一部のコントロールまたはインタラクションを達成できる没入型のゲームやエンターテインメントアプリケーションで特に有用でしょう。可能性のあるアプリケーションには、ゲームだけでなく、一般的なシミュレーション、共同トレーニング、販売、アシステッド製造、メンテナンス、および修理などが含まれます。

このようなHMDは、録画目的またはリアルタイムのビジョン処理を行う単なるステレオカメラとしての使用だけでなく、環境スキャナー(アクティブステレオ)としても使用できます(筆者注:物理的な環境を高精度で3Dマッピングする技術のこと。アクティブステレオは、一般的に2つのカメラと、環境に光を投射する光源(たとえば、赤外線プロジェクタ)を使用して、物体や表面の深度情報を取得する)。
特に、異種のセンサからのデータを使用して、自動的に頭の位置、ユーザーの体、および環境を追跡できることから、実際の場所やオブジェクトをスキャンして、ゲームの中で再現することだけでなく、例えば産業用途では工場や製造ラインでの品質検査、部品の3Dスキャンなど、製造プロセスの最適化に応用可能でしょう。すでに一部行われているものとして、古代の遺跡や歴史的な建造物を3Dでスキャンし、将来の世代に向けてデジタルで保存するといった事業が行われていますが、本発明のようなHMDを用いることで、さらにリアルな体験として経験することができるでしょう。今後のさらなる応用・活用が期待されます。

<書誌情報>
発明の名称:Head-mounted display for virtual and mixed reality with inside-out positional, user body and environment tracking
公開番号:US2023/0324684A1
https://patents.google.com/patent/US20230324684A1/
特許権者:Apple Inc.
発明者:Simon FORTIN-DESCHENES 他
出願日:2023/6/14
公開日:2023/10/12


ライター

+VISION編集部

普段からメディアを運営する上で、特許活用やマーケティング、商品開発に関する情報に触れる機会が多い編集スタッフが順に気になったテーマで執筆しています。

好きなテーマは、#特許 #IT #AIなど新しいもが多めです。




Latest Posts 新着記事

「しなやかでタフ」なカルコパイライト太陽電池の進化戦略

はじめに 太陽光パネルといえば、重くて硬いシリコン製を思い浮かべる方が多いでしょう。しかし今、次世代技術として「カルコパイライト太陽電池」が静かにその存在感を高めています。 「曲がる太陽電池」カルコパイライトとは? カルコパイライト太陽電池は、銅(C)、インジウム(I)、ガリウム(G)、セレン(S)などを原料とする化合物系の薄膜太陽電池です。これらの構成元素の頭文字をとって「CIGS(シグス)」と...

連邦政府が大学の特許収入を狙う トランプ政権の新方針が波紋

はじめに 米国の大学は、研究開発活動を通じて得られる特許収入を重要な財源としてきました。大学の特許収入は、新しい技術の商業化やスタートアップ企業の設立に活用され、イノベーションの促進に直結しています。しかし、トランプ政権下で、連邦政府が大学の特許収入の一部を請求する方針が検討されており、大学の研究活動やベンチャー企業の育成に対する影響が懸念されています。 特に米国は、大学発ベンチャーの育成や産学連...

脱石炭から技術輸出へ:中国が描くクリーンエネルギーの未来

21世紀に入り、世界各国が環境問題やエネルギー安全保障への対応を迫られるなか、中国はクリーンエネルギー分野で急速に存在感を高めてきた。とりわけ再生可能エネルギー技術、電気自動車(EV)、蓄電池、送配電網、そしてグリーン水素などの分野において、中国は「追随者」から「先行するイノベーター」へと変貌を遂げつつある。なぜ中国が短期間でこのような飛躍を実現できたのか。その背景には、国家戦略、産業政策、市場規...

世界のAI特許6割を握る中国 5G・クラウドを基盤に国際競争を主導

近年、中国はデジタル経済の拡大と技術革新を国家戦略の中核に据え、AIや5G、クラウド、データセンターといった基盤技術において世界を牽引する存在となっている。その象徴的な事実として注目されるのが、人工知能(AI)に関する特許出願件数である。国際特許機関の最新統計によれば、中国からのAI関連特許は世界全体の約6割を占め、米国や欧州、日本を大きく上回る圧倒的なシェアを記録している。 本稿では、中国がいか...

AgeTech知財基盤を強化――パテントアンブレラ(TM)が累計41件出願、AI特許も追加

高齢社会の進展に伴い、健康維持、生活支援、介護軽減を目的としたテクノロジー領域「AgeTech(エイジテック)」への注目がかつてないほど高まっている。その中で、知的財産を軸に事業競争力を高める取り組みが活発化しており、今回、独自の「パテントアンブレラ(TM)」戦略を進める企業が、AI関連特許を含む29件の新規出願を追加し、累計41件の特許出願を完了したと発表した。これにより、類型141件の機能をカ...

フォシーガGE、特許の壁を突破 沢井・T’sファーマの挑戦

2025年9月、日本の医薬品市場において大きな話題を呼んでいるのが、SGLT2阻害薬「フォシーガ(一般名:ダパグリフロジン)」の後発医薬品(GE、ジェネリック)の登場である。糖尿病治療薬の中でも売上規模が大きく、近年では慢性腎臓病や心不全の領域にも適応拡大が進んだフォシーガは、アストラゼネカの主力製品のひとつである。その特許の“牙城”を突破し、ジェネリック医薬品の承認を獲得したのが沢井製薬とT&#...

電池特許はCATLだけじゃない――AI冷却から宇宙利用まで、注目5大トピック

近年、知的財産の世界では、特定の企業やテーマに関心が集中しやすい傾向がある。中国・CATLの電池特許戦略や、AIをいかに効率的に冷却するかといったテーマは、テクノロジー産業の今を象徴するキーワードだ。しかし同時に、その裏側には見落とされがちな知財動向や、将来を左右しかねない新しい潮流が潜んでいる。本稿では、「電池特許CATL以外にも」「特集AIを冷やせ」を含め、いま注目すべき5本のトピックを整理し...

バックオフィス改革へ ミライAI、電話取次自動化で特許取得

AI技術の進化が加速するなか、企業のバックオフィスや顧客対応の現場では「省人化」「自動化」をキーワードとした取り組みが急速に広がっている。その中で、AIソリューションを展開するミライAI株式会社は、従来の電話取次業務を人手に頼ることなく「完全無人化」するための技術を開発し、特許を取得したと発表した。この技術は、音声認識・自然言語処理・対話制御を組み合わせ、従来課題とされてきた「誤認識」「取次精度の...

View more


Summary サマリー

View more

Ranking
Report
ランキングレポート

海外発 知財活用収益ランキング

冒頭の抜粋文章がここに2〜3行程度でここにはいります鶏卵産業用機械を製造する共和機械株式会社は、1959年に日本初の自動洗卵機を開発した会社です。国内外の顧客に向き合い、技術革新を重ね、現在では21か国でその技術が活用されていますり立ちと成功の秘訣を伺いました...

View more



タグ

Popular
Posts
人気記事


Glossary 用語集

一覧を見る