「完全栄養食」は「新たな主食」となるか


私は10年ほど前、いやもう少し前だったか、ある日、橋本舜氏からオファーを受けて東京目黒の小さな事務所、いや自宅キッチンのような部屋に出向いた。いまからすれば彼の妄想のような「完全栄養食」への想いと、そのマーケティング相談でネット通販展開の可能性について訊かれた。その彼とは、最近ちょくちょく目にする「完全栄養食」で注目のスタートアップ企業、ベースフード株式会社(本社:東京都目黒区)の代表だ。

ベースフードは“BASE PASTA”や“BASE BREAD”などの完全栄養の主食を展開し、昨年2021年には、ネット販売と平行して首都圏のファミリーマート、ナチュラルローソンでの販売が始まると一気に知名度がアップ。CMもたまに見るが売上げ面でも火がつき、それこそ「完全栄養食」のパイオニアブランドとして市場において、またフードビジネス業界においても注目されている。

スタートアップ企業から注目されはじめたこの「完全栄養食」だけど、今年の5月、奇しくも大手食品メーカーの日清食品が「完全栄養食」を謳った「完全メシ」シリーズを発売した。

もちろん、日清食品も何年も前から開発に入っていたに違いない。日清では2019年に、完全栄養食の即席パスタ「All-in PASTA(オールインパスタ)」を発売。その時は「完全メシ」としては冠しておらず、今年になって発売の5品目は「完全メシ」として冠されその本気度がうかがえる。

日清食品が考える「完全栄養食=完全メシ」とは、見た目やおいしさはそのままに、カロリーや塩分、糖質、脂質、たんぱく質などが、コントロールされ、日本人の食事摂取基準で設定された必要な33種類の栄養素をバランスよく全て摂取できる加工食品だ。

もちろん日清食品では、インスタントラーメンなどで培った技術を活かすことで生まれた。「油分をカットしてもおいしさを保つ技術」や「味のエグみ、苦みをマスキングする技術」、「調理時の栄養素流出を防止する技術」などなど、特許取得済みの技術も多く、これらの技術力を基に完全栄養食向けの技術を新たに開発し、摂取カロリーを抑えても従来の食事と遜色ないおいしさを実現すべく研究を重ねてきたとしている。

必須栄養素をすべて摂取できるとんかつ定食やカレーライスなど、300種以上ものメニューを開発し、社員食堂などへの提供を目指しているそうだ。この知見を日清食品が誇る即席食品に応用したのが「完全メシ」シリーズだ。

即席加工食品のトップ食品メーカーと、若きリーダーの率いるスタートアップのマーケティング企業、このアプローチの異なる二社の「完全栄養食」だが、なぜいま「完全栄養食」なのか。

世界の先進国での「食」のステージはあきらかに「飽食」から「健康」へと移っている。「食」の価値観、気分は「健康!」へ移行しており、それも見せかけではないはっきりしたエビデンスに基づいた革新的であり発明ともいえる新たな「食」の開発がトレンドだ。「からだにいい」「おいしい」「健康」はややもすれば情緒やイメージだけで終わる企画も多く見られるが、もはや本気・本物の開発でなければならない。

また、最近よく耳にするのが「フードテック」。最新のテクノロジーを駆使することによって、まったく新しい形で食品を開発したり、調理法を発見したりする技術を「フーテック」と言っている。新たな食の可能性として注目され、たとえば、フードテックによって植物性たんぱく質から肉を再現したり、単品で必要な栄養素を摂取できるパスタを開発したりするといった「健康食」の開発が可能になっている。そのため、フードテックにおいても世界的に深刻化する食糧問題を解決する方法としても、また「健康」を担保する技術としても大きな期待を集めている。

先日、久しぶりに日清食品の「完全メシ」シリーズのカレーメシ(429円/税込)でランチした。お湯を注いで5分、食べる前に「信じて混ぜろ!完全謎パウダー」と「仕上げオイル」を入れてよくかき混ぜると出来上がり。なんだか宇宙食を食べている気分だ(もちろん食べたことはないが)。味は人それぞれだが、まずまずうまい。ごはんの食感はやはり炊き立てのそれとは明らかに落ちるが、ほぼ本格的欧風カレーの味だ。カップには栄養とおいしいさの完全バランスとある。

加えて、容器のデザインとコピー。大阪創業の会社のせいかちょっと大阪っぽいノリで、ターゲットは20~30代か?また、賞味期限は意外と短く9月末に購入して12月だった。それと肝心のシリーズ名だけど、「完全メシ」は私見だが何のことかわかりにくい。薬機法の制約なのか、「完全栄養食」とは表現できないのかもしれない。

この「完全栄養食」。5年後、10年後には今のような、タンパク質の量やカロリー、糖質、塩分など気にしながらも「飽食」三昧の日々から、普段は健康維持・管理として「完全栄養食」のようなコントロールされた主食がメインとなり、たまに外食したり家で料理づくりを楽しんだりするような食事革命が起こっているかもしれない。


ライター

渡部茂夫

SHIGEO WATANABE

マーケティングデザイナー、team-Aプロジェクト代表

通販大手千趣会、東京テレビランドを経て2006年独立、“販売と商品の相性” を目線に幅広くダイレクトマーケティングソリューション業務・コンサルティングに従事。 通販業界はもとより広く流通業界及びその周辺分野に広いネットワークを持つ。

6次産業化プランナー、機能性表示食品届出指導員。通販検定テキスト、ネットメディアなどの執筆を行う。トレッキングと食べ歩き・ワインが趣味。岡山県生まれ。




Latest Posts 新着記事

ロボットの動きをAIが特許化する時代に──MyTokkyo.Aiの最新発明抽出事例

家庭内ロボット市場が急速に進化している。掃除ロボットや見守りロボットだけでなく、洗濯物の片付けや調理補助など、従来は人が行ってきた細やかな日常作業を担う“家庭アシスタントロボット”が次のトレンドとして期待されている。しかし、家庭内という複雑な環境で、人に近いレベルの判断と動作を瞬時に行うためには、膨大なセンサー情報を統合し、高度なモーションプランニング(動作計画)を行う技術が不可欠だ。 このモーシ...

「施工会社」から「技術企業」へ──特許資産ランキング2025、鹿島建設が首位に立つ理由

建設業界は今、大きな転換点に立っている。少子高齢化による深刻な人手不足、カーボンニュートラルへの対応、インフラの老朽化、建設コストの上昇など、従来型のゼネコン経営では持続可能でなくなる課題が次々と顕在化している。こうした中、各社が未来の競争力として注力しているのが「特許」だ。特殊技術の囲い込み、施工ノウハウの形式知化、AI・ロボティクス・材料開発などの分野で、知財の強化が急速に進んでいる。 202...

自動車軽量化の裏側で進む加工技術革新──JFEスチールの割れ防止発明が鍵に

自動車の軽量化ニーズが高まり、高強度鋼板(AHSS:Advanced High Strength Steel)が普及するにつれて、プレス成形時の“割れ”は避けて通れない技術課題となっている。特にAピラー下部、サイドメンバー、バッテリーフレームなど、複雑な形状でありながら衝突時に高いエネルギー吸収が求められる部位では、L字形状のプレス部品が多用される。しかし、こうしたL字プレス品は、曲げコーナー部に...

アップルはなぜ負けた? 医療特許の壁に直面したApple Watch

米国の特許訴訟市場が久々に世界の注目を集めている。発端は、Apple Watchシリーズに搭載されてきた「血中酸素濃度測定(SpO₂)機能」をめぐる特許訴訟で、米国ITC(International Trade Commission)がアップルに対し“侵害あり”の判断を下したことだ。米国では特許侵害が認められると、対象製品の輸入禁止措置という強力な制裁が発動される可能性がある。今回の判断は、App...

デフリンピック開催に寄せて:「聞こえ」を支えるテクノロジー、人工内耳の「中核特許」

2025年11月、日本では初めてのデフリンピックが開催されています。これは、手話をはじめとする、ろう者の文化(デフ・カルチャー)が持つ独自の力強さに光が当たる、歴史的なイベントです。 https://deaflympics2025-games.jp/   デフリンピックの開催は、スポーツイベントであると同時に「聞こえ」の多様性について考える絶好の機会でもあります。聴覚障害を持つ人々にとっ...

10月に出願公開されたAppleの新技術〜Vision Proの「ペルソナ」を支える虹彩検出技術〜

はじめに 今回は、Apple Inc.によって出願され、2025年10月2日に公開された特許公開公報 US 2025/0308145 A1に記載されている、「リアルタイム虹彩検出と拡張」(REAL TIME IRIS DETECTION AND AUGMENTATION)の技術内容、そしてこの技術が搭載されている「Apple Vision Pro」のペルソナ(Persona)機能について詳説してい...

工場を持たずにOEMができる──化粧品DXの答え『OEMDX』誕生

2025年10月31日、化粧品OEM/ODM事業を展開する株式会社プルソワン(大阪府大阪市)は、新サービス「OEMDX(オーイーエムディーエックス)」を正式にリリースした。今回発表されたこのサービスは、化粧品OEM事業を“受託型”から“構築型”へと転換させるためのプラットフォームであり、現在「特許出願中(出願番号:特願2025-095796)」であることも明記されている。 これまでの化粧品OEM業...

特許で動くAI──Anthropicが仕掛けた“知財戦争の号砲”

AI開発ベンチャーのAnthropic(アンソロピック)が、200ページ以上(報道では234〜245ページ)にわたる特許出願(または登録)が明らかになった。その出願・登録文書には、少なくとも「8つ以上の発明(distinct inventions)」が含まれていると言われており、単一の用途やアルゴリズムにとどまらない広範な知財戦略が透けて見える。 本コラムでは、この特許出願の概要と意図、そしてAI...

View more


Summary サマリー

View more

Ranking
Report
ランキングレポート

海外発 知財活用収益ランキング

冒頭の抜粋文章がここに2〜3行程度でここにはいります鶏卵産業用機械を製造する共和機械株式会社は、1959年に日本初の自動洗卵機を開発した会社です。国内外の顧客に向き合い、技術革新を重ね、現在では21か国でその技術が活用されていますり立ちと成功の秘訣を伺いました...

View more



タグ

Popular
Posts
人気記事


Glossary 用語集

一覧を見る