フワッとサクッとパンを焼くトースター

日本人の朝食を考えるにあたり、やはり「ごはん派」と「パン派」に分かれますよね。旅館に泊まったときなどに出される、伝統的な日本の朝ごはんといえばごはん系だと思いますが、普段の忙しい朝にはトーストが便利、というところでしょう。

最近は食パンをはじめとして他にもおいしいパンが簡単に手に入るようになり、それにともなってトースターにこだわる人も増えてきました。また、パン屋さんで買ってきたパンを、ひとまず冷凍しておいて、後日「焼き戻し」をして食べるというパン愛好家もいらっしゃいますね。

ところで、単に内蔵ヒーターで加熱するだけのトースターを用いた場合、たしかにパンを焼くことはできますが、パンから水分が飛んでしまってパサパサになったり、パンを焼いているときに香ばしい匂いがしてくることからわかるとおり、パン自体がもつバターの香りが失われてしまうという問題がありました。

このような問題の解決のために、スチーム機能を持つトースターが開発されましたが、今度はこのスチームのための水が、トースター内のタンクに残ってしまって衛生的でない、といった問題が生じてきました。

今回紹介する発明は、上記のような問題を解決するトースターとして、バルミューダ社が開発し、国際特許出願を経て日本国内でも特許を取得したものになります(国際公開番号:WO2016/117667A1、特許6749846号)。

スチームのための水が装置内のタンクに残ってしまう問題を解決するために、まず、一回の加熱調理にあたって必要なだけの水を毎回供給する方式にしました。もちろん製品にはこのための計量カップも付属します。

そして、加熱調理にあたっての制御回路を工夫して、水を完全に使い切ってから最後はヒーターのみで加熱して仕上げるという制御を行わせることで、パンを「フワッ」と、なおかつ表面を「サクッ」と保つことができるようになったのです。

トースターは一家に一台はある非常にポピュラーな家電で、もはや完成された製品だと思われがちです。しかし本発明は、その構成・制御を工夫することでもっとおいしくパンを調理でき、また、そのような身近な技術で特許を取得できることを我々に示してくれました。

トースターには、ヒータのみを用いたものと、ヒータに加えて水蒸気発生機(ボイラなど)を用い、加熱時に水蒸気を加える調理方法が知られています。

従来、トーストの調理(つまり食パンを焼くということ)において、調理中にパン内部にあらかじめ含まれている水分が蒸発してしまい、食感や味が失われてしまう問題がありました。また、調理中にはトースター内部から香ばしい匂いがすることからわかるように、水分の蒸発と共にパン自体に含まれているバターの香りも空気中に逃げてしまい、風味が大きく損なわれてしまっていました。

さらに、調理パンやクロワッサンなどにおいては、パン内部まで加熱する前に表面が焦げてしまうなど、最適に温める方法がありませんでした。

また、加熱時に水蒸気を加える調理方法を採用する場合、ボイラに水を供給するために水タンクが必要となり、タンク内の水を使い切らなかったり、ボイラ内で水が余った場合には、衛生的な問題から洗浄が必要だったり、水を捨てる必要がありました。

本発明の特許請求の範囲(請求項1)を分節すると以下のようになります。10段落目にある通り、本発明は「加熱調理器」に関する「物の発明」となります。

  • 調理対象物を収容する調理庫が内部に配置された箱状の筐体と
  • 所定量の水を収容可能な計量カップとを備え、
  • 前記筐体には、前記計量カップに収容された水が注がれる水受皿が上部に設けられるとともに、
  • 前記調理対象物を加熱するヒータと、
  • ボイラ容器及び前記ボイラ容器を加熱するボイラヒータを備えて前記調理庫内に水蒸気を送り込む水蒸気発生器と、
  • 前記水受皿に注がれた水を前記ボイラ容器に案内する水案内路と、
  • 前記ヒータ及び前記ボイラヒータの動作を制御する制御部とが内部に設けられ、
  • 前記制御部は、前記調理対象物の調理開始から前記ボイラヒータの動作を開始して前記ボイラ容器に案内された水を加熱し、
  • 前記ボイラ容器に案内された水を全て蒸発させた後に前記ボイラヒータの動作を停止し、
  • 前記ボイラヒータの動作の停止から前記調理対象物の調理終了まで前記ヒータにより前記調理対象物を加熱することを特徴とする加熱調理装置。

本発明では、上述の技術背景に鑑み、調理対象物(パン)の水分を適切に管理するとともに、表面を焦がさずに調理を行うことで、美味しく調理することができる加熱調理装置を提供することを目的としました。

また、スチーム機能を有しながら、水をすべて使い切ることで、調理対象物の衛生状態を適切に保持して調理することができる加熱調理装置を提供することも目的としました。

そして、本発明によって、これらの目的が達成される加熱調理装置が提供されることとなりました。

本発明の実施形態を具体的な図にすると、以下のような製品図で表すことができます。ここでは斜視図と背面図を示します。

調理部20にてパンを調理するということは、一般的なトースターを想像すれば容易に想像できますね。この図から、一般的なトースターと何が違うのかという疑問を持つ方もいらっしゃるかもしれません。

【斜視図】(左)と【背面図】(右)

図を見ると、調理部20の上部に、水受皿21が設けられています。これが本発明の1つのポイントです(特許請求の範囲、第3段落)。筐体11内部には水受皿21からボイラ容器41へ水を案内する水案内路50が設けられています。

水受皿は、所定量(例えば10cc)の水を収容でき、所定量の計量カップから水を供給することで、水があふれることなく水案内路を通じてボイラ容器に水を移動させることができます。ここで上記「所定量」とは、ボイラヒータ42に通電した場合に、所定のスチーム時間(例えば1分)で全てが蒸発できる量に決められています。

では次に、加熱調理フローを実行するためのプログラムによって動作命令・演算・検知を行う制御装置の構成をみてみましょう。

以下に示すフロー図では、調理を開始した後、水蒸気を用いる調理モードだった場合には、ボイラヒータがONになります。ボイラヒータがONになると、ボイラ容器41内の水が加熱され、水蒸気となって調理庫20内に充満します。水蒸気は調理対象物を包み込み、調理対象物の中にあった水分が蒸発しにくくなります。なお、水が残っている状態ではボイラサーミスタ43は100℃を超えることはありません。

【フロー図】

水がなくなると、ボイラ容器の温度が急上昇し、ボイラサーミスタ43により120℃以上となった時点で、水がなくなったと判断され、制御装置は電源装置に対して指令を出し、ボイラヒータの通電を停止します。

また、ボイラサーミスタが120℃を超えない場合には、時間が1分を経過したか否かが計測されます。1分を超えていたらボイラヒータがOFFになります。

このような制御を行うことで、予め定められた所定量の水を調理開始から所定時間内に全て蒸発させることができるので、加熱調理後に水が残ることがありません。水は調理を行うたびに補充すればよく、水タンクは不要です。したがって、水は常に新しく衛生的です。これが本発明の2つ目のポイントです。

水蒸気供給を調理中継続して行ったり、調理の最後に行うより、最初の1分程度で行い、その後に加熱を行った場合のほうが、調理対象物から水分が逃げることを防止できるとともに、調理対象物の酸化を抑制でき、表面がサクッとした食感になるため、美味しく調理できるとのことです。このため、クロワッサンのような調理対象物に適しています。

さらに、調理中にパン内部の水分が蒸発してしまうと、水分とともにパン自体に含まれているバターの香りを逃してしまいますが、本発明によれば、風味を維持して調理ができるのです。

本発明は、特許協力条約に基づく国際特許出願を行い、日本の特許庁で新規性・進歩性に関する国際調査を受けています(国際公開番号:WO2016/117667A1)。国際調査の結果としては既に同じ技術が公知となっていたため、国際段階での新規性・進歩性は否定されました。その後、国内移行の際に補正をし、上記特許請求の範囲に「計量カップ」がセットである点を加え、無事特許化することができました。

一方、本発明を適用した具体的な製品としては、バルミューダ社より「The Toaster」という商品名のスチームトースターとして発売されています。細かなリニューアルを重ねており、最新型では上面ヒータ、下面ヒータの細かなコントロールを行うことで実現した4つのトーストモード(トーストモード、チーズトーストモード、フランスパンモード、クロワッサンモード)が選択できるようになっています。

本発明は、バルミューダ社が提唱する「トーストを科学する」というキャッチコピーのとおり、トーストを焼く際に細かな制御を行うことで、単に加熱するだけの、悪く言えば大雑把な調理方法だった従来の一般的トースターとは一線を画した、特許製品に仕上げたものといえるでしょう。

発明の名称

加熱調理装置

出願番号

特願2016-570712

公開番号

WO2016/117667

特許番号

特許第6749846号

出願日

平成28年1月22日(2016.1.22)

公開日

平成28年7月28日(2016.7.28)

登録日

令和2年8月14日(2020.8.14)

審査請求日

平成31年1月18日(2019.1.18)

出願人

バルミューダ株式会社

発明者

仁泉 大輔

国際特許分類

F24C 7/04 (2006.01)
F24C 1/00 (2006.01)

経過情報

国際特許出願後、日本特許庁にて国際審査を受けて、新規性なしの否定的見解となった。
国内移行後、手続補正書を提出して特許査定となりました。

<免責事由>
本解説は、主に発明の紹介を主たる目的とするもので、特許権の権利範囲(技術的範囲の解釈)に関する見解及び発明の要旨認定に関する見解を示すものではありません。自社製品がこれらの技術的範囲に属するか否かについては、当社は一切の責任を負いません。技術的範囲の解釈に関する見解及び発明の要旨認定に関する見解については、特許(知的財産)の専門家であるお近くの弁理士にご相談ください。