ウイスキーの小分け販売は商標権侵害になるのか?—法的リスクと実務対応


はじめに

近年、ウイスキーの需要が高まり、特に高級ウイスキーや限定品が投資対象としても注目されています。その一方で、ウイスキーの「小分け販売」が問題視されるケースが出てきています。例えば、ボトル単位で販売されるはずのウイスキーを小さな容器に移し替えて販売する行為は、商標権侵害にあたるのでしょうか?

本コラムでは、ウイスキーの小分け販売が商標権に与える影響を考察し、関連する判例や法律を交えながら、実務上のリスクについて解説します。

商標権とは?

まず、商標権の基本を押さえておきましょう。商標権とは、特定の商品やサービスに付された商標を独占的に使用できる権利のことです。たとえば、「YAMAZAKI」や「Hibiki」などのブランド名は、特定の企業(サントリーなど)が商標登録をしており、無断で使用すると商標権侵害となる可能性があります。

商標権の主な機能は、

  1. 出所表示機能(消費者が商品やサービスの提供元を識別できる)
  2. 品質保証機能(特定の品質を保証する)
  3. 広告機能(ブランドの価値を高め、販促効果を持つ)

です。したがって、ウイスキーの小分け販売がこれらの機能を害する場合、商標権侵害の可能性が出てきます。

ウイスキーの小分け販売が商標権侵害となる可能性

① 小分け販売の形態と商標の使用

ウイスキーの小分け販売は、主に以下のような形で行われることが多いです。

  • オークションやフリマアプリでの販売
  • バーや酒販店が少量パッケージに詰め替えて販売
  • ウイスキーテイスティングセットの提供

ここで問題となるのは、「商標の使用」にあたるかどうかです。商標法上、商標の使用とは「商品や包装、広告などに商標を付して販売する行為」とされています。たとえば、小瓶に移し替えた際にラベルやパッケージに「YAMAZAKI」などのブランド名を記載すれば、これは商標の使用に該当する可能性があります。

小分け販売による「同一性の変更」

商標権侵害が成立するかどうかの重要な要素の一つが、「商品の同一性」が維持されているかどうかです。

判例:並行輸入品の事例との比較
過去の判例では、並行輸入品に関して、「商品の同一性が維持されていれば、商標権侵害とはならない」とする考えが示されています(例:アメリカンファミリー事件)。しかし、ウイスキーの小分け販売は「小瓶への詰め替え」という加工が加わるため、商品としての同一性が損なわれる可能性があります。

たとえば、ウイスキーはボトルやコルク栓、保存方法によって風味が変わることがあります。大容量のボトルから小分けすることで酸化が進み、風味が変わる可能性があるため、「品質保証機能」が損なわれる恐れがあります。これにより、元の商標権者が意図しない形で商品が流通することになり、商標権侵害と判断される可能性が高まります。

消費者の誤認・混同のリスク

商標法の趣旨の一つに、「消費者の誤認・混同を防ぐ」という目的があります。もし、小分けされたウイスキーが正規品と誤解されるような形で販売されていると、消費者が本物の「YAMAZAKI」や「Hibiki」と勘違いするリスクがあります。

特に、個人がオンラインで小分け販売を行う場合、ラベルをそのままコピーして貼る行為や、正規品であるかのように見せる広告表現をすると、商標権侵害だけでなく、不正競争防止法違反にもなる可能性があります。

実務上のリスクと対策

① 商標権侵害とみなされるケース

  • 小分けした容器にブランド名を記載し販売する
  • 元のラベルをコピーして貼る
  • 公式のボトルデザインやブランドロゴを模倣する

これらの行為は、商標権者から警告を受ける可能性が高く、訴訟リスクも伴います。

② 許容される可能性があるケース

  • 小分け販売をしてもブランド名を一切記載しない
  • 「テイスティング用サンプル」として、明確に独自のブランディングを行う
  • 「個人の趣味の範囲」として、営利目的ではなく非営利の範囲で行う

ただし、ブランド名を使わずに販売した場合でも、不正競争防止法の「著名表示冒用行為」や「品質誤認惹起行為」に該当する可能性があるため、注意が必要です。

まとめ

ウイスキーの小分け販売は、商標権の観点から見ても慎重に判断する必要があります。特に、ブランド名をそのまま使用する場合や、品質の同一性が維持されない場合には、商標権侵害のリスクが高まります。

ウイスキー愛好家の間では、「少量ずつ試せる」というメリットもありますが、商標権者の権利を侵害しない形で行うことが重要です。今後、ウイスキー市場がさらに拡大する中で、小分け販売に関する法的な議論が進む可能性もあります。

商標権のトラブルを避けるためには、事前に専門家の意見を求めることも有効です。企業として小分け販売を考えている場合は、商標権者と協議のうえ、適切な対応を取ることが望ましいでしょう。


Latest Posts 新着記事

10月に出願公開されたAppleの新技術〜Vision Proの「ペルソナ」を支える虹彩検出技術〜

はじめに 今回は、Apple Inc.によって出願され、2025年10月2日に公開された特許公開公報 US 2025/0308145 A1に記載されている、「リアルタイム虹彩検出と拡張」(REAL TIME IRIS DETECTION AND AUGMENTATION)の技術内容、そしてこの技術が搭載されている「Apple Vision Pro」のペルソナ(Persona)機能について詳説してい...

工場を持たずにOEMができる──化粧品DXの答え『OEMDX』誕生

2025年10月31日、化粧品OEM/ODM事業を展開する株式会社プルソワン(大阪府大阪市)は、新サービス「OEMDX(オーイーエムディーエックス)」を正式にリリースした。今回発表されたこのサービスは、化粧品OEM事業を“受託型”から“構築型”へと転換させるためのプラットフォームであり、現在「特許出願中(出願番号:特願2025-095796)」であることも明記されている。 これまでの化粧品OEM業...

特許で動くAI──Anthropicが仕掛けた“知財戦争の号砲”

AI開発ベンチャーのAnthropic(アンソロピック)が、200ページ以上(報道では234〜245ページ)にわたる特許出願(または登録)が明らかになった。その出願・登録文書には、少なくとも「8つ以上の発明(distinct inventions)」が含まれていると言われており、単一の用途やアルゴリズムにとどまらない広範な知財戦略が透けて見える。 本コラムでは、この特許出願の概要と意図、そしてAI...

SoC時代の知財戦争──ホンダと吉利が仕掛ける“車載半導体覇権競争”

自動車産業が「電動化」「自動運転」「ソフトウェア定義車(SDV)」へと急速にシフトするなか、車載半導体・システム・チップ(SoC:System­on­Chip)を巡る知財・開発競争が激化している。特に、ホンダが「車載半導体関連特許を8割増加」させているとの情報が注目されており、同時に中国自動車メーカーが特許活動を爆発的に拡大しているとされる。なかでもジーリー(Geely)が“18倍”という成長率を...

試験から設計へ──鳥大が築くコンクリート凍害評価の新パラダイム

はじめに:なぜ“凍害”がコンクリート耐久性の大きな壁なのか コンクリート構造物が寒冷地・凍結融解環境(凍害)にさらされると、ひび割れ・剥離・かさ上がり・耐荷力低下といった劣化が進行しやすい。例えば水が凍って膨張し、内部ひびを広げる作用や、塩分や融雪剤の影響などが知られている。一方、これらの劣化挙動を実験室で迅速に・かつ実サービスに近づけて評価する試験方法の開発は、長寿命化・メンテナンス軽減の観点か...

Perplexityが切り拓く“発明の民主化”──AI駆動の特許検索ツールが変える知財リサーチの常識

2025年10月、AI検索エンジンの革新者として注目を集めるPerplexity(パープレキシティ)が、全ユーザー向けにAI駆動の特許検索ツールを正式リリースした。 「検索の民主化」を掲げて登場した同社が、ついに特許情報という高度専門領域へ本格参入したことになる。 ChatGPTやGoogleなどが自然言語検索を軸に知識アクセスを競う中で、Perplexityは“事実ベースの知識検索”を強みに急成...

特許が“耳”を動かす──『葬送のフリーレン リカちゃん』が切り開く知財とキャラクター融合の新時代

2025年秋、バンダイとタカラトミーの共同プロジェクトとして、「リカちゃん」シリーズに新たな歴史が刻まれた。 その名も『葬送のフリーレン リカちゃん』。アニメ『葬送のフリーレン』の主人公であるフリーレンの特徴を、ドールとして高精度に再現した特別モデルだ。特徴的な長い耳は、なんと特許出願中の専用パーツ構造によって実現されたという。 「かわいいだけの人形」から、「設計思想と知財の結晶」へ──。今回は、...

“低身長を演出する靴”という逆転発想──特許技術で実現した次世代『トリックシューズ』の衝撃

ファッションと遊び心を兼ね備えた新発想のシューズ「トリックシューズ」が市場に登場した。通常、多くの「シークレットシューズ」や「厚底スニーカー」は身長を高く見せるために設計されるが、本モデルは逆に身長を「低く見せる」ための構造を意図しており、そのためにいくつもの特許技術が組み込まれているという。今回は、このトリックシューズの設計思想・技術構成・使いどころ・注意点などを掘り下げてみたい。 ■ コンセプ...

View more


Summary サマリー

View more

Ranking
Report
ランキングレポート

海外発 知財活用収益ランキング

冒頭の抜粋文章がここに2〜3行程度でここにはいります鶏卵産業用機械を製造する共和機械株式会社は、1959年に日本初の自動洗卵機を開発した会社です。国内外の顧客に向き合い、技術革新を重ね、現在では21か国でその技術が活用されていますり立ちと成功の秘訣を伺いました...

View more



タグ

Popular
Posts
人気記事


Glossary 用語集

一覧を見る