AIスピーカー×宿泊分野で後発競合を圧倒  TradFitに見るスタートアップの知財戦略 


「第3回IP BASE AWARD」スタートアップ部門の奨励賞を受賞したTradFit株式会社(本社:東京都千代田区 代表:戸田良樹)は、2017年の創業から海外を含む特許出願に力を入れ、知財による優位性を活用して国内外での協業や資金調達を成功させている。ヒトもカネも少ないスタートアップが強い知財を構築し、有効活用するためのTradFitの戦略とは。

TradFitは、AIスピーカーを活用した宿泊施設向けのサービスを提供している。これは、多言語対応のコンシェルジュ・チャットシステムを搭載したAIスピーカーを客室に設置することで、訪日旅行者の満足度向上と宿泊施設の業務効率化を図るものだ。

宿泊業は、高い接客スキルが要求されるうえに、利用者の多様な要望に24時間体制で対応せねばならず、ハードな業務ゆえにサービス産業の中でも離職率が高い。慢性的な人手不足のなかで、人材コストも上がっている。混み合う時間帯に対応が遅れるとクレームの原因にもなり、収益向上のためにも業務効率化は慢性的な課題となっているが現状だ。
「サービスの開発にあたり、20代~60代までの幅広い世代の国内外の旅行者と、宿泊業者の各部署にそれぞれ徹底的にインタビューし課題を洗い出した。創業当時の2017年はインバウンドが盛り上がっていたので、訪日客と宿泊施設の双方で最も挙げられたのがやはり言葉の問題だった。

こうした課題に応えるため、同社のAIスピーカーは、日本語、英語、イタリア語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ヒンディー語、ポルトガル語の8言語に対応。チャットシステムは、最大16言語にまで対応している。さらに、客室内の家電をIoT化し、照明や空調などを音声で操作できる機能を搭載。フロントへの問い合わせや周辺施設の案内、予約などは、画面タッチや音声、チャットで行なえる。

同社はAIスピーカーのソフトウェア開発を国内スタートアップではいち早く手掛けており、技術面での先行優位性に加えて、機能を実装する前に特許を押さえることで参入障壁を築くとともに、プレスリリースで知財をアピールすることで協業や資金調達にも活用している。

創業期から知財活動に力を入れ、2022年6月時点での特許出願件数は国内外で約40件、そのうち11件は登録済み。また全件をPCT出願しているのが特徴で、米国、欧州のほかタイ、シンガポール、マレーシア、フィリピンなど、アジア諸国もカバーしている。リゾートが多く観光産業が盛んなアジア圏での需要拡大を見込んだものだが、シード期にこれだけの思い切った資金を投入するケースは珍しいとされる。

また、特許権の範囲を宿泊領域(ホテルのみならず、旅館、グランピングホテル、民泊、不動産など)に限定せず、ヘルスケア領域などへの横展開を見越して、病院や介護施設、福祉施設なども含む形で取得。客室に設置したAIスピーカー上のソフトウェアだけが保護対象ではなく、客室のテレビなどデバイス上のアプリやブラウザー、利用者が持っているスマホやタブレットのアプリやブラウザーも含まれている。

一方、知財体制としては、知財・法務の顧問はもちろん、社内にはCIPOを設置。TradFitならではの特許戦略のポイントは、ひとつは、自社開発のプロダクトを保護する特許のみならず、他社と協業できる特許を取り、協業に活用していること。特許は、投資家や協業先へアピールするための有効な材料になるので、プレスリリースにも力を入れている点だ。

2つ目はシード期から国際出願をしたこと。「国際出願において国際調査報告の内容が非常に良く特許費用を投資すべき技術分野であるとし、最初の特許出願の内容が公開される1年半までに注力して出願している。

そして3つ目は、外国出願の助成金や特許審査ハイウェイの制度を活用、また、分割出願なども活用し出願費用をうまく抑制しながらポートフォリオを作っている。基本特許は、アジア諸国では欧州と異なり国毎に出願をしなければならず費用がネックとなったが、東京都が主催している『外国特許出願費用助成事業』に採択され助成金の活用にも成果を得ている。

TradFitでは、これらのスタートアップにおける知財戦略では、プロトタイプの段階から出願しないと実装してからでは手遅れになることも多いとしている。また、特許といえば製造業などハードウェアのイメージが強いかもしれないが、欧米のソフトウェア系企業は知財戦略が進んでおり、日本の知財エコシステムも強化されてきているので、これから起業を考えている、すでに起業されているケースにおいては、知財戦略は事業成長や大企業とのオープンイノベーションを含め必ずプラスに働く重要な要素となってくるとしている。


【オリジナル記事・引用元・参照】
https://ipbase.go.jp/learn/ceo/page31.php
https://company.tradfit.com/


Latest Posts 新着記事

AI×半導体の知財戦略を加速 アリババが築く世界規模の特許ポートフォリオ

かつてアリババといえば、EC・物流・決済システムを中心とした巨大インターネット企業というイメージが強かった。しかし近年のアリババは、AI・クラウド・半導体・ロボティクスまで領域を拡大し、技術企業としての輪郭を大きく変えつつある。その象徴が、世界最高峰AI学会での論文数と、半導体を含むハードウェア領域の特許出願である。アリババ・ダモアカデミー(Alibaba DAMO Academy)が毎年100本...

翻訳プロセス自体を発明に──Play「XMAT®」の特許が意味する産業インパクト

近年、生成AIの普及によって翻訳の世界は劇的な変化を迎えている。とりわけ、専門文書や産業領域では、単なる機械翻訳ではなく「人間の判断」と「AIの高速処理」を組み合わせた“ハイブリッド翻訳”が注目を集めている。そうした潮流の中で、Play株式会社が開発したAI翻訳ソリューション 「XMAT®(トランスマット)」 が、日本国内で翻訳支援技術として特許を取得した。この特許は、AIを活用して翻訳作業を効率...

特許技術が支える次世代EdTech──未来教育が開発した「AIVICE」の真価

学習の個別最適化は、教育界で長年議論され続けてきたテーマである。生徒一人ひとりに違う教材を提示し、理解度に合わせて学習ルートを変化させ、弱点に寄り添いながら伸ばしていく理想の学習プロセス。しかし、従来の教育現場では、教師の業務負担や教材制作の限界から、それを十分に実現することは難しかった。 この課題に真正面から挑んだのが 未来教育株式会社 だ。同社は独自の AI学習最適化技術 で特許を取得し、その...

抗体医薬×特許の価値を示した免疫生物研究所の株価急伸

東京証券取引所グロース市場に上場する 免疫生物研究所(Immuno-Biological Laboratories:IBL) の株価が連日でストップ高となり、市場の大きな注目を集めている。背景にあるのは、同社が保有する 抗HIV抗体に関する特許 をはじめとしたバイオ医薬分野の独自技術が、国内外で新たな価値を持ち始めているためだ。 バイオ・創薬企業にとって、研究成果そのものだけでなく 知財ポートフォ...

農業自動化のラストピース──トクイテンの青果物収穫技術が特許認定

農業分野では近年、深刻な人手不足と高齢化により「収穫作業の自動化」が急務となっている。特に、いちご・トマト・ブルーベリー・柑橘など、表皮が繊細な青果物は人の手で丁寧に扱う必要があり、ロボットによる自動収穫は難易度が極めて高かった。そうした課題に挑む中で、株式会社トクイテンが開発した “青果物を傷付けにくい収穫装置” が特許を取得し、農業DX領域で大きな注目を集めている。 今回の特許は単なる「収穫機...

<社説>地域ブランドの危機と希望――GI制度を攻めの武器に

国が地理的表示(GI:Geographical Indication)保護制度をスタートしてから10年が経つ。ワインやチーズなど農産物を地域の名前とともに保護する仕組みは、欧米では産地価値を国境を越えて守る知財戦略としてすでに大きな成果を上げてきた。一方、日本でのGI制度は、導入から10年が経った今ようやくその重要性が幅広く認識される段階に差し掛かったと言える。 農林水産省によれば、2024年時点...

保育データの構造化とAI分析を特許化 ルクミー「すくすくレポート」技術の本質

保育業界におけるDXが本格的に進む中、ユニファ株式会社が展開する「ルクミー」は、写真・動画販売や登降園管理、午睡チェックシステムなどを通じて保育の可視化と効率化を支えてきた。その同社が開発した 保育AI™「すくすくレポート」 が特許を取得したことは、保育現場のデジタル化における大きな節目となった。 「すくすくレポート」は、子どもの日々の成長・発達をAIが分析し、保育士の観察記録を補助...

JIG-SAW、動物行動AIの“核技術”を米国で特許化 世界標準を狙う布石に

IoTプラットフォーム事業を展開する JIG-SAW株式会社 が、米国特許商標庁(USPTO)より「AI算出によるベクトルデータをベースとしたアルゴリズム・システム」に関する特許査定を受領した。対象となるのは 動物行動解析分野—つまり動物の動き・姿勢・行動をAIで読み取り、ベクトルデータとして構造化し、行動傾向や異常を自動判定するための技術だ。 近年、ペットヘルスケア、畜産、動物実験、野生動物の行...

View more


Summary サマリー

View more

Ranking
Report
ランキングレポート

海外発 知財活用収益ランキング

冒頭の抜粋文章がここに2〜3行程度でここにはいります鶏卵産業用機械を製造する共和機械株式会社は、1959年に日本初の自動洗卵機を開発した会社です。国内外の顧客に向き合い、技術革新を重ね、現在では21か国でその技術が活用されていますり立ちと成功の秘訣を伺いました...

View more



タグ

Popular
Posts
人気記事


Glossary 用語集

一覧を見る