建設業界は今、大きな転換点に立っている。少子高齢化による深刻な人手不足、カーボンニュートラルへの対応、インフラの老朽化、建設コストの上昇など、従来型のゼネコン経営では持続可能でなくなる課題が次々と顕在化している。こうした中、各社が未来の競争力として注力しているのが「特許」だ。特殊技術の囲い込み、施工ノウハウの形式知化、AI・ロボティクス・材料開発などの分野で、知財の強化が急速に進んでいる。
2025年版の特許資産規模ランキングでは、1位:鹿島建設、2位:大林組、3位:竹中工務店の三社が上位を占めた。いずれも長年にわたり建設技術の研究開発に投資してきた企業であり、蓄積してきた“競争力の源泉”が特許資産として明確に表れた形だ。本稿では、それぞれの技術的強みと特許動向を詳しく整理し、建設産業全体における知財戦略の潮流を読み解く。
■1位:鹿島建設──建設ロボット化とインフラ維持管理の先導者
鹿島建設は、2025年も業界最大規模の特許資産を保有しており、出願件数・影響力のいずれも総合首位を維持した。同社の特徴は、「建設現場の自動化」と「インフラ維持管理技術」に強い知財を集中投下している点だ。
●建設ロボットの体系的な特許群
鹿島は建設ロボティクスに積極的で、鉄筋組立ロボット、溶接ロボット、壁面仕上げロボット、ドローン併用施工など、多岐にわたる自動化技術の特許網を形成している。特に、施工プロセス全体をロボット連携で最適化する「現場協調AI」関連技術は、未来の建設スタイルを左右する基盤特許として注目される。
建設ロボットは単体ではなく、“複数台を統合的に制御し、工程管理と連動させる”ことが重要であり、鹿島はこの部分のコア特許を押さえている。この領域はDXと物理施工が結びつく最前線であり、競争優位性が極めて高い。
●橋梁・トンネルの劣化診断
老朽化が急速に進むインフラ分野でも、鹿島は画像診断AI、センシング材料、遠隔補修技術などの出願が多い。特に、コンクリート内部のひび割れをリアルタイムで感知できる“自己診断型材料”は、競合との差別化要因として大きい。
■2位:大林組──建設DXと環境技術で存在感
2位の大林組は、特許の質と範囲が広く、DX・材料・環境技術が三本柱になっている。特に建設業界の中で“デジタル化を最も先鋭的に進めるゼネコン”として知られ、AI施工管理システム、BIM連携技術、ロボット施工のプラットフォーム化など、建設プロセスのDXを特許網として整えている。
●施工管理AIのプラットフォーム戦略
大林組が強いのは、作業員・重機・資材・工程情報を統合する施工管理AIのプラットフォーム型特許だ。これは「どの建設現場にも普遍的に適応できる汎用性」があるため、非常に価値が高い。
BIMとの連携技術も強力で、3Dモデルと現場実績の差分自動検出、施工進捗のリアルタイム可視化、さらには工程遅延の自動予測といった“ソフト系の特許”が豊富に存在する。
●環境配慮型の新素材技術
大林組は“環境”を軸にした材料開発も積極的で、低炭素コンクリート、木質ハイブリッド構造、CO₂吸着材などの特許を多数保有する。特にZEB(ゼロ・エネルギー・ビル)市場の拡大を背景に、空調制御AIや熱流体設計などの知財が増加している。
■3位:竹中工務店──建築・意匠と空調環境のプロフェッショナル
竹中工務店は、建築意匠・空調設備・室内環境の分野に突出した特許群を持つ。施工ロボットやDXよりも、“建物そのものの質を高める技術”に強く、建築家とエンジニアが協働する企業文化が知財にも反映されている。
●室内環境制御の特許が抜群に多い
竹中は特に「空調・換気・快適性」の分野に強く、以下のような特許が多い。
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気流制御による省エネ空調
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温熱環境の自動最適化
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大空間向けのピストンフロー換気
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病院・研究施設の高性能クリーンルーム技術
コロナ禍以降、換気・空気質は建物価値を左右する要素となり、竹中の特許が再評価されている。
●施工技術とデザインの融合
竹中は、高精度RC構造、木質建築、免震技術など、構造・意匠を一体にした特許が多く、“建築の質”を創造する技術に特化している。特に耐震・制震に関する特許は国内で屈指のレベルだ。
■特許で変わるゼネコンの競争ルール
建設業界では伝統的に“現場力”が競争の中心だった。しかし2025年現在、現場力だけでは差別化が難しく、以下のような領域で“技術・特許”の比重が急速に増している。
●1. 建設ロボット化
労働人口の減少により、自動化・無人化施工は避けられない。特にトンネル掘削、鉄筋・配筋、内装仕上げ、溶接などはロボット化が進んでおり、ここに知財が集中する。
●2. 建設DX
施工管理AI、BIM連携、画像解析、進捗計測、品質検査の自動化は、ソフトウェア特許の重要領域となっている。
●3. 環境・エネルギー
建物の省エネ化、カーボンニュートラル、材料の低環境負荷化など、サステナビリティ領域の特許が急増中。
●4. インフラ維持管理
老朽化インフラの診断・補修技術は、数十年単位で需要が続く“超長期市場”であり、知財の価値が高い。
この4つは、鹿島・大林組・竹中工務店が特許を集中投下している領域でもある。特許網は、単に技術を守るだけでなく、“受注競争の武器”としても機能し始めている。
■上位3社に共通する知財戦略
トップ3企業の特許を分析すると、共通点がはっきり浮かび上がる。
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「単体の技術」ではなく「技術体系」を特許網として構築
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現場データ×AIの融合を重視
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ロボットと人の協働を前提とした技術開発
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材料・設備・施工をセットで最適化
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海外展開を視野に国際特許(PCT)を増加
つまり、ゼネコン各社は“施工会社”から“総合技術企業”へと進化しつつある。現場で培ったノウハウを特許として形式知化し、事業化する動きは今後ますます加速するだろう。
■まとめ──特許はゼネコンの“第二の資産”へ
2025年の特許資産ランキングでは、鹿島建設・大林組・竹中工務店がトップ3となったが、この順位は単なる知財の量だけではなく、**「建設業の未来をどの方向に切り拓くか」**という戦略を映し出した結果でもある。
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鹿島建設:ロボット×DXで“施工プロセスそのもの”を変革
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大林組:施工管理プラットフォームと環境技術で優位性
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竹中工務店:建築品質・室内環境制御・構造技術の深化
これらの技術群は、建設業界の労働・生産性・環境問題を根本から解決するポテンシャルを持ち、ゼネコンの価値の源泉は“現場力だけではなく、知財資産”へとシフトしている。
今後、特許は受注競争力を左右するだけでなく、技術輸出、国際標準化、建築の新ビジネスモデル創出にも直結する。建設業界は、知財戦略が明確に差を生む時代に突入したと言えるだろう。