「特許で世界を包囲する中国 イノベーション強国への加速」


はじめに:なぜ国際特許出願数が注目されるか

イノベーション(技術革新)の国際競争力を測る指標として、研究開発投資、論文発表数、特許出願数などが長らく注目されてきました。特に国際特許(例えば、特許協力条約 PCT 出願、あるいは各国出願による外国での保護を意図した出願)は、一国の発明・技術が国際市場を見据えて保護を志向していることを示すため、技術力だけでなく国際志向性の強さも反映します。

近年、中国(中華人民共和国)はこの国際特許出願分野で著しい躍進を遂げており、すでに世界トップ10に入るどころか、多くの面で上位を占めつつあります。本稿ではその実態、背景、課題、そして今後の展望を整理します。

中国の国際特許出願実績:現状とトレンド

世界全体の特許出願傾向と中国の位置づけ

  • 2023 年時点で、世界の特許出願数は 3.55 百万件に達し、前年から 2.7%増加している。

  • このうち、中国(居住者出願を含む)が世界全体の約 47.2 % を占めており、特許出願件数面で最も高いシェアを持つ国となっている。

  • 中国国家知識産権局 (CNIPA) は 2023 年に 1.68 百万件の特許出願を受け付け、前年から 3.6 % の増加を示した。

  • ただし、これらは国内(居住者)出願を中心とする数字であり、国際(非居住者出願、PCT出願等)への展開度もまた重要指標となる。

国際出願/PCT 出願における中国勢の台頭

  • 中国の発明家・企業による PCT 出願数は近年急増しており、アメリカを抜いて上回る年度も出てきているとの報告もある。

  • たとえば、ある年次報告では、中国からの国際特許(PCT)出願数が 68,600 件に達し、アメリカを上回ったという分析もある。

  • また、中国企業は欧州特許庁 (EPO) に対しても積極的に出願を行っており、2024 年には EPO 出願全体のうち 10.1 % が中国企業出願であったという報告がある。

  • すなわち、中国発の技術・発明が国内だけでなく、欧州や他地域においても保護・利用を目指している傾向が明確化している。

出願技術分野の特色:AI・グリーン技術・電池など

  • 特に人工知能 (AI) 関連技術、機械学習、コンピュータービジョンなど分野では、中国発明者が高い出願数を持ち、米国を凌ぐ出願規模を誇るという指摘がある。

  • また、クリーンエネルギー技術、電池・エネルギー貯蔵関連技術といった分野でも中国企業・研究機関が特許出願を加速させており、グリーン・低炭素分野での国際展開も盛んである。

  • さらに、「一帯一路 (BRI, Belt and Road Initiative)」地域諸国に対する特許出願・技術展開にも意欲的で、中国企業は BRI 加盟国への出願活動を拡大させている。

トップ企業の動き:ファーウェイなどの貢献

  • 中国から国際特許を多く出願する企業として、Huawei(華為技術)、Tencent、ZTE、Xiaomi、OPPO などが挙げられる。

  • たとえば Huawei は、PCT 出願数ベースで世界上位であり、国際特許出願の牽引役となってきた。

  • また、多くの中国のハイテク企業が自社のコア技術について、複数国で特許保護を求める動きを強めており、海外特許ポートフォリオを戦略的に拡充している。

なぜ中国は国際特許出願でここまで急伸できたのか:要因分析

中国が国際特許出願数で存在感を急激に高めた背景には、複数の構造的・政策的要因があると考えられます。

1. 政府の戦略的支援と政策インセンティブ

  • 中国政府(中央および地方レベル)は、イノベーションを国家戦略の最前列に位置付け、研究開発(R&D)投資を増強してきた。

  • 特許取得・技術輸出を促す補助金、税制優遇、補助金支給、地方都市の特許奨励制度などが整備されている。また、特許出願件数や特許ポートフォリオを評価指標とする制度もある。

  • 「中国製造 2025」や「イノベーション強国戦略」など、国家レベルのプログラムにおいて先端技術開発を重視する政策が掲げられており、特許創出はその成果指標として期待される。

2. 巨大な国内市場と需要の拡大

  • 中国国内が巨大な市場であることから、研究開発した製品や技術をまず国内で採用・展開できる土壌がある。これにより、技術化・実装までのフィードバックループが高速で回る。

  • また、国内市場での競争が激しく、差異化技術や付加価値技術が強く求められる。これが企業・研究機関に特許取得の誘因を与えている。

3. 企業・産学連携・研究開発体制の進化

  • 多くの中国ハイテク企業はグローバル競争に直面しており、技術革新を不可欠要素として積極出願を行っている。Huawei や ZTE、Tencent、Xiaomi、BYD など、技術力を重視する企業が国際特許活動をリードしている。

  • 大学・研究機関との連携、国家研究プロジェクト(国家自然科学基金、国家重点研究開発計画など)の活用、さらには企業の研究部門の強化などが進む。

  • また、スタートアップ・ハイテクベンチャーの育成も進んでおり、イノベーション系の小規模企業が特許出願を手がける例も増えている。

4. 国際化戦略とグローバル市場志向

  • 中国企業は自国市場のみならず、グローバル市場での競争にも備える姿勢を強めている。これが国際特許(PCT 出願、EPO 出願、米国出願など)を意図した出願を増やす原動力となる。

  • また、「一帯一路」や多国間自由貿易圏構想などを通じて海外展開を拡大し、技術・製品を各国で保護・収益化する必要性が高まっている。そのため、海外での特許取得を重視する動きが出ている。

5. 出願体制・制度改善と知財インフラの整備

  • 中国の知的財産制度、特許審査制度、特許庁運営の透明性・効率性も改善されてきた。特許審査基準の国際調和、早期審査制度、特許維持支援制度などが整備されている。

  • 国内特許庁 (CNIPA) の運営能力強化、オンライン申請制度、出願支援体制、代理人ネットワーク整備などが充実してきている。

意義と限界・課題

中国が国際特許出願数で上位に入ることには大きな意義がある一方で、いくつかの課題や懸念も存在します。

意義・ポジティブなインパクト

  1. 技術力・国際競争力の可視化
     国際特許出願数の上昇は、中国企業・研究者が自国市場にとどまらず国際舞台で技術を主張しようとする意志を示すもので、国際競争力のシグナルとなる。

  2. 技術輸出・国際収益化の基盤強化
     出願した特許を活用してライセンスや製品展開を行うことで国際収益を上げる余地が広がる。

  3. 研究開発投資拡大の正当化
     特許出願数の伸長は、政府・企業双方にとって R&D 投入の正当性を裏付ける指標となる。

  4. 技術拡散と国際協業
     海外出願を通じて特許ネットワークが広がると、現地パートナーとの協業、クロスライセンス、技術移転などの機会が増える。

限界・課題・リスク

  1. 出願数増=質向上とは限らない
     大量出願を達成しても、実際に有用な技術として実用化・商業化されなければ価値は限られる。特許の質(新規性・進歩性・産業上利用性)が問われる。

  2. 審査遅延・無効リスク
     出願数増大により審査負荷が高まり、不備・拒絶・無効といったリスクも増える。また、世界各国での権利維持コストも高くなる。

  3. 海外制度・訴訟リスク
     各国の特許制度・審査基準・訴訟制度は多様であり、海外出願・訴訟対応力が不可欠。また、標準特許(SEPs, Standard Essential Patents)分野ではロイヤリティ・訴訟リスクも生じうる。

  4. 内部技術力と創造性の強化の必要性
     特許出願を形式的に行うだけでなく、イノベーションそのものを持続可能にするためには研究基盤、基礎科学、人的資源の充実、自由な発想環境の確保が不可欠。

  5. 国際政治・知財摩擦
     中国の特許強化や優位性は、他国との摩擦を呼ぶ可能性もある。欧州委員会が中国の標準特許ロイヤリティ慣行に対する WTO 提訴を行った事例も報じられている。

今後の展望と戦略的示唆

中国が今後も国際特許分野で確固たる地位を維持・拡大していくためには、以下のような戦略的課題・方向性が重要になるでしょう。

  1. 特許の質重視と権利活用力の強化
     量から質への転換が求められる。特許査定率・ライセンシング比率・技術移転実績といったアウトプット指標への転換が鍵。

  2. 海外出願・権利維持戦略の高度化
     重点市場(米国、欧州、日本、東南アジアなど)を見据えた出願戦略、維持コスト・訴訟リスク管理、現地提携先との連携が重要。

  3. 基礎研究・先端研究の強化
     応用技術・製品技術だけでなく、基礎科学・基盤技術領域の研究奨励が将来的なイノベーションの源泉を支える。

  4. 国際ルール形成への参画
     特許制度、標準化 (standards)、知財国際協力においてルール形成への影響力を強め、制度設計段階で主導力を持つことが望ましい。

  5. 人的資源・クリエイティビティの育成
     優秀な研究者・発明者を育てる教育制度、オープンイノベーション、リスクを取る創業支援などを強化。

  6. グローバル知財ガバナンスと摩擦回避
     他国との知財摩擦・訴訟リスクに対応するため、透明性・ルール準拠性・交渉力を備える戦略的対応が不可欠。

結語

「中国が国際特許出願件数で世界トップ10、あるいは世界一に近づいた」という現実は、単なる統計上の快挙を超えて、国際技術競争におけるパラダイムシフトを示唆しています。中国は巨大な国内市場を足場とし、政府支援と企業イノベーション体制をバックに、技術を「国際的に保護・展開」する意志を強めています。

ただし、長期的に「技術大国・イノベーション強国」となるためには、特許出願数のさらなる拡大だけでなく、特許の質、技術商用化力、国際権利維持・訴訟対応能力、制度調整力、そして創造的思考を支える基盤研究力が不可欠です。中国がこれらを克服・深化させられるかどうかが、真の技術国家への道筋となるでしょう。


Latest Posts 新着記事

終わりなき創造の旅 厚木の発明家が挑む“次の技術革命”」

特許数でギネス更新 21世紀のエジソン、厚木に―発明の街が問いかける、日本の未来図 神奈川県厚木市―東京からわずか1時間足らずの距離にあるこの街が、世界の技術史に名を刻んだ。特許数の世界記録を更新した発明家、山﨑舜平(やまざき・しゅんぺい)氏が拠点を構えるのが、まさにこの地である。彼の名がギネス世界記録に再び載ったというニュースは、科学技術の世界だけでなく、日本人のものづくり精神を象徴する話題とし...

知財は企業の良心を映す鏡――4億ドル評決が語るイノベーションの倫理

2025年10月、米テキサス州東部地区連邦地裁で、韓国の大手電子機器メーカー・サムスン電子に対し、無線通信技術の特許侵害を理由に4億4,550万ドル(約690億円)の賠償を命じる陪審評決が下された。この判決は、単なる企業間の紛争を超え、ハイテク産業における知的財産権(IP)の重みを再認識させる事件として、世界中の知財関係者の注目を集めている。 ■ 「技術を使いたいが、支払いたくない」——内部文書が...

知財が揺るがす電機業界――TMEIC×富士電機、UPS特許訴訟の裏側

2025年夏、産業用電源装置分野を揺るがすニュースが伝わった。東芝三菱電機産業システム(TMEIC)が、富士電機の無停電電源装置(UPS)製品が自社の特許を侵害しているとして、韓国において訴訟および輸入禁止の措置を求めた件である。韓国貿易委員会(KTC)は8月下旬、TMEICの主張を一部認め、富士電機製の特定UPSモデルについて韓国への輸入を禁止する決定を下した。日本企業同士の知財紛争が、国外で具...

「JIG-SAW、AI画像技術で米国特許を獲得へ 知財を武器にグローバル競争へ挑む」

はじめに:発表概要と意義 JIG-SAW(日本発の IoT / ソフトウェア/AI ベンチャーと理解される企業)は、米国特許商標庁から「コンピュータビジョン技術」に関する Notice of Allowance(特許査定通知) を取得した旨を、自社ウェブサイトおよびニュースリリースで公表しています。 具体的には、JIG-SAW は「コンピュータビジョン技術、画像処理・画像生成支援技術」分野において...

「特許で世界を包囲する中国 イノベーション強国への加速」

はじめに:なぜ国際特許出願数が注目されるか イノベーション(技術革新)の国際競争力を測る指標として、研究開発投資、論文発表数、特許出願数などが長らく注目されてきました。特に国際特許(例えば、特許協力条約 PCT 出願、あるいは各国出願による外国での保護を意図した出願)は、一国の発明・技術が国際市場を見据えて保護を志向していることを示すため、技術力だけでなく国際志向性の強さも反映します。 近年、中国...

「AI×知財が生む国産イノベーション ナレフルチャットの議事録特許が拓く未来」

2025年秋、CLINKS株式会社が提供する法人向け生成AIチャット「ナレフルチャット」が、議事録生成技術に関する特許を取得した。 このニュースは単なる技術発表にとどまらず、「AIが人の仕事の記録と知識をどう扱うか」という大きな変化の象徴でもある。 いま、AIは“人の代わりに考える”段階から、“人の思考を支える”段階へと進化している。 その中で、「会議をどう記録し、どう活かすか」は、企業の知的生産...

「日用品にも知財戦争 クレシア×大王製紙、“3倍巻き”特許訴訟の行方」

はじめに:争点と構図 日本製紙クレシア(以下「クレシア」)は、トイレットペーパーについて、従来品に比して「長さ3倍(長巻き)」としつつ実用性を保つ技術を有する特許を取得しており、これを背景に、同種製品を販売する大王製紙(以下「大王製紙」)に対し、製造・販売の差止めおよび約3,300万円の損害賠償を求めて訴訟を提起しました。 第1審(東京地裁)では、クレシアの請求は棄却され、大王製紙の製品がクレシア...

「ナノレベルの精度を支える静電チャック ― ウエハー温度均一化の秘密」

ウエハー温度を均一に保つ静電チャック ― 半導体製造を支える見えない精密技術 半導体製造の現場では、目に見えない高度な工夫が、日々の歩留まりや性能向上に直結しています。その代表例の一つが、静電チャック(Electrostatic Chuck, ESC)です。静電チャックは、半導体ウエハーをチャック面で静電力により吸着保持し、ナノメートル単位の加工を可能にする装置です。表面からはただの「吸着板」のよ...

View more


Summary サマリー

View more

Ranking
Report
ランキングレポート

海外発 知財活用収益ランキング

冒頭の抜粋文章がここに2〜3行程度でここにはいります鶏卵産業用機械を製造する共和機械株式会社は、1959年に日本初の自動洗卵機を開発した会社です。国内外の顧客に向き合い、技術革新を重ね、現在では21か国でその技術が活用されていますり立ちと成功の秘訣を伺いました...

View more



タグ

Popular
Posts
人気記事


Glossary 用語集

一覧を見る