2025年9月、日本の医薬品市場において大きな話題を呼んでいるのが、SGLT2阻害薬「フォシーガ(一般名:ダパグリフロジン)」の後発医薬品(GE、ジェネリック)の登場である。糖尿病治療薬の中でも売上規模が大きく、近年では慢性腎臓病や心不全の領域にも適応拡大が進んだフォシーガは、アストラゼネカの主力製品のひとつである。その特許の“牙城”を突破し、ジェネリック医薬品の承認を獲得したのが沢井製薬とT’sファーマの連合である。
本稿では、両社がどのように特許を回避し承認を得たのか、そして市場での戦略が成功する可能性について、特許の状況、業界の動き、薬価制度の視点などを踏まえて検討する。
■フォシーガの市場的価値と特許の壁
フォシーガは2014年に日本で承認されて以来、2型糖尿病治療薬として急速にシェアを拡大した。SGLT2阻害薬は血糖降下作用だけでなく、体重減少や血圧低下といった副次的効果が期待される点で人気を集めている。さらに近年では、糖尿病患者以外にも心不全や慢性腎臓病の領域で有効性が示され、フォシーガは売上を大きく伸ばしてきた。
こうした成長性を背景に、アストラゼネカは複数の用途特許や製剤特許で権利を固め、市場独占を維持してきた。特に日本市場では、物質特許はすでに満了を迎えているものの、用途特許や製剤に関する特許が依然として残存し、後発医薬品メーカーの参入を阻んできた。
■沢井・T’sファーマ連合による特許回避の妙
今回承認を取得した沢井製薬とT’sファーマは、これらの残存特許を精緻に分析し、権利侵害を回避する製剤設計に踏み切ったとされる。
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用途特許への対応:糖尿病以外の効能・効果を避ける形での承認申請。特に慢性腎臓病や心不全の適応を外し、2型糖尿病治療薬としての効能に限定することにより、用途特許の侵害を回避。
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製剤特許への対応:賦形剤や製造プロセスを変更することで、既存特許の範囲に含まれない製剤設計を採用。これにより、バイオアベイラビリティや溶出性で同等性を確保しつつ、特許侵害を避けることに成功した。
この戦略により、両社は訴訟リスクを最小限に抑えながら承認を獲得することができた。日本における「特許回避型ジェネリック」の典型例として、業界でも注目されている。
■市場へのインパクト
フォシーガの年間売上は国内だけでも数百億円規模と推定される。その一部が後発医薬品に置き換われば、医療費削減効果は数十億円単位にのぼる可能性がある。
ただし、後発品の効能が「糖尿病」に限定されることで、心不全や腎臓病の患者層には訴求できない。このため、ブランド薬フォシーガが引き続き強固なシェアを維持する余地も大きい。
薬価の面でも、ジェネリック参入によって一定の価格引き下げは見込まれるが、全ての患者に代替できるわけではないため、アストラゼネカにとっても売上が一気に減少するわけではない。むしろ「糖尿病領域ではジェネリック、心不全・腎臓病では先発」という市場分断が進む可能性が高い。
■両社の戦略的狙い
今回の特許回避型ジェネリック開発には、単なる医療費削減以上の意味がある。
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沢井製薬のブランド強化
沢井は国内最大手のジェネリック企業として、特許分析力と開発力をアピールする格好の材料を得た。特に「難易度の高い特許回避を成功させた実績」は、今後の入札や医療機関からの信頼獲得につながる。 -
T’sファーマの技術力発信
中堅であるT’sファーマにとっても、今回の成果は自社の存在感を示す重要なステップ。大手との連携によりリスクを分散しつつ、製剤設計のノウハウを蓄積することができた。 -
訴訟リスクの管理
特許権者であるアストラゼネカが訴訟に踏み切る可能性は残るが、両社は「特許を侵害しない」との自信を持って承認に踏み切ったとみられる。過去の判例でも、適応症の限定は有効な回避策とされるケースが多い。
■課題と展望
もっとも、課題は少なくない。
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臨床現場での選択
医師にとっては、患者が糖尿病に加えて腎疾患や心不全を抱えるケースが多い。その場合、効能が限定される後発品は使いづらく、処方の現場ではブランド薬が優先される可能性がある。 -
薬価制度の影響
日本では後発医薬品の普及率向上が政策目標となっているが、効能が限定されるジェネリックに対し、どこまで薬価制度が後押しするかは不透明だ。シェア獲得のスピードは従来型ジェネリックより鈍いと予想される。 -
国際市場との関係
日本独自の特許状況を背景にした承認であるため、海外市場では同じ戦略が通用するとは限らない。グローバル展開というよりは、日本市場に特化した戦術的成功と位置づけられる。
■成功するか、それとも限定的か
沢井製薬とT’sファーマの取り組みは、ジェネリック業界における一つの「勝ちパターン」として注目される。ただし、その成果は売上ベースでみれば限定的になる可能性も否めない。
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成功の尺度を「市場シェア」ではなく「技術力の実証」と捉えるならば、今回の挑戦は大きな意味を持つ。
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一方で、医療現場での採用や患者への浸透という点では、用途特許の影響を受け続けるため、爆発的な普及は期待しにくい。
■まとめ
フォシーガGEの承認取得は、単なる後発品参入のニュースにとどまらない。特許を巧みに回避し、限られた効能で市場に切り込むという「知財戦略×薬価政策」の実験的事例となっている。
沢井製薬とT’sファーマにとって、この挑戦は今後の新規後発品開発や企業価値向上につながる布石となるだろう。果たして、この“限定ジェネリック戦略”が市場でどこまで成功するのか。業界関係者の注目は、引き続きこの動向に集まっている。