特許庁が全国各地で展開する地域連携型イベント「つながる特許庁」が大阪で開催された。本イベントは、知的財産(IP)を地域や企業の持続的な発展にどう活かすかを考える場として、特許庁が地方自治体や産業界と連携して進めているものだ。今回の大阪開催では、2025年大阪・関西万博を目前に控え、「万博と知的財産」を大きなテーマに掲げ、産業界や研究者、スタートアップ関係者らが多数参加した。
基調講演を務めたのは、ダイキン工業株式会社の特別顧問であり、長年にわたり同社の知財戦略をけん引してきた安部剛夫氏である。安部氏は、グローバルに事業を展開する企業の視点から、万博という国際的な舞台と知的財産の関係性について語った。
◆ 万博と知財の接点
安部氏は冒頭で、「万博は技術と文化の祭典であり、世界中から革新と創造が集まる場。そこに参加する企業や研究者にとって、知的財産は自らの成果を守る盾であると同時に、協働を可能にする架け橋でもある」と強調した。特に、大阪・関西万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」は、持続可能性、デジタル革新、健康・医療、カーボンニュートラルといった現代的課題を包含しており、それぞれの分野で知財活用が不可欠であると指摘した。
また、過去の万博では多くの革新的な技術が初披露され、後の社会実装につながってきた歴史がある。安部氏は「その技術が広く社会に受け入れられるためには、知的財産を適切に管理し、開放する部分と保護する部分を見極めることが重要」と述べた。特許や商標だけでなく、デザインやコンテンツの権利保護、さらにはデータ利用に関するルールづくりが、未来社会に直結する課題として浮かび上がっている。
◆ ダイキンの知財戦略とオープンイノベーション
講演の中盤では、安部氏がダイキン工業で実践してきた知財戦略が紹介された。ダイキンは空調分野で世界的に高いシェアを誇るが、その背景には「知財を武器にしない知財戦略」があると安部氏は語る。同社は他社の技術を排除するために特許を活用するのではなく、オープンイノベーションを促進するツールとして知財を位置づけてきた。
たとえば、業界全体での省エネ技術の普及を目指し、特許の一部を開放して標準化を進めた事例や、海外市場での競争を有利にするため、現地企業と知財ライセンスを通じて共存共栄を図った事例が紹介された。「知財は囲い込むものではなく、共創のルールを作るものだ」と安部氏は強調した。
◆ 万博で問われる知財の未来
大阪・関西万博は、世界中から2500万人以上の来場が予測され、国際的なビジネス交流の場にもなる。そのため、展示される技術やサービスに対する知財の取り扱いは、出展企業にとって死活的に重要となる。安部氏は「企業が自社の権利を守るだけではなく、他者の権利を尊重し、協調的にイノベーションを進める姿勢が求められる」と訴えた。
さらに、デジタル空間での展示やオンライン配信が増える中で、データや映像、コンテンツに関する権利処理も新たな課題となる。AIによる創作物や生成コンテンツをどう取り扱うかといったテーマも議論されており、万博を契機に国際的なルール形成に日本が積極的に関わる必要性が指摘された。
◆ 参加者との対話
基調講演後には、参加者との意見交換セッションが設けられた。スタートアップ経営者からは「大企業と連携する際、知財面でどのようなリスク管理をすればよいか」という質問が寄せられ、安部氏は「秘密保持契約(NDA)の徹底だけでなく、初期段階から知財の帰属や利用条件を明確にすることが重要」とアドバイスを送った。
また、研究機関の関係者からは「万博を通じて研究成果を国際的に発信する際、知財の取り扱いをどうすべきか」という質問が出た。これに対し安部氏は「論文発表や展示の前に特許出願を済ませることが基本だが、同時にオープンアクセスや国際的な共同研究の中で柔軟に権利を活用する意識も必要」と応じた。
◆ 地域と知財のつながり
今回の「つながる特許庁」大阪開催では、地元中小企業や自治体関係者も多く参加し、知財の地域活性化への活用についても議論が広がった。大阪は古くから商都として発展し、多様なモノづくり企業が集積している地域である。安部氏は「大阪の強みは多様性とネットワーク。知財を媒介にして産学官民がつながれば、万博後も地域発のイノベーションが持続的に生まれる」と期待を語った。
◆ まとめ
「つながる特許庁」大阪開催は、万博を契機に知的財産の役割を再確認する場となった。知財は単なる権利の保護にとどまらず、共創や協働を実現するルールづくりの基盤であることが示された。ダイキン工業の安部剛夫氏の講演は、国際舞台に立つ日本企業や研究者にとって、知財をどう戦略的に活用すべきかを考える大きな示唆を与えた。
2025年の大阪・関西万博は目前に迫っている。万博という世界的イベントを通じ、日本が知財立国としての実力を発揮し、未来社会のデザインに貢献できるかどうかが問われる。今回のイベントは、そのための重要な一歩となったといえるだろう。