フォルクスワーゲン(VW)は、2015年に世界を揺るがしたディーゼル排ガス不正問題(いわゆるディーゼルゲート)以降、経営の根幹を大きく電動化にシフトさせてきた。その過程で顕著なのが、電池関連の特許出願数の急増である。不正発覚前後を比較すると、同社の電池技術に関する知財出願はほぼ倍増しており、欧州自動車産業が「EVシフト」という大きな変革を迫られる中で、VWが製造技術の確立にいかに苦心しているかが浮かび上がる。
ディーゼル不正と信頼回復の道
2015年、米国環境保護庁(EPA)が指摘した不正ソフト搭載問題は、VWにとって未曽有の経営危機だった。環境性能を誇示してきた同社の看板技術「クリーンディーゼル」は一夜にして信用を失い、数兆円規模の制裁金・和解金を支払う結果となった。ディーゼルへの依存を続けることは難しくなり、VWは「ポスト・ディーゼル」を模索するなかで、EV戦略を全面に掲げる道を選んだ。
その象徴が2019年に発表された「NEW AUTO」構想であり、2030年代半ばまでに主要市場で内燃機関車販売を段階的に終了させ、電動車中心の体制に転換するというビジョンだった。しかし、その実現にはバッテリー製造における安定的な供給網と、量産技術の確立が不可欠である。
特許出願数の急増
ディーゼル不正以前、VWは電動化に関して後発と見られていた。トヨタやテスラ、中国勢に比べ、電池やモーター技術における研究開発の露出度は低く、「ドイツはディーゼルで環境規制を乗り切る」という楽観論さえ存在していた。しかし不正発覚後、状況は一変した。各国で規制強化が進み、消費者の目も厳しくなる中で、VWは電池技術を自らの成長戦略の中心に据えざるを得なくなった。
欧州特許庁や独国内の公開情報によると、VWの電池関連特許の出願件数は2015年以前と比べて約2倍に伸びている。特に注目されるのは、セル設計、製造プロセス、リサイクル技術といった領域での強化だ。単にセルを調達するのではなく、自社で製造技術を確立し、サプライチェーンの上流から掌握する必要があるとの判断が背景にある。
製造技術の壁
しかし、特許出願の数が示すのはあくまで「努力の軌跡」に過ぎない。実際の量産化には高い壁が存在する。VWはスウェーデンのノースボルト(Northvolt)に出資し、欧州内での電池生産拠点を整備する計画を打ち出してきた。また、ドイツ・ザルツギッター工場を中心に「標準化セル」の量産に取り組んでいる。だが、電池の製造技術は想像以上に複雑で、歩留まりの確保や品質安定に時間を要しているのが実情だ。
テスラが独自の「4680セル」生産で直面している苦労と同様に、VWもまた量産技術の確立に苦戦している。とりわけ欧州はアジア勢に比べ電池サプライチェーンの経験が浅く、原材料調達や加工ノウハウで遅れをとっている。特許の出願増加は「キャッチアップへの必死の取り組み」を映し出しているとも言える。
リサイクルとサステナビリティ
もう一つの焦点がリサイクル技術である。EVの普及が進めば、使用済み電池の回収と再利用が不可欠となる。VWは独ザルツギッターにリサイクル工場を建設し、コバルト・ニッケルなどの希少金属を再資源化する実証を開始している。ここでも数多くの特許が生まれており、リサイクル効率の改善や環境負荷低減に直結する技術として注目される。
特許の動向を分析すると、VWはリサイクル工程での「熱処理の最適化」や「電解液成分の分離」など、細部のプロセス改善に力を注いでいる。これは単にEVを作るだけでなく、「循環型EVエコシステム」を築く意志の表れである。
苦心の背景と今後の展望
VWが特許を倍増させるまでに追い込まれた背景には、ディーゼル不正で失った信頼を取り戻す必要性がある。EVの分野で技術力を示すことが、ブランドの再生と市場競争力確保に直結する。だが、競合も黙ってはいない。トヨタは全固体電池の量産化を視野に入れ、中国勢は圧倒的なコスト競争力で市場を席巻し、テスラはソフトウェアと統合した電池制御で先行している。
VWが掲げる「2030年までに欧州販売の過半をEVに」という目標は極めて挑戦的だ。特許の蓄積は一歩前進を示すが、それが即ち市場優位性につながるとは限らない。むしろ、技術の実用化スピード、サプライチェーンの強靭化、消費者への訴求力といった複合要素が試されていく。
結論
ディーゼル不正はVWに深い傷を残したが、その後の電池技術への集中投資は、同社を「新しい姿」へと変えつつある。特許出願数の倍増は苦心の証であり、同時に未来への布石でもある。EV時代の勝敗を決するのは、単なる製品ラインナップではなく、電池という「心臓部」をいかに掌握できるかにかかっている。VWの挑戦はまだ道半ばだが、その歩みは欧州自動車産業全体の命運とも重なり合う。