2025年7月21日、米国務省は、中国滞在中の米特許商標庁(United States Patent and Trademark Office=USPTO)職員が、中国当局により「出国禁止(Exit Ban)」の措置を受けていると発表した。この職員は米商務省傘下の機関に所属し、訪中の目的は私的なものであったとされるが、帰国を予定していたところ、空港で出国を阻止されたという。米中間の緊張が続く中での出来事は、外交関係や渡航安全の観点から大きな波紋を広げている。
出国禁止措置の経緯と中国側の対応
報道によると、このUSPTO職員は中国滞在中に特定の法的手続きや捜査に関わっていたわけではないが、中国側は「法に基づく処理」であると説明している。一部報道では、同職員がビザ申請時に「米政府職員であること」を明示しなかった可能性が指摘されており、それが入国審査上の問題として扱われたのではないかとの見方もある。しかし、中国政府は詳細を明らかにしておらず、具体的な理由は依然不透明だ。
中国の出国禁止制度は、刑事事件の捜査や民事訴訟、債務不履行などを理由に適用されることが多い。しかし、近年は政治的要素や外交的駆け引きの道具として使われる事例も指摘されており、外国企業幹部や研究者が当事者となるケースも増えている。
米国側の強い反発
米国務省は今回の措置に強い懸念を示し、「この事案を早急に解決するため、中国当局とあらゆる外交ルートを通じて協議している」と発表した。職員の安全と権利の保護が最優先事項であるとし、中国に対して透明性のある対応を求めている。
さらに、米商務省のラトニック長官は声明で「米国政府職員に対するこのような行為は言語道断であり、受け入れられない」と強く非難。トランプ政権としても解決に全力を挙げる意向を表明した。米議会内からも「中国による人質外交の一例」との批判が噴出しており、今回の件は単なる個別案件を超えた外交問題に発展しつつある。
ビジネス界や渡航者への警鐘
この事案はビジネス界にも衝撃を与えた。米大手金融機関ウェルズ・ファーゴは、過去に同様の出国禁止措置を受けた幹部が発生したことを踏まえ、社員の中国出張を一時的に制限すると発表。米商工会議所も会員企業に対し、中国渡航のリスク評価を改めるよう通知した。
出国禁止は、対象者が空港や港で初めて知らされることも多く、事前に察知するのは困難だ。しかも、その法的根拠や解除条件が明確に示されない場合があり、外国人にとっては非常に不透明で予測不可能な措置となっている。このため、外務省や国務省による「渡航警戒情報」が引き上げられる可能性も指摘されている。
出国禁止という“外交カード”
専門家の間では、中国の出国禁止制度が外交交渉や政治的圧力の道具として機能しているとの見方が強い。過去にも、外国企業やその幹部が経済摩擦や外交対立の渦中で突然出国を阻止された事例がある。こうした行為は、国際社会から「人質外交」と批判されており、米国や欧州諸国は中国に対し、透明性と法的正当性を担保するよう求めてきた。
今回のケースは、対象が米国政府職員である点で過去よりも一段と深刻だ。米中間の信頼関係はさらに損なわれ、貿易、知的財産、ハイテク分野の協力にも悪影響を及ぼす可能性が高い。
今後の展望と影響
米中両国は現在、知的財産権保護やハイテク輸出規制を巡って激しく対立している。USPTOは知財関連の国際交渉にも関与しており、今回の件が意図的な圧力であれば、今後の交渉に影響を与えるのは必至だ。
米国務省は、米国民に対して引き続き中国渡航時の警戒を呼びかけており、今後は企業や研究機関が中国出張を制限する動きが広がる可能性もある。一方で、中国側は「法執行の一環」との立場を崩しておらず、長期化の懸念も拭えない。
今回の出国禁止措置は、単なる個人案件ではなく、米中関係の複雑な力学を映し出す象徴的な事例と言える。両国がいかにして解決策を見出すかが、今後の国際関係や経済活動の行方を占う試金石となるだろう。