米特許制度改定案で韓国大手に“維持費10倍”の衝撃 三星・LG直撃の負担増


1. 米国特許制度見直しの動き

米国商務省は現在、特許庁(USPTO)の料金体系を抜本的に見直す改革案を検討している。今回の見直しは単なる料金改定ではなく、特許権の「価値」に基づく課金を導入するという点で、従来の枠組みを大きく変えるものとなる見通しだ。

この案では、特許の維持費を一律に徴収する従来型の方式から脱却し、特許権の市場価値や企業規模、あるいはその特許がもたらす収益規模に応じて変動させる方式が盛り込まれている。さらに、特許のクレーム数超過や再審査請求(RCE)の回数、情報開示文書(IDS)の提出量などに応じた追加料金の引き上げも検討されており、特許管理の全段階にわたってコスト増が予想される。

2. 韓国企業に直撃する「9.9倍」の衝撃

この見直し案が実現した場合、米国で多数の特許を保有している外国企業の負担は大幅に増す。その中でも特に影響が大きいと見られているのが三星電子(Samsung Electronics)やLGエレクトロニクスなどの韓国大手だ。

韓国紙『東亜日報』の英語版報道によれば、2024年時点で韓国企業が米国特許の維持に支払った総額は約2億7,000万ドル(約3,000億円)に達する。今回の制度改定が導入されれば、この負担額は最大で9.9倍に膨れ上がる可能性があると試算されている。つまり、年間2,700億円規模だったコストが、単純計算で2兆6,000億円規模に跳ね上がる計算だ。

この「9.9倍」という数字は、単なる値上げ幅を示すだけではない。米国での特許戦略そのものに大きな影響を与え、企業が保有する特許ポートフォリオの再評価を余儀なくされることを意味する。

3. なぜ韓国企業は影響を受けやすいのか

韓国の大手電子・IT企業は、長年にわたり米国市場を主要な収益源の一つと位置付けてきた。そのため、米国での特許取得・維持件数は極めて多い。例えば三星電子はスマートフォン、半導体、ディスプレイ技術など多岐にわたる分野で米国特許を取得しており、その件数は年間数千件規模にのぼる。

こうした大量保有は競争優位を守る上で有効だが、制度改定後には逆に莫大な維持コストの要因になり得る。特に米国市場での競争が激しいIT分野では、訴訟リスクを避けるために特許を幅広く確保しておく必要があるが、そのコスト構造が根本的に変わってしまう可能性が高い。

4. 米国の狙いと国際的な影響

米国がこのような制度改革を検討する背景には、二つの大きな目的があるとされる。

  1. 特許制度の公平性向上
    米国では、大企業による特許の大量保有が、中小企業や新規参入者にとって参入障壁となっているとの指摘がある。維持費の引き上げは、大企業の特許保有数を抑制し、特許の質を高める狙いがある。

  2. 財政的な理由
    USPTOは特許手数料収入で運営されているため、手数料の増額は運営資金確保にも直結する。特に外国企業からの収入増は、米国内政治的にも支持を得やすい。

しかし、この改革が実現すれば、米国の特許維持コストは国際的に見て突出した水準となり、世界の知財戦略に影響を与える可能性が高い。ウォール・ストリート・ジャーナルも「米国は国際的なアウトライヤー(例外的存在)になる」と指摘している。

5. 韓国企業の対応策

制度改定が実施されれば、韓国企業は次のような対応を迫られるだろう。

  • 特許の厳選維持
    全ての特許を維持するのではなく、利益貢献度や競争優位性の高いものに絞り込む。

  • 共同出願・ライセンス戦略
    他社との共同保有やクロスライセンスを通じて維持費を分担する。

  • 米国外での権利強化
    米国依存度を下げ、欧州やアジア市場での権利保護を強化する。

6. 長期的な視点での影響

短期的にはコスト負担増というネガティブな影響が強いが、長期的には次のような変化も考えられる。

  • 大量保有型から質重視型への転換

  • 米国での訴訟戦略の見直し

  • 国際特許協力(PCT)経由での取得戦略の強化

さらに、同様の制度改定は中国企業にも適用されるため、米中韓の知財戦略バランスにも変化が生じる可能性がある。

7. 今後の注目点

  • 改定案の最終決定時期と施行スケジュール

  • 韓国政府や業界団体によるロビー活動の有無

  • 他国(EU、日本など)が米国の動きに追随する可能性

こうした動きは、単に一国の特許料金体系の問題にとどまらず、国際的な知財競争のルールそのものを変える可能性を秘めている。三星やLGといった韓国大手企業にとっては、戦略の根幹に関わる重要な局面が訪れようとしている。


Latest Posts 新着記事

11月に出願公開されたAppleの新技術〜PCに健康状態センサーをつけるとどうなるのか〜

はじめに もし、あなたが毎日使っているノートパソコンが、仕事や勉強をしながらそっとあなたの健康状態をチェックしてくれるとしたら、どう思いますか? これまで、私たちが使ってきたノートパソコンのような電子機器には、ユーザーの体調をモニターするような高度なセンサーはほとんど搭載されていませんでした。Appleから11月に出願公開された発明は、その常識を覆す画期的なアイデアです。キーボードの横にある、普段...

AI×半導体の知財戦略を加速 アリババが築く世界規模の特許ポートフォリオ

かつてアリババといえば、EC・物流・決済システムを中心とした巨大インターネット企業というイメージが強かった。しかし近年のアリババは、AI・クラウド・半導体・ロボティクスまで領域を拡大し、技術企業としての輪郭を大きく変えつつある。その象徴が、世界最高峰AI学会での論文数と、半導体を含むハードウェア領域の特許出願である。アリババ・ダモアカデミー(Alibaba DAMO Academy)が毎年100本...

翻訳プロセス自体を発明に──Play「XMAT®」の特許が意味する産業インパクト

近年、生成AIの普及によって翻訳の世界は劇的な変化を迎えている。とりわけ、専門文書や産業領域では、単なる機械翻訳ではなく「人間の判断」と「AIの高速処理」を組み合わせた“ハイブリッド翻訳”が注目を集めている。そうした潮流の中で、Play株式会社が開発したAI翻訳ソリューション 「XMAT®(トランスマット)」 が、日本国内で翻訳支援技術として特許を取得した。この特許は、AIを活用して翻訳作業を効率...

特許技術が支える次世代EdTech──未来教育が開発した「AIVICE」の真価

学習の個別最適化は、教育界で長年議論され続けてきたテーマである。生徒一人ひとりに違う教材を提示し、理解度に合わせて学習ルートを変化させ、弱点に寄り添いながら伸ばしていく理想の学習プロセス。しかし、従来の教育現場では、教師の業務負担や教材制作の限界から、それを十分に実現することは難しかった。 この課題に真正面から挑んだのが 未来教育株式会社 だ。同社は独自の AI学習最適化技術 で特許を取得し、その...

抗体医薬×特許の価値を示した免疫生物研究所の株価急伸

東京証券取引所グロース市場に上場する 免疫生物研究所(Immuno-Biological Laboratories:IBL) の株価が連日でストップ高となり、市場の大きな注目を集めている。背景にあるのは、同社が保有する 抗HIV抗体に関する特許 をはじめとしたバイオ医薬分野の独自技術が、国内外で新たな価値を持ち始めているためだ。 バイオ・創薬企業にとって、研究成果そのものだけでなく 知財ポートフォ...

農業自動化のラストピース──トクイテンの青果物収穫技術が特許認定

農業分野では近年、深刻な人手不足と高齢化により「収穫作業の自動化」が急務となっている。特に、いちご・トマト・ブルーベリー・柑橘など、表皮が繊細な青果物は人の手で丁寧に扱う必要があり、ロボットによる自動収穫は難易度が極めて高かった。そうした課題に挑む中で、株式会社トクイテンが開発した “青果物を傷付けにくい収穫装置” が特許を取得し、農業DX領域で大きな注目を集めている。 今回の特許は単なる「収穫機...

<社説>地域ブランドの危機と希望――GI制度を攻めの武器に

国が地理的表示(GI:Geographical Indication)保護制度をスタートしてから10年が経つ。ワインやチーズなど農産物を地域の名前とともに保護する仕組みは、欧米では産地価値を国境を越えて守る知財戦略としてすでに大きな成果を上げてきた。一方、日本でのGI制度は、導入から10年が経った今ようやくその重要性が幅広く認識される段階に差し掛かったと言える。 農林水産省によれば、2024年時点...

保育データの構造化とAI分析を特許化 ルクミー「すくすくレポート」技術の本質

保育業界におけるDXが本格的に進む中、ユニファ株式会社が展開する「ルクミー」は、写真・動画販売や登降園管理、午睡チェックシステムなどを通じて保育の可視化と効率化を支えてきた。その同社が開発した 保育AI™「すくすくレポート」 が特許を取得したことは、保育現場のデジタル化における大きな節目となった。 「すくすくレポート」は、子どもの日々の成長・発達をAIが分析し、保育士の観察記録を補助...

View more


Summary サマリー

View more

Ranking
Report
ランキングレポート

海外発 知財活用収益ランキング

冒頭の抜粋文章がここに2〜3行程度でここにはいります鶏卵産業用機械を製造する共和機械株式会社は、1959年に日本初の自動洗卵機を開発した会社です。国内外の顧客に向き合い、技術革新を重ね、現在では21か国でその技術が活用されていますり立ちと成功の秘訣を伺いました...

View more



タグ

Popular
Posts
人気記事


Glossary 用語集

一覧を見る