トヨタ自動車グループの知的財産関連企業が、人工知能(AI)を活用した特許補正支援システムを開発し、実務での運用を開始した。社内では「AIサムライ」と呼ばれるこのシステムは、特許庁から送付される拒絶理由通知や意見書に基づき、わずか数分で補正案の草稿を自動生成できるという。特許補正作業はこれまで人手に大きく依存してきたが、AIの力でスピードと精度を大幅に向上させることで、知財戦略の次世代化を目指す動きが加速している。
特許補正業務の現状と課題
特許出願は、発明を権利化し企業競争力を高めるうえで重要な業務だ。しかし、出願した内容がそのまま認められるケースは少なく、日本の特許庁をはじめ各国の特許庁からは多くの場合、拒絶理由通知や意見書が届く。これに対し、出願人側は一定期間内に補正書や意見書を作成・提出し、審査官の指摘に応え、特許性を確保しなければならない。
補正書や意見書の作成には高度な専門知識が求められる。審査基準や過去の審決・判例を調査し、どの部分をどのように補正すれば権利が認められる可能性が高いのか、戦略的な判断が不可欠だ。特に近年では、技術が複雑化・高度化し、審査も厳格になる中で、作業負担は増す一方だった。
また、大企業では毎年数百件以上の拒絶理由通知に対応する必要があり、熟練弁理士や知財担当者に大きな負荷がかかっていた。若手担当者が短期間で高水準の補正案を作成するのは容易ではなく、属人性の排除やナレッジの継承も課題となっていた。
AIサムライの仕組みと特長
こうした課題を解決するために開発されたのがAIサムライだ。AIサムライは、大規模言語モデル(LLM)と特許専門の自然言語処理エンジンを組み合わせ、過去数十年分の特許公報、拒絶理由通知、補正書、意見書、審決、判例のデータを学習している。特許庁の審査基準や審査官の審査傾向も参照し、通知内容に基づいた最適な補正方針を提案できる。
主な特長は以下の通りだ。
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迅速性:通知書の全文を入力すると数秒で解析し、わずか数分で補正案草稿を作成。従来数日~1週間かかっていた作業時間を大幅に短縮。
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高精度:過去の類似事例や審決データ、審査基準を参照し、単なる形式補正にとどまらず、実質的な特許性確保に資する補正方針を提示。
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多国・多言語対応:日本特許庁だけでなく、米国、欧州、中国など主要国の特許庁向け補正文書作成にも対応。グローバル出願業務を支援。
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柔軟なカスタマイズ:出願企業や技術分野ごとに補正方針を事前に設定可能。たとえば重要な請求項を重点的に補正する草稿を自動生成する。
また、AIサムライは拒絶理由ごとに複数の補正案オプションを提示でき、企業の知財戦略や審査方針に応じた選択が可能となっている。
人とAIの協働で知財業務を変革
AIサムライが生成するのはあくまで草稿だ。最終的な補正書・意見書は人間の目で確認され、必要に応じて微調整や追記が行われる。このプロセスにより、AIのスピードと人の判断力・戦略性が融合し、従来を上回る品質の文書作成が可能になる。
トヨタ系知的財産部門の担当者は、「AIサムライの導入で、補正案作成における属人性を排除でき、若手担当者でも一定水準以上の補正案を短時間で作れるようになった。ベテラン担当者は戦略立案や国際対応など、より付加価値の高い業務に集中できる」と語る。
実際、導入後は補正作業の工数削減に加え、補正の質にばらつきがなくなり、特許庁審査官との応答もスムーズになったという。
知財業界全体への波及と今後の展望
トヨタ系のAIサムライは、将来的にグループ外の企業や特許事務所への提供も検討されている。特許業務のデジタルトランスフォーメーション(DX)が急速に進む中、こうしたAI補正支援システムは、先行技術調査AIや意匠・商標分野のAIツールと並ぶ次世代インフラとして注目されている。
特許庁側も審査補助用AIを導入しつつあり、出願人側のAI活用と合わせ、審査業務・補正業務双方の高度化・効率化が進む可能性が高い。今後は審査官ごとの審査傾向データを分析し、より精緻な補正方針をAIが提案したり、異議申立・無効審判向けの意見書作成をAIが支援するなど、機能の高度化も視野に入っている。
さらに、特許のみならず、意匠や商標、著作権分野においても同様のAIシステムの開発が進んでおり、知財実務の姿は大きく変わろうとしている。AIと人の協働による知財戦略の強化が、企業競争力を左右する時代が目前に迫っていると言えよう。