ステランティス、ブラジルで特許出願急増 3倍増で革新の最前線へ


2024年、ステランティスはブラジルにおいて目覚ましい成果を収めた。特許出願数が前年比で3倍に達し、国内企業としては第3位という快挙を成し遂げたのである。これは単なる数字の増加ではなく、同社が南米、特にブラジルを次世代モビリティの技術革新の中核と位置づけ、グローバルな戦略拠点として本格的に機能させ始めていることを示す重要な指標だ。

ブラジルでの研究開発強化

ステランティスが急速に特許出願数を増やした背景には、ブラジル国内での研究開発体制の強化がある。同社はここ数年、フィアットやジープをはじめとする複数ブランドを通じてブラジル市場での存在感を拡大してきたが、単なる販売拡大ではなく、地場に根差した技術開発力の底上げに本腰を入れてきた。その成果が、今回の特許出願数の躍進に現れている。

ステランティスは自動車業界において“マルチ・エネルギー・アプローチ”を掲げ、各市場の特性に合わせた技術導入を進めている。ブラジルは再生可能燃料であるエタノールの普及率が高く、フレックス燃料車(エタノールとガソリンの両方で走行可能)の市場が成熟している。この地域特性を活かした技術開発が、今や世界に先駆ける形で結実しつつある。

300億レアルの大規模投資とバイオハイブリッド戦略

ステランティスは、2025年から2030年までにブラジルに対して300億レアル(約9,000億円)もの巨額投資を行う計画を発表している。この投資は、単なる工場建設や車両生産に留まらず、研究開発、技術革新、脱炭素化、そしてバイオハイブリッド技術の推進に向けられている。

バイオハイブリッドとは、従来のエンジンに加えて電動技術と再生可能なバイオ燃料(主にエタノール)を組み合わせる新しいパワートレイン技術だ。この仕組みは、フル電動化がインフラの問題などで難しい新興国市場において、現実的かつ環境に配慮したアプローチとして注目されている。

ステランティスはこの技術を3つの段階(マイルドハイブリッド、ハイブリッド、プラグインハイブリッド)で導入する計画であり、すでにブラジル・ミナスジェライス州のベチン工場で量産体制が整いつつある。

政府支援とビジネス環境

ステランティスの戦略的な拡大を後押ししているのが、ブラジル政府の新たな産業政策「MOVER」である。これは「持続可能なモビリティのための包括的自動車政策」として、自動車業界の環境性能向上とイノベーション促進を目的としている。MOVERは研究開発費の税制優遇措置や電動化技術への補助金制度などを通じて、企業の投資活動を積極的に後押ししている。

こうした政府の支援により、ステランティスは安心して中長期的な投資判断を下すことができ、ブラジルを世界規模での開発拠点として確立する基盤が整ってきている。ステランティスの最高経営責任者(CEO)カルロス・タバレス氏も、「ブラジルの制度的安定と政府の協力姿勢が、投資決定の大きな要因である」と述べている。

南米市場でのリーダーシップ

ステランティスは現在、ブラジルをはじめとする南米市場で圧倒的なシェアを誇っている。2023年には南米全体で約88万台の車両を販売し、ブラジル単独でも30%以上のマーケットシェアを維持している。ジープ、フィアット、プジョーなど多様なブランドを活用したマルチブランド戦略が功を奏しており、消費者のニーズに応じた商品展開が評価されている。

また、輸出面でも成果を上げており、2024年にはブラジルから過去最高となる11万6,000台以上の車両を国外に輸出している。これは、同国の生産拠点が品質・コスト・納期のすべての面で国際的な競争力を持っている証であり、ステランティスにとってブラジルが「供給拠点」としても極めて重要であることを示している。

ブラジル発、グローバルへの波及

注目すべきは、ステランティスがブラジルで生み出した技術やノウハウを、今後グローバル市場に展開していく可能性が極めて高いという点だ。バイオハイブリッド車の開発やエタノール対応技術は、環境負荷の低い移動手段を模索する他国市場にとっても大きなヒントとなる。特に、アジアやアフリカなどの新興市場においては、フルEV(電気自動車)の普及にはまだ課題が多く、こうした技術の移転が今後の鍵を握る。

また、ステランティスの知的財産活動の活発化は、ブラジルの技術者育成やスタートアップとの連携にもポジティブな影響を与えている。特許出願の増加は、単に自社の技術を守るという側面だけでなく、地元の技術エコシステムとの共創の可能性を広げ、長期的な産業発展につながる。

結論:ブラジルから始まる次世代モビリティの革新

ステランティスは、単なる生産・販売の場としてではなく、ブラジルを「革新の拠点」として再定義している。その象徴的成果が、今回の特許出願数の飛躍的増加に現れている。持続可能なモビリティの実現に向けて、ブラジルという新興市場が世界に先駆けた技術開発の舞台となる日も近い。

ステランティスの取り組みは、単なる企業活動の枠を超えて、南米全体の産業構造や社会インフラにまで波及するインパクトを持っている。今後のブラジル発イノベーションが、地球規模の課題解決につながる新たな潮流を生み出すことに、大きな期待が寄せられている。


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