はじめに:増え続ける「数」の先にあるもの
日本は長年にわたり、技術立国として数多くの特許を生み出してきた。特に1980年代から1990年代にかけては「知財大国」として世界を牽引していたが、21世紀に入り、特許出願件数が急増する一方で、その“質”への懸念が深まっている。いま、企業は単なる特許の“数”ではなく、社会的価値や経済的インパクトを持つ“質”を問われる時代に突入しているのだ。
この流れの中で、老舗企業―すなわち長年の歴史と技術的蓄積を誇る企業群――はどのようにして生き残り、新たな価値を創出していくのか。本稿では、特許を巡る現状と課題を俯瞰しつつ、老舗企業の可能性と再起の道を探っていく。
特許出願の「量的膨張」と「質的停滞」
かつては、出願件数の多さが技術力や企業の競争力を測る尺度とされていた。だが近年、AIやIoTといった技術領域の拡大とともに、出願件数は飛躍的に増加。特許庁の統計によれば、2020年代に入っても国内出願数は年間30万件前後で推移している。
しかし、その内実を見ると、イノベーション性や独自性に欠ける「防衛的出願」や「細分化された改良特許」が多く含まれており、真に革新的と呼べる特許は限られている。こうした質の低い特許の氾濫は、むしろ産業全体の競争環境を歪め、知的財産の価値を希薄化させかねない。
さらに、特許がビジネスと結びついていないケースも多い。発明はされても、製品化されず、社会実装にも至らない「死蔵特許」が膨大なコストを伴って眠っているのが実情だ。
老舗企業が抱える知財の「過去資産」問題
老舗企業は往々にして、過去の成功体験や業界内の地位に甘んじ、既存技術の延長線上で特許活動を行いがちである。たとえば、ある家電メーカーが30年前に開発した画期的なモーター技術を長年改良し続ける一方で、市場ニーズや時代の技術潮流と乖離したまま特許を出願し続けるといったケースがある。
問題は、そうした「過去資産」が新しい価値を生まず、むしろ組織の硬直化を助長している点にある。過去の技術が陳腐化し、市場から求められなくなるリスクがあるにも関わらず、知財戦略がアップデートされないまま時が流れてしまうのだ。
求められるのは「価値創造型知財」への転換
では、老舗企業はこの局面をどう乗り越えるべきか。その鍵は、「価値創造型知財」への転換にある。
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ユーザー起点の発明発掘
従来の「技術者発信型」ではなく、顧客の潜在ニーズや社会課題を起点とした発明を重視すること。たとえば、福祉機器メーカーが高齢者の声を取り入れて製品改良を行い、関連する特許を取得するようなプロセスが求められる。 -
知財のビジネスモデル化
特許を単なる防御ツールではなく、ライセンス供与、共同開発、M&Aなどを通じて収益に転換する「攻めの知財」戦略を構築する。実際、欧州の老舗機械メーカーなどは、自社の特許技術を新興企業にライセンス提供し、スタートアップの育成とともに新市場を開拓している。 -
眠れる特許の“掘り起こし”とリブート
既存の「死蔵特許」を見直し、新たな技術と組み合わせることで再利用・再価値化する動きも注目される。AIを活用した特許マップ分析により、過去の特許群を再評価し、新たな用途を導き出すプロジェクトも増えている。
実例:中堅老舗企業の変革ストーリー
たとえば、ある老舗の工作機械メーカーは、長年にわたり保持してきた切削技術の特許を、EV車両向けのモーター部品製造に応用可能であることに気づいた。外部コンサルと連携して知財ポートフォリオを再設計し、部品メーカーとの共同開発によって新たな販路を獲得。結果として、知財を中心とした事業構造の再編に成功した。
このような動きは、過去の資産に新たな文脈を与えることで「第二の創業」とも言える価値を創出している。
おわりに:老舗の“遺伝子”を未来に活かす
特許の質的低下は、見方を変えれば「真の価値ある知財」が埋もれてしまっていることの裏返しでもある。老舗企業は、長年の技術蓄積という「知の遺伝子」を持つ存在だ。だからこそ、その遺伝子を今一度掘り起こし、時代の課題に即したかたちで再構築していくことが、生き残りの道であり、成長の糧にもなり得る。
技術の本質は「社会を変える力」にある。そして、特許とはその証明書に過ぎない。老舗企業がその真価を発揮するのは、これからだ。