3Dプリンティング覇権争い──航空・半導体・医療で進む“実用化の壁”突破


航空機エンジンの心臓をプリントするGEの覚悟

3Dプリンティング(積層造形)の用途が玩具や試作品づくりといった小規模領域に留まっていたのは過去の話だ。いま、この技術が次なる産業革命の主役として存在感を放っている。とくに目立つのが、航空、半導体、医療という「高付加価値」「高信頼性」「高精度」が求められる産業における導入の加速だ。なかでもゼネラル・エレクトリック(GE)は、航空エンジン分野における3Dプリンティング活用のパイオニア的存在である。

GEは2016年に3Dプリンタ製造企業のArcam ABとConcept Laserを買収。さらにその技術を活用し、航空エンジン「LEAP」の燃料ノズルを一体造形で製造することに成功した。従来、約20部品から構成されていた燃料ノズルは、積層造形によって1部品化。結果として重量25%減、5倍の耐久性を実現し、1基あたり数十万円のコスト削減にもつながった。

このような「機能集約と軽量化」「調達コストの削減」「在庫の最小化」という利点は、航空機のような厳格な安全基準が求められる領域において、画期的といえる。

半導体装置は“試作速度”が競争力に直結する

半導体製造装置の分野でも、3Dプリンティングは静かに革命を起こしている。ASMLや東京エレクトロンなどの企業は、開発・試作フェーズにおいて3Dプリンティングを利用することで、金属パーツや配管構造の迅速なモデリングと修正を実現している。

中でも注目すべきは、米国のラムリサーチ(Lam Research)社の動きだ。同社はシリコンを使った独自の3Dプリンティングプロセス「SELFA(Selective Etching Lam Flow Additive)」を開発。これにより、従来のエッチング加工では不可能だった形状をもった構造体を、より短納期かつ高純度な状態で実現できるようになった。

こうした技術は、EUV(極端紫外線)リソグラフィー対応の次世代装置や、量子デバイス向けのナノスケール構造体に応用されることが見込まれており、もはや3Dプリンティングは「デモ」や「試作」の枠を超え、製造プロセスの根幹に食い込みつつある。

医療:カスタマイズの極致である“個別化治療”との親和性

医療分野における3Dプリンティングの可能性も見逃せない。人工関節、骨再建インプラント、歯科補綴などは、その代表格だ。たとえばスイスの医療機器メーカー・Straumannや、アメリカのZimmer Biometは、金属3Dプリンタを活用したチタン製インプラントで国際市場を席巻している。

さらに、米国スタートアップCarbon社の光造形技術「CLIP(Continuous Liquid Interface Production)」を活用することで、人工気管支などの軟部組織系デバイスの製造も現実味を帯びてきた。CLIPは光を連続的に照射しながら液体樹脂を硬化させていくため、通常の光造形に比べて圧倒的に高速で滑らかな造形が可能だ。

また、日本国内でも、国立がん研究センターががん摘出手術のための「3Dモデル臓器」を活用し、医師が術前にシミュレーションを行うといった取り組みが進んでいる。これにより手術時間の短縮や患者への負担軽減が可能となる。3Dプリントによる臓器モデルは、教育用途としても高い需要がある。

「量産化障壁」を越えるのは誰か

3Dプリンティングが抱える課題として、「量産コスト」と「スループット(処理速度)」がある。従来の射出成形などに比べると、積層造形は造形速度が遅く、量産には不向きとされてきた。しかし、ここでもGEを筆頭に産業界の巨人たちは着実に打開策を講じている。

たとえば、HPの「Multi Jet Fusion」や、ドイツEOSの新型プリンタなどは、複数パーツを同時造形できる大容量モデルの導入でスループット向上を目指している。また、GE Additiveは「Binder Jetting」方式を応用し、金属3Dプリンティングの量産ライン化を推進。従来の鋳造技術に匹敵する造形速度を目指している。

こうした動きは、単なる造形技術の進化だけでなく、サプライチェーンそのものを再設計する契機になっている。必要な部品を、必要な時に、必要な場所で製造する──この「分散型製造モデル」は、パンデミック下でのサプライ断絶を経験した各業界にとって、魅力的な構想に映る。

日本企業にとっての“次の一手”

3Dプリンティングの領域において、日本企業は必ずしも先頭を走っているわけではない。金属粉末においては大同特殊鋼や大阪チタニウムなどの素材メーカーが一定のプレゼンスを持つものの、3Dプリンタ本体や応用分野では欧米企業が主導権を握っている。

しかし、逆に言えばチャンスもある。とくに「ソフトとハードの融合」が今後の鍵を握る中で、日本の工作機械メーカーやCAD/CAMソフト企業が連携し、独自の生産エコシステムを築く可能性は十分にある。

実際、DMG森精機は金属3Dプリンティングと切削加工を組み合わせたハイブリッド工作機械を開発し、高精度かつ一体型の部品製造を可能にしている。また、NTTデータや富士フイルムがソフトウェア領域に参入し、クラウド経由の3Dプリント受託製造や材料開発を進めていることも特筆に値する。

おわりに──「未来の製造業」はすでに動き出している

3Dプリンティングはもはや“次世代技術”ではない。航空機の重要部品を構成し、半導体製造のプロセスを最適化し、個別化医療を現実のものとする―その実用化のインパクトは日々拡大している。そうした現場では、GEをはじめとした多国籍企業が一歩先を行く。

だが、日本のものづくりには依然として「緻密さ」「現場力」「改善能力」という強みがある。3Dプリンティングという武器をどう活用するか。それが、次の産業競争の分水嶺になる。


Latest Posts 新着記事

10月に出願公開されたAppleの新技術〜Vision Proの「ペルソナ」を支える虹彩検出技術〜

はじめに 今回は、Apple Inc.によって出願され、2025年10月2日に公開された特許公開公報 US 2025/0308145 A1に記載されている、「リアルタイム虹彩検出と拡張」(REAL TIME IRIS DETECTION AND AUGMENTATION)の技術内容、そしてこの技術が搭載されている「Apple Vision Pro」のペルソナ(Persona)機能について詳説してい...

工場を持たずにOEMができる──化粧品DXの答え『OEMDX』誕生

2025年10月31日、化粧品OEM/ODM事業を展開する株式会社プルソワン(大阪府大阪市)は、新サービス「OEMDX(オーイーエムディーエックス)」を正式にリリースした。今回発表されたこのサービスは、化粧品OEM事業を“受託型”から“構築型”へと転換させるためのプラットフォームであり、現在「特許出願中(出願番号:特願2025-095796)」であることも明記されている。 これまでの化粧品OEM業...

特許で動くAI──Anthropicが仕掛けた“知財戦争の号砲”

AI開発ベンチャーのAnthropic(アンソロピック)が、200ページ以上(報道では234〜245ページ)にわたる特許出願(または登録)が明らかになった。その出願・登録文書には、少なくとも「8つ以上の発明(distinct inventions)」が含まれていると言われており、単一の用途やアルゴリズムにとどまらない広範な知財戦略が透けて見える。 本コラムでは、この特許出願の概要と意図、そしてAI...

SoC時代の知財戦争──ホンダと吉利が仕掛ける“車載半導体覇権競争”

自動車産業が「電動化」「自動運転」「ソフトウェア定義車(SDV)」へと急速にシフトするなか、車載半導体・システム・チップ(SoC:System­on­Chip)を巡る知財・開発競争が激化している。特に、ホンダが「車載半導体関連特許を8割増加」させているとの情報が注目されており、同時に中国自動車メーカーが特許活動を爆発的に拡大しているとされる。なかでもジーリー(Geely)が“18倍”という成長率を...

試験から設計へ──鳥大が築くコンクリート凍害評価の新パラダイム

はじめに:なぜ“凍害”がコンクリート耐久性の大きな壁なのか コンクリート構造物が寒冷地・凍結融解環境(凍害)にさらされると、ひび割れ・剥離・かさ上がり・耐荷力低下といった劣化が進行しやすい。例えば水が凍って膨張し、内部ひびを広げる作用や、塩分や融雪剤の影響などが知られている。一方、これらの劣化挙動を実験室で迅速に・かつ実サービスに近づけて評価する試験方法の開発は、長寿命化・メンテナンス軽減の観点か...

Perplexityが切り拓く“発明の民主化”──AI駆動の特許検索ツールが変える知財リサーチの常識

2025年10月、AI検索エンジンの革新者として注目を集めるPerplexity(パープレキシティ)が、全ユーザー向けにAI駆動の特許検索ツールを正式リリースした。 「検索の民主化」を掲げて登場した同社が、ついに特許情報という高度専門領域へ本格参入したことになる。 ChatGPTやGoogleなどが自然言語検索を軸に知識アクセスを競う中で、Perplexityは“事実ベースの知識検索”を強みに急成...

特許が“耳”を動かす──『葬送のフリーレン リカちゃん』が切り開く知財とキャラクター融合の新時代

2025年秋、バンダイとタカラトミーの共同プロジェクトとして、「リカちゃん」シリーズに新たな歴史が刻まれた。 その名も『葬送のフリーレン リカちゃん』。アニメ『葬送のフリーレン』の主人公であるフリーレンの特徴を、ドールとして高精度に再現した特別モデルだ。特徴的な長い耳は、なんと特許出願中の専用パーツ構造によって実現されたという。 「かわいいだけの人形」から、「設計思想と知財の結晶」へ──。今回は、...

“低身長を演出する靴”という逆転発想──特許技術で実現した次世代『トリックシューズ』の衝撃

ファッションと遊び心を兼ね備えた新発想のシューズ「トリックシューズ」が市場に登場した。通常、多くの「シークレットシューズ」や「厚底スニーカー」は身長を高く見せるために設計されるが、本モデルは逆に身長を「低く見せる」ための構造を意図しており、そのためにいくつもの特許技術が組み込まれているという。今回は、このトリックシューズの設計思想・技術構成・使いどころ・注意点などを掘り下げてみたい。 ■ コンセプ...

View more


Summary サマリー

View more

Ranking
Report
ランキングレポート

海外発 知財活用収益ランキング

冒頭の抜粋文章がここに2〜3行程度でここにはいります鶏卵産業用機械を製造する共和機械株式会社は、1959年に日本初の自動洗卵機を開発した会社です。国内外の顧客に向き合い、技術革新を重ね、現在では21か国でその技術が活用されていますり立ちと成功の秘訣を伺いました...

View more



タグ

Popular
Posts
人気記事


Glossary 用語集

一覧を見る