2025年春、OLED業界の技術革新を象徴する大きなニュースが飛び込んできた。LGディスプレイが、長年「ドリームOLED」と呼ばれてきた“青色りん光OLED”の製品化検証に成功し、量産準備の最終段階に入ったと発表したのである。これはOLED(有機発光ダイオード)ディスプレイの根幹技術を一変させるポテンシャルを秘めており、テレビ、モバイル機器、メタバース端末、そして次世代のマイクロディスプレイ市場に至るまで、波及効果は計り知れない。
■「青」がネックだったOLEDの進化
有機ELディスプレイは、発光色の三原色(赤・緑・青)を組み合わせて色を表現するが、この中で青色だけが長年技術的な“ボトルネック”だった。現在主流の青色発光材料は「蛍光材料」であり、理論的な発光効率が約25%にとどまっている。これに対し、赤や緑には既に「りん光材料」が実用化されており、発光効率が最大100%に近づいている。
このギャップを埋める「青色りん光材料」の実用化こそが、長らく“夢の技術”=ドリームOLEDとされてきた所以である。発光効率だけでなく、寿命、輝度、エネルギー効率といった点でも、青色りん光が導入されれば劇的な性能向上が見込まれる。
■LGディスプレイの戦略──なぜ今なのか
LGディスプレイは、2013年から10年以上にわたり青色りん光材料の研究を続けてきた。今回の成果は、米Universal Display Corporation(UDC)との提携の成果とも言える。UDCはりん光OLED材料で世界をリードする企業であり、彼らが開発した第1世代の青色りん光材料を使って、LGは最初の量産ラインでの適用テストに成功した。
LGの最大の強みは、WOLED(ホワイトOLED)構造の採用にある。これは白色光をベースにカラーフィルターで色を表現する仕組みで、青色の寿命や効率が低くても色の再現性や均一性を確保できる。この構造に青色りん光が加われば、消費電力の大幅な削減と輝度の飛躍的向上を両立できる。すでに特許ポートフォリオの強化も進めており、実用化への布石は着々と打たれている。
■サムスンやBOEとの競争地図に変化
OLED市場の最大手サムスンディスプレイも、量子ドット(QD)を組み合わせたQD-OLEDで青色の表現力強化を進めているが、依然として青色蛍光材料が使われており、消費電力や寿命の点で課題が残る。一方、中国のBOEは大型OLEDの量産で後塵を拝しており、青色りん光技術で追いつくには時間がかかるとみられる。
つまり、LGディスプレイが“ドリームOLED”を真っ先に実現すれば、量産OLED市場における主導権を維持・拡大できるチャンスが広がるのだ。特にメタバースやMR(複合現実)機器向けの高輝度・高効率ディスプレイとしての応用が期待され、AppleやMetaなど、次世代機器のサプライヤーとしての選定競争でも優位に立てる可能性がある。
■特許・知財戦略のカギ
筆者が注目するのは、技術革新だけでなく、知財ミックスによる“出口戦略”だ。LGディスプレイは、りん光材料に関する多数の特許出願に加え、寿命改善、熱安定性、画質維持などに関するノウハウを多数保有している。材料だけでなく、駆動回路や製造装置に関する特許も幅広く展開しており、仮に他社が同様の材料に到達しても、製品化に向けた「周辺知財の壁」で差別化を図れる構造になっている。
特に注目すべきは、2024年後半以降に公開されるであろう「青色りん光を含むWOLED構造の応用特許群」である。これらが出揃うことで、LGがどこまで自社技術の独占性を維持できるかが明らかになるだろう。
■未来を照らす“青い光”
仮に2025年後半、LGが青色りん光OLEDを搭載した4K・8KテレビやハイエンドノートPC、車載ディスプレイを発売すれば、それはディスプレイ業界にとって“ゲームチェンジャー”になる。とりわけ、低消費電力・高輝度を武器に、環境負荷の低減というSDGs文脈でも存在感を発揮できる。
さらに、青色りん光は「次世代マイクロOLED」──例えばARグラスやHUD(ヘッドアップディスプレイ)など、視野角や精細度が要求される用途でも中核を担う技術となる。これは、ディスプレイそのものが「視覚インターフェース」として人間の五感とAIの仲介役になる未来にも直結してくる。
■まとめ──日本企業への示唆
この進展は、日本企業にとっても学びが多い。かつてOLEDの素材技術で世界をリードしていた日本だが、材料からデバイス、モジュール、アプリケーションまでを包括的に連携させる「技術実装力」では韓国勢に水をあけられている。今後、素材企業や装置メーカー、スタートアップが連携し、「日本版ドリームOLED」構想を描けるかが問われるだろう。
LGディスプレイの“青の革命”は、単なる技術革新にとどまらず、産業地図の再編、知財戦略の再考、そしてエネルギー効率をめぐる新たな地政学を映す鏡でもある。