Appleが挑む設計難題─折りたたみiPhoneとFace IDの両立は可能か?


Appleが2026年にも投入すると噂される「折りたたみiPhone」。各種リーク情報や特許出願から、同社が本格的にフォルダブルデバイス市場に参入する準備を進めているのは間違いない。だが、技術的課題はいまだ山積している。その中でもとりわけ大きな「設計上の壁」と言えるのが、Face ID用カメラの配置場所だ。

フォルダブル端末におけるFace IDの矛盾

Face IDは2017年のiPhone Xから導入され、今ではApple製スマートフォンやタブレットのセキュリティ基盤の中核を担っている。ユーザーの顔を3Dマッピングし、機械学習によって認識精度を高めていくこのシステムは、他社の顔認証技術と比較しても極めて高度だ。

一方、折りたたみスマートフォンにおけるディスプレイ構成は複雑だ。例えば、Galaxy Z Foldシリーズに見られるように、開いたときにはタブレットのような大画面、閉じれば通常のスマートフォンサイズ。これに合わせてカメラも複数配置されるが、これまでのiPhoneが採用してきた「フロントディスプレイ上部にTrueDepthカメラ群を埋め込む」設計が、そのままでは通用しない。

Appleが折りたたみiPhoneでFace IDを採用しようとするならば、少なくとも以下のいずれかを選択する必要がある:

  1. カバーディスプレイ(外側の画面)にTrueDepthカメラを搭載
  2. 折りたたみ内部のメインディスプレイにカメラを内蔵
  3. 別途物理的なセンサーモジュールを配置(開閉時に切り替え)
  4. Face IDをやめてTouch IDなど別の認証方式に回帰する

だが、いずれの選択にも大きな技術的・UX的なハードルがある。

ケース別の課題分析

1. カバーディスプレイへの搭載

Samsungなどのように、外側の画面にカメラを搭載する方式は比較的シンプルだが、AppleのFace IDは通常のインカメラでは成立しない。TrueDepthカメラは、赤外線ドットプロジェクタ、赤外線カメラ、フラッドイルミネータを含む複雑な構成を持っており、厚さとスペースの制約が極めて厳しい。

また、カバーディスプレイでのFace IDが標準になると、開いた状態では使えず、毎回折りたたんで顔を向けなければならないという矛盾が生じる。これはUX上の大きなマイナスだ。

2. メインディスプレイへの内蔵

最近のAndroid陣営では、ディスプレイ下カメラ(UDC: Under Display Camera)技術が進化してきており、ZTEやXiaomiなどが一部採用している。だが、TrueDepthカメラのような複雑な構成を透明OLED下に搭載するのは、現時点では不可能に近い。顔の精細な3Dスキャンを必要とするFace IDでは、透過率やノイズの問題から精度が著しく落ちる可能性が高い。

Appleはおそらく、ディスプレイ下Face IDの実装に向けた独自技術を研究しているだろう。実際、2024年にはFace IDを画面下に収めるための特許出願がいくつか見つかっている。ただし、これが実用レベルに到達するにはまだ数年かかると見られている。

3. センサーモジュールの切替式配置

ある種のギミックとして、ヒンジ部分やフレームの一部にTrueDepthモジュールを設け、折りたたみ状態・展開状態で切り替えるという案も考えられる。だが、機構的複雑さ、耐久性、コスト、そしてAppleの求める“シンプルな体験”という哲学にそぐわないという点で、現実的ではない。

4. Touch IDの復活?

iPad Airなどに採用されているトップボタン一体型のTouch IDを使う案もある。Appleはディスプレイ下指紋認証技術の研究も続けており、Face IDとのハイブリッド化を狙っているとも言われる。とはいえ、セキュリティやスピードの観点ではFace IDに軍配が上がる。これまで「戻らなかった」Appleが、折りたたみiPhoneだけでTouch IDを採用するとは考えにくい。

Appleの特許出願に見るヒント

ここで興味深いのは、Appleが出願している特許群だ。2023年以降、Appleは「ディスプレイに透過窓を設け、内部センサーの露出と非露出を切り替える構造」や「ディスプレイの一部を光学的に変形可能にする技術」に関する出願を複数行っている。これにより、Face ID用のカメラを必要なときだけ“ディスプレイの奥から透かす”ような使い方ができる可能性がある。

また、「折りたたみデバイスにおけるセンサーモジュールの再配置構造」など、ヒンジ構造と一体化したカメラ配置に関する出願も確認されている。これらの特許は、まさに折りたたみiPhoneのFace ID問題を見据えた布石と見ていいだろう。

独自視点:AppleはFace IDを“手放さない”

筆者が注目するのは、Appleが「Face IDをやめるかどうか」の選択肢に対して一貫して“否”であり続けている点だ。パンデミック下でもFace IDを守り、マスク対応のアップデートを出したことからも分かるように、Appleはこのシステムを今後のAR/VR戦略、ヘルスケア戦略とも連動する「生体認証の基幹技術」と見ている。

ゆえに、Appleが折りたたみiPhoneでFace IDをやめることはあり得ない。おそらく、初代モデルでは一時的にカバーディスプレイへの搭載やTouch IDの併用で妥協しつつも、中長期的には「画面下Face ID」に向けて技術開発を続けるはずだ。

終わりに:未来の“折りたたみ体験”に向けて

Appleの折りたたみiPhoneは、単なるガジェットの進化ではなく、「スマートフォンの次のフォームファクタ」を定義するものになるだろう。だからこそ、Face IDというAppleらしさの象徴を、どこにどう置くかは極めて重要な設計判断となる。

技術的なブレイクスルーと、UXへの哲学的こだわり。そのせめぎ合いの先に、私たちが思い描く未来のスマートフォンがある。折りたたみiPhoneがそれをどう体現するのか、Face IDの行方とともに注目したい。


Latest Posts 新着記事

11月に出願公開されたAppleの新技術〜PCに健康状態センサーをつけるとどうなるのか〜

はじめに もし、あなたが毎日使っているノートパソコンが、仕事や勉強をしながらそっとあなたの健康状態をチェックしてくれるとしたら、どう思いますか? これまで、私たちが使ってきたノートパソコンのような電子機器には、ユーザーの体調をモニターするような高度なセンサーはほとんど搭載されていませんでした。Appleから11月に出願公開された発明は、その常識を覆す画期的なアイデアです。キーボードの横にある、普段...

AI×半導体の知財戦略を加速 アリババが築く世界規模の特許ポートフォリオ

かつてアリババといえば、EC・物流・決済システムを中心とした巨大インターネット企業というイメージが強かった。しかし近年のアリババは、AI・クラウド・半導体・ロボティクスまで領域を拡大し、技術企業としての輪郭を大きく変えつつある。その象徴が、世界最高峰AI学会での論文数と、半導体を含むハードウェア領域の特許出願である。アリババ・ダモアカデミー(Alibaba DAMO Academy)が毎年100本...

翻訳プロセス自体を発明に──Play「XMAT®」の特許が意味する産業インパクト

近年、生成AIの普及によって翻訳の世界は劇的な変化を迎えている。とりわけ、専門文書や産業領域では、単なる機械翻訳ではなく「人間の判断」と「AIの高速処理」を組み合わせた“ハイブリッド翻訳”が注目を集めている。そうした潮流の中で、Play株式会社が開発したAI翻訳ソリューション 「XMAT®(トランスマット)」 が、日本国内で翻訳支援技術として特許を取得した。この特許は、AIを活用して翻訳作業を効率...

特許技術が支える次世代EdTech──未来教育が開発した「AIVICE」の真価

学習の個別最適化は、教育界で長年議論され続けてきたテーマである。生徒一人ひとりに違う教材を提示し、理解度に合わせて学習ルートを変化させ、弱点に寄り添いながら伸ばしていく理想の学習プロセス。しかし、従来の教育現場では、教師の業務負担や教材制作の限界から、それを十分に実現することは難しかった。 この課題に真正面から挑んだのが 未来教育株式会社 だ。同社は独自の AI学習最適化技術 で特許を取得し、その...

抗体医薬×特許の価値を示した免疫生物研究所の株価急伸

東京証券取引所グロース市場に上場する 免疫生物研究所(Immuno-Biological Laboratories:IBL) の株価が連日でストップ高となり、市場の大きな注目を集めている。背景にあるのは、同社が保有する 抗HIV抗体に関する特許 をはじめとしたバイオ医薬分野の独自技術が、国内外で新たな価値を持ち始めているためだ。 バイオ・創薬企業にとって、研究成果そのものだけでなく 知財ポートフォ...

農業自動化のラストピース──トクイテンの青果物収穫技術が特許認定

農業分野では近年、深刻な人手不足と高齢化により「収穫作業の自動化」が急務となっている。特に、いちご・トマト・ブルーベリー・柑橘など、表皮が繊細な青果物は人の手で丁寧に扱う必要があり、ロボットによる自動収穫は難易度が極めて高かった。そうした課題に挑む中で、株式会社トクイテンが開発した “青果物を傷付けにくい収穫装置” が特許を取得し、農業DX領域で大きな注目を集めている。 今回の特許は単なる「収穫機...

<社説>地域ブランドの危機と希望――GI制度を攻めの武器に

国が地理的表示(GI:Geographical Indication)保護制度をスタートしてから10年が経つ。ワインやチーズなど農産物を地域の名前とともに保護する仕組みは、欧米では産地価値を国境を越えて守る知財戦略としてすでに大きな成果を上げてきた。一方、日本でのGI制度は、導入から10年が経った今ようやくその重要性が幅広く認識される段階に差し掛かったと言える。 農林水産省によれば、2024年時点...

保育データの構造化とAI分析を特許化 ルクミー「すくすくレポート」技術の本質

保育業界におけるDXが本格的に進む中、ユニファ株式会社が展開する「ルクミー」は、写真・動画販売や登降園管理、午睡チェックシステムなどを通じて保育の可視化と効率化を支えてきた。その同社が開発した 保育AI™「すくすくレポート」 が特許を取得したことは、保育現場のデジタル化における大きな節目となった。 「すくすくレポート」は、子どもの日々の成長・発達をAIが分析し、保育士の観察記録を補助...

View more


Summary サマリー

View more

Ranking
Report
ランキングレポート

海外発 知財活用収益ランキング

冒頭の抜粋文章がここに2〜3行程度でここにはいります鶏卵産業用機械を製造する共和機械株式会社は、1959年に日本初の自動洗卵機を開発した会社です。国内外の顧客に向き合い、技術革新を重ね、現在では21か国でその技術が活用されていますり立ちと成功の秘訣を伺いました...

View more



タグ

Popular
Posts
人気記事


Glossary 用語集

一覧を見る