特許の先にあるもの―古河電工・富士フイルム・三菱電機の知財戦略


2024年、経済産業省と特許庁による「知財功労賞」が発表され、古河電気工業株式会社、富士フイルム株式会社、三菱電機株式会社をはじめとする複数の企業や個人がその栄誉に輝いた。この賞は、知的財産の創造・保護・活用などの分野で顕著な功績を挙げた個人・団体を表彰するもので、日本の技術力やイノベーションの推進において大きな意味を持っている。

これら受賞企業は、単に特許の数を競うのではなく、知財を事業戦略に積極的に取り込み、ビジネスの柱として機能させている点が共通している。本稿では、主要な受賞企業の取り組みに加え、知財を巡る日本企業の最新動向を掘り下げ、今後の可能性についても展望していく。

知財功労賞の意義と背景

まず知財功労賞とは何か。その原点にあるのは、2003年に開始された「産業財産権制度活用優良企業等表彰制度」だ。2005年以降は「知財功労賞」として定着し、特許庁が毎年4月の「知的財産制度活用推進月間」にあわせて表彰を行っている。受賞対象は、知的財産の創出・保護・活用を通じて日本の産業競争力の向上に貢献している個人や組織。単なる知財取得の量ではなく、経営戦略や社会課題解決とどう結びつけているかが問われる。

こうした中で、2024年の受賞企業は「攻めの知財」を体現している点が際立つ。

古河電気工業:知財情報を経営判断に直結

古河電気工業(古河電工)は、情報通信、エネルギー、電子部品など幅広い分野で活躍する総合電機メーカーだ。同社の知財戦略の中核にあるのが「IPランドスケープ」の活用である。これは、特許情報をはじめとする知財データをもとに、競合分析や市場動向の可視化を行い、経営や研究開発に活用する取り組みだ。

たとえば、光ファイバー通信分野では「細径超多心光ファイバケーブル」や「波長可変レーザ(ITLA)」といった次世代製品の開発において、他社の出願状況や市場ニーズを知財分析から読み取り、先手を打った開発戦略を構築している。

また、同社はSBU(Strategic Business Unit)単位で知財担当者を設置。これにより、現場と知財部門の間にある“壁”を取り払い、事業戦略と知財戦略の一体運用を可能としている。

富士フイルム:技術資産を他分野へ展開する知財マネジメント

写真フィルムからデジタル・医療・化粧品へと大胆な事業転換を遂げた富士フイルムは、知財活用における“変革の象徴”ともいえる企業だ。

とくに注目すべきは、「画像処理技術」や「銀塩技術」といった旧事業の技術資産を、異なる産業領域に展開している点である。例えば医療画像診断装置や再生医療分野では、もともと写真分野で培った技術が基盤となっている。こうした技術の“水平展開”を可能にした背景には、長年蓄積された特許と、それらを事業戦略に結びつける高度な知財マネジメントがある。

さらに同社は、グローバル市場での特許出願を戦略的に行い、自社技術を守るだけでなく、クロスライセンスやアライアンスの交渉においても優位に立っている。これは知財が「防御」ではなく「攻撃」のツールとして機能している好例だ。

三菱電機:オープンな標準化戦略と知財の融合

三菱電機は、「CC-Link」という産業用オープンネットワーク技術の普及を通じて、知財と標準化の融合に取り組んできた。この技術は同社主導で開発され、現在では国際標準規格として認められており、世界中の製造業に導入されている。

注目すべきは、同社がCC-Link関連の特許を保有しながらも、他社とのオープンな連携を可能とする「ライセンス政策」を導入している点である。これにより、同技術は事実上の業界標準となり、三菱電機にとってはプラットフォーム型のビジネスを構築する鍵となっている。

このように、特許を独占的に囲い込むのではなく、業界全体を巻き込む“知財のエコシステム”を形成する姿勢は、今後の知財戦略のヒントを多く含んでいる。

知財を取り巻く日本企業の課題と展望

他方で、日本企業の多くは未だに「知財=特許出願数」という発想から抜け出せていないのも事実である。特許件数を競うだけでは、真の競争力には直結しない。むしろ、取得した特許をどう活かし、事業価値を最大化するかが問われる時代だ。

その意味で、今回の受賞企業が示した「知財を経営戦略の中核に据える姿勢」は、他の企業にとっても大いに参考になる。さらに今後は、AIや再生医療、宇宙開発など新たな技術領域において、知財をいかに“未来の成長”と結びつけられるかが重要となる。

おわりに:知財を「知の資本」として育むために

知的財産は、もはや法務部門だけの問題ではない。むしろ経営・研究・営業といった多部門が関わる“知のインフラ”であり、企業価値の源泉である。古河電工、富士フイルム、三菱電機といった企業は、そのことを実践をもって証明している。

知財功労賞は単なる表彰にとどまらず、これからの日本企業が進むべき「知財経営」の羅針盤となり得る。いま求められているのは、技術を生む力だけでなく、それを未来へとつなぐ戦略眼と実行力である。知財を活かす企業こそが、これからの産業をリードしていくことは間違いない。

 


Latest Posts 新着記事

連邦政府が大学の特許収入を狙う トランプ政権の新方針が波紋

はじめに 米国の大学は、研究開発活動を通じて得られる特許収入を重要な財源としてきました。大学の特許収入は、新しい技術の商業化やスタートアップ企業の設立に活用され、イノベーションの促進に直結しています。しかし、トランプ政権下で、連邦政府が大学の特許収入の一部を請求する方針が検討されており、大学の研究活動やベンチャー企業の育成に対する影響が懸念されています。 特に米国は、大学発ベンチャーの育成や産学連...

脱石炭から技術輸出へ:中国が描くクリーンエネルギーの未来

21世紀に入り、世界各国が環境問題やエネルギー安全保障への対応を迫られるなか、中国はクリーンエネルギー分野で急速に存在感を高めてきた。とりわけ再生可能エネルギー技術、電気自動車(EV)、蓄電池、送配電網、そしてグリーン水素などの分野において、中国は「追随者」から「先行するイノベーター」へと変貌を遂げつつある。なぜ中国が短期間でこのような飛躍を実現できたのか。その背景には、国家戦略、産業政策、市場規...

世界のAI特許6割を握る中国 5G・クラウドを基盤に国際競争を主導

近年、中国はデジタル経済の拡大と技術革新を国家戦略の中核に据え、AIや5G、クラウド、データセンターといった基盤技術において世界を牽引する存在となっている。その象徴的な事実として注目されるのが、人工知能(AI)に関する特許出願件数である。国際特許機関の最新統計によれば、中国からのAI関連特許は世界全体の約6割を占め、米国や欧州、日本を大きく上回る圧倒的なシェアを記録している。 本稿では、中国がいか...

AgeTech知財基盤を強化――パテントアンブレラ(TM)が累計41件出願、AI特許も追加

高齢社会の進展に伴い、健康維持、生活支援、介護軽減を目的としたテクノロジー領域「AgeTech(エイジテック)」への注目がかつてないほど高まっている。その中で、知的財産を軸に事業競争力を高める取り組みが活発化しており、今回、独自の「パテントアンブレラ(TM)」戦略を進める企業が、AI関連特許を含む29件の新規出願を追加し、累計41件の特許出願を完了したと発表した。これにより、類型141件の機能をカ...

フォシーガGE、特許の壁を突破 沢井・T’sファーマの挑戦

2025年9月、日本の医薬品市場において大きな話題を呼んでいるのが、SGLT2阻害薬「フォシーガ(一般名:ダパグリフロジン)」の後発医薬品(GE、ジェネリック)の登場である。糖尿病治療薬の中でも売上規模が大きく、近年では慢性腎臓病や心不全の領域にも適応拡大が進んだフォシーガは、アストラゼネカの主力製品のひとつである。その特許の“牙城”を突破し、ジェネリック医薬品の承認を獲得したのが沢井製薬とT&#...

電池特許はCATLだけじゃない――AI冷却から宇宙利用まで、注目5大トピック

近年、知的財産の世界では、特定の企業やテーマに関心が集中しやすい傾向がある。中国・CATLの電池特許戦略や、AIをいかに効率的に冷却するかといったテーマは、テクノロジー産業の今を象徴するキーワードだ。しかし同時に、その裏側には見落とされがちな知財動向や、将来を左右しかねない新しい潮流が潜んでいる。本稿では、「電池特許CATL以外にも」「特集AIを冷やせ」を含め、いま注目すべき5本のトピックを整理し...

バックオフィス改革へ ミライAI、電話取次自動化で特許取得

AI技術の進化が加速するなか、企業のバックオフィスや顧客対応の現場では「省人化」「自動化」をキーワードとした取り組みが急速に広がっている。その中で、AIソリューションを展開するミライAI株式会社は、従来の電話取次業務を人手に頼ることなく「完全無人化」するための技術を開発し、特許を取得したと発表した。この技術は、音声認識・自然言語処理・対話制御を組み合わせ、従来課題とされてきた「誤認識」「取次精度の...

技術から収益化へ――河西長官が訴える“知財活用”の新ステージ

特許庁の河西長官は、来る9月10日に開幕する「知財・情報&コンファレンス」を前に記者団の取材に応じ、日本経済の競争力強化における知的財産の役割を改めて強調した。長官は「日本は技術とアイデアを数多く持ちながら、それを十分に事業化や収益化につなげきれていない。知財で稼ぐ政策を実現することが不可欠だ」と語り、特許庁としても産業界と連携し、知財活用の裾野を広げる方針を示した。 ■ 知財立国から「稼ぐ知財立...

View more


Summary サマリー

View more

Ranking
Report
ランキングレポート

海外発 知財活用収益ランキング

冒頭の抜粋文章がここに2〜3行程度でここにはいります鶏卵産業用機械を製造する共和機械株式会社は、1959年に日本初の自動洗卵機を開発した会社です。国内外の顧客に向き合い、技術革新を重ね、現在では21か国でその技術が活用されていますり立ちと成功の秘訣を伺いました...

View more



タグ

Popular
Posts
人気記事


Glossary 用語集

一覧を見る