10年後のソニーを創るのは誰か?─デザイナーたちの構想力と戦略


「10年後のソニーをデザインしてください。」

この一言から始まったのが、ソニーグループ・クリエイティブセンターが担った“未来ビジョン”プロジェクトだ。主導したのは、センター長である石井大輔氏。通常、企業の中長期戦略の策定といえば経営企画や戦略部門の仕事だが、ソニーはあえてこの“未来を視覚化する”仕事を、デザイン部門に託した。

この動きには、ソニーの本質が色濃く現れている。単なる技術革新ではなく、技術と感性、テクノロジーとカルチャーの交差点に立つ企業として、自らの未来像を形にする―そこに「デザイン」が不可欠であると考えたのだ。

なぜ、デザイナーなのか?

石井氏は語る。

「デザイナーは、まだこの世に存在しないものを想像し、それを他人に伝わる“かたち”にする専門家です。つまり、未来の可能性を見える化し、共有可能にすることができる存在なんです。」

この「見える化する力」こそ、まさに現代の企業に必要とされている。社会や技術の変化が複雑化し、ビジョンやパーパスといった抽象的な言葉が飛び交う中、それを全社的に共有するには、具体的なビジュアルやストーリーの力が欠かせない。

この視点は、いま多くの企業が模索している「デザイン経営」や「パーパス・ブランディング」とも共鳴する。だがソニーはそれを表層的に取り入れるのではなく、デザインチームを中核に据えることで、より深く、企業の未来像そのものにデザインを溶け込ませようとしている。

「エンタテインメントへの回帰」というビジョン

プロジェクトを通じてクリエイティブセンターが導き出したのは、「ソニーはエンタテインメント企業であるべきだ」という考え方だった。もちろん、ソニーは長年にわたり、ハードウェアとコンテンツの両面で成長してきた。ウォークマン、PlayStation、映画、音楽…。だが近年では、そのバランスが変化し、コンテンツビジネスの存在感がますます強まっている。

石井氏は語る。

「ソニーの強みは、“感性に届く技術”にあります。エンタテインメントというレンズで未来を見ると、テクノロジーも製品も、“人の心を動かすための手段”として再定義できるのです。」

つまり、AIやXR、ロボティクスなどの技術革新も、それ自体が目的ではなく、「感動を生む手段」であるという価値観が、エンタテインメント企業としてのソニーの核心にある。

これは、石井氏がかつて携わったロボット「aibo」の開発にも通じる。aiboは単なるペットロボットではない。ユーザーとの“関係性”が生まれ、感情が動くことを重視した製品であり、それはまさにエンタテインメントとしての体験だった。

「余白」が未来を生む

石井氏が強調するもう一つのキーワードが「余白」だ。

「かつてのソニー製品は、使い方を“決めすぎない”という美学がありました。ウォークマンもaiboも、ユーザーの創造性を刺激する存在だった。未来のソニーにも、そうした“余白”が必要だと思っています。」

これは、製品だけでなく、企業の在り方そのものに関わる発想だ。完成されたビジョンよりも、常にアップデート可能な「生成的なフレームワーク」。価値が固定されるのではなく、常にユーザーや社会と共に“意味を再構築する”存在であること。

そのためには、定量的な戦略だけでは足りない。感覚的・情緒的な次元も含んだ「物語としてのビジョン」が必要になる。そしてその物語を描けるのが、デザインの力なのだ。

「企業のデザイン」という新たな領域

今回のプロジェクトでクリエイティブセンターが果たした役割は、もはや製品や広告のデザインを超えている。企業そのものの存在意義、未来の価値創造のあり方を「デザイン」する──それは、戦略と感性の境界を横断する行為だった。

たとえば、クリエイティブセンターが制作した「10年後のソニー」のビジュアルプロトタイプでは、ソニーがどのように暮らしに関与し、人と感情でつながり、社会と共鳴していくのかが、ストーリーベースで描かれていた。そこには未来の製品も、街も、コミュニケーションの風景も含まれている。いわば“未来の生活”のシナリオだ。

これは「企業のブランドムービー」ではない。もっと根源的な、企業としての「哲学の視覚化」である。

未来は“戦略”ではなく“物語”で語られる

こうした取り組みを通じて、ソニーが辿り着いたのは、「未来を戦略ではなく物語として語る」という考え方だ。数字や図表ではなく、物語として描くことで、より多くの社員やパートナーがそのビジョンを“自分ごと”として受け止められる。

そして、この物語を描くのが、デザイナーなのだ。

製品を通じて世界観を提示するだけでなく、企業そのものの価値観や未来像を“物語化”する存在。デザイナーがビジネスの中心に躍り出るというこの構図は、これからの企業経営においても重要な示唆を与えてくれる。

終わりに──未来は「描くもの」

未来は予測するものではない。描き、共有し、共に創るものである。ソニーがクリエイティブセンターに未来を託した背景には、その確信がある。

石井大輔氏と彼のチームが見せたのは、「デザインは経営の中核になり得る」という可能性だ。そしてその先には、技術や数字だけでは生まれない、人の心を動かす“新しい物語”がある。

ソニーは再び、自らの未来を創造しようとしている。そしてその筆を握るのは、デザイナーたちなのだ。

 


Latest Posts 新着記事

知財で世界を制す?中国の有効発明特許501万件の意味

中国国家知識産権局(CNIPA)は最新の統計において、中国国内で有効に存続している発明特許の件数が501万件に達したことを発表した。これは世界最大規模であり、知的財産をめぐる国際競争の中で、中国が「知財大国」から「知財強国」へと歩みを進めている象徴的な数字といえる。  本稿では、この記録的な数字の意味、背景にある政策や産業構造の変化、さらに今後の国際経済や技術競争に与える影響について整理していく。...

フォルクスワーゲン、電池特許が不正後2倍に 量産化の壁へ苦闘

フォルクスワーゲン(VW)は、2015年に世界を揺るがしたディーゼル排ガス不正問題(いわゆるディーゼルゲート)以降、経営の根幹を大きく電動化にシフトさせてきた。その過程で顕著なのが、電池関連の特許出願数の急増である。不正発覚前後を比較すると、同社の電池技術に関する知財出願はほぼ倍増しており、欧州自動車産業が「EVシフト」という大きな変革を迫られる中で、VWが製造技術の確立にいかに苦心しているかが浮...

2025年万博を前に知財戦略を議論 「つながる特許庁」大阪開催

特許庁が全国各地で展開する地域連携型イベント「つながる特許庁」が大阪で開催された。本イベントは、知的財産(IP)を地域や企業の持続的な発展にどう活かすかを考える場として、特許庁が地方自治体や産業界と連携して進めているものだ。今回の大阪開催では、2025年大阪・関西万博を目前に控え、「万博と知的財産」を大きなテーマに掲げ、産業界や研究者、スタートアップ関係者らが多数参加した。 基調講演を務めたのは、...

特許取得「180°トリプルライト」――38m先まで届く広角懐中電灯、防災とアウトドアの必需品

懐中電灯という道具は、私たちの生活において決して目新しいものではありません。しかし、その形状や光の広がり方、バッテリーの持ち時間といった細かな工夫の積み重ねによって、実用性は大きく変わってきます。近年ではLED技術の発展や省電力化の進展により、多機能でコンパクトなライトが次々と登場していますが、その中でも注目を集めているのが「180°トリプルライト」と呼ばれる特許取得の懐中電灯です。 この製品は名...

8月に出願公開されたAppleの新技術〜Apple Watch 心電図機能〜

はじめに Apple Watchに搭載された心電図(ECG)機能は、不規則な心拍を検知し、ユーザーの健康リスクを早期に発見する上で大きな役割を果たしています。しかし、この機能は医療機器メーカーとの特許侵害訴訟に発展し、Appleは過去に厳しい局面を経験してきました。   こうした状況下で、Appleが2024年2月に出願した米国特許出願「US 2025/0251703 A1」は、この分野...

任天堂特許の影再び――HoYoverseの最新作、空中搭乗システムが“危険水域”に

■ 背景:特許訴訟と“飛行システム”の争点 1. 『パルワールド』と任天堂・ポケモンによる特許訴訟 ポケットペアが開発した『パルワールド』に対し、任天堂および株式会社ポケモンは、「プレイヤーキャラクターが空中で操作により搭乗オブジェクトを出現させ、そのまま搭乗・飛行する行為」にかかる特許(特許番号7528390など)を侵害しているとして訴訟を起こした。 訴訟の進行に伴い、ポケットペアはリスク回避の...

混雑ゼロの未来へ!アートフリークが描く次世代人流マネジメント

株式会社アートフリークはこのたび、「人流管理システム、人流管理プログラム、及び人流管理方法」に関する特許を正式に取得したと発表した。同特許は、商業施設、イベント会場、駅や空港といった公共交通機関など、多数の人々が集まる空間における人流をリアルタイムに把握し、効率的かつ安全に管理するための技術に関連している。近年、感染症対策や防災、安全確保、さらにはマーケティング活用の観点から「人の流れをどのように...

プレーも快適、運営もスマート アクロディアがゴルフ場向け表示特許を獲得!

株式会社WHDCアクロディア(以下、アクロディア)は、2025年8月、ゴルフ場利用者の利便性向上と運営効率の改善を目的とした「ゴルフ場向け表示技術」に関する特許を正式に取得したと発表した。本特許は、スポーツ×IT領域における同社の知的財産ポートフォリオをさらに強化するものであり、今後の事業展開において大きな推進力となることが期待されている。 特許取得の背景 近年、スポーツ業界全体でDX(デジタルト...

View more


Summary サマリー

View more

Ranking
Report
ランキングレポート

海外発 知財活用収益ランキング

冒頭の抜粋文章がここに2〜3行程度でここにはいります鶏卵産業用機械を製造する共和機械株式会社は、1959年に日本初の自動洗卵機を開発した会社です。国内外の顧客に向き合い、技術革新を重ね、現在では21か国でその技術が活用されていますり立ちと成功の秘訣を伺いました...

View more



タグ

Popular
Posts
人気記事


Glossary 用語集

一覧を見る