2025年4月上旬、パソナグループ(パソナG)の株価が急騰した。報道によれば、その背景には「同社系が海外での特許出願代行を始める」という日経新聞の報道がある。人材派遣業界の代表的企業が、突如「海外特許出願」というニッチで専門性の高い領域に乗り出すというニュースは、知財業界にとっても異色であり、衝撃だった。
一見、畑違いにも思えるこの新事業。しかし、詳しく紐解いていくと、そこにはグローバル人材活用の知見と、スタートアップ支援との親和性、そして日本企業の弱点補完という戦略的意義が見えてくる。今回はこの動きについて、その背景と今後の可能性を探っていきたい。
「特許出願代行」とは何か?
まず前提として、「海外特許出願代行」とは、主に日本国内の企業や個人が、米国・欧州・中国などの海外市場に対して特許を取得するための手続きをサポートする業務である。これは単なる翻訳や書類提出に留まらず、各国の法律や手続きの違いに対応した専門性の高い作業が求められる。通常、特許事務所や専門の翻訳会社、コンサルティング会社が担う領域だ。
パソナグループが注目したのは、この分野が「人材と知見が不足している」こと、そして「グローバル展開を目指すスタートアップにとってボトルネックになりやすい」という点だ。特許の海外出願にはコストがかかるうえ、言語や法制度の壁も厚い。そのため、多くの中小企業やベンチャーが、せっかくの技術を保護しきれずに終わってしまっている。
パソナが狙う“知財支援のホワイトスペース”
パソナグループは、従来から「グローバル人材の派遣・育成」に注力してきた。近年では、デジタル人材や法務・知財系の人材育成にも進出しており、各国に展開するグループ拠点やネットワークを活かした「専門職の国際派遣」も行っている。ここに、海外特許出願代行というビジネスが自然に重なってくる。
日経の報道によれば、同社はアジアを中心に現地の特許弁護士や翻訳者と連携し、ワンストップで出願支援を行う体制を整備しているという。単なる「業務代行」ではなく、技術の内容に応じた最適な国や出願タイミングの助言、外国出願の中長期戦略の策定など、知財コンサル的な役割まで踏み込む可能性もある。
このようなサービスは、特に以下のようなニーズとマッチする:
- グローバル展開を見据えるスタートアップ
- 海外との共同研究を行う大学発ベンチャー
- 地場の中小企業で技術力はあるが知財リテラシーに不安がある企業
パソナが持つ「人材活用」と「業務代行」のノウハウをベースに、知財支援を再定義するような挑戦といえるだろう。
海外展開の加速と「知財ミックス」の時代
近年、経済産業省も「知財ミックス」をキーワードに、特許・商標・意匠・ノウハウといった多様な知的財産を組み合わせた戦略的活用を推進している。とりわけ、デジタル化やグローバル化が進む中で、技術とデザイン、ブランディングを一体で守る発想が重視されている。
だが、その実践は簡単ではない。特許出願一つ取っても、各国で必要な制度理解・言語対応・コスト試算など、多くの専門知見が必要になる。ここにこそ、パソナGのような「総合的な支援窓口」が果たす役割は大きい。
また、知財活動においても“BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)”の考え方が浸透しつつある。特許翻訳、期限管理、出願補助などは外注化が進んでいるが、その範囲をもっと戦略的な「知財伴走」にまで拡張できるならば、企業のイノベーション活動そのものを加速させる可能性がある。
知財×人材の未来をどう描くか
パソナの動きは、今後の知財業界にとって大きな示唆を含んでいる。それは、「知財の専門家だけではなく、周辺プレイヤーがいかにこの領域に関与できるか」という問いだ。
かつて、法律や会計といった領域も、専門職だけが扱う閉鎖的な業界だった。しかし今では、テクノロジー企業や人材系企業、スタートアップが入り込み、クラウド会計やリーガルテックなどの新市場を切り開いている。知財業界もまた、そうした“オープンな進化”が求められているのではないか。
たとえば、以下のような未来も見えてくる:
- 海外特許出願支援プラットフォームの立ち上げ(SaaS化)
- 翻訳・審査対応のAI化と、外国代理人とのAPI連携
- 「知財アドバイザー」としての人材派遣の高度化
- 中堅企業の知財部門を丸ごと受託するBPOモデル
パソナGが得意とする“人を活かす”視点と、“課題解決型アウトソーシング”という手法は、こうした知財の未来像と非常に親和性が高い。
終わりに──知財は「技術」だけでなく「しくみ」で守る時代へ
日本企業はこれまで、優れた技術力を誇りながらも、知財戦略の面では後れを取ることが少なくなかった。特に海外においては、「出願していない=無防備」と見なされる厳しい現実がある。
パソナグループの今回の動きは、そのギャップを埋める可能性を秘めた一手だ。そして同時に、「人材ビジネス」と「知財ビジネス」という、これまで交わることのなかった2つの領域が交差し始めた瞬間でもある。
今後、知財は「専門家の世界」から、「企業戦略の中核」へと変化していく。パソナGの挑戦は、そうした時代の先取りであり、知財を“もっとオープンに、もっと使いやすく”する試みの第一歩なのかもしれない。