技術と人を編み合わせる「勝つチーム作り」とは


今回のインタビューでは、国内プロバスケットボールチーム三遠ネオフェニックスにて国際部門のVP兼ジェネラルマネージャーを務める秦アンディ英之氏(以下、秦)に、2022年より新たにチームに取り入れた技術およびその技術を活用し成果へと繋げる「人の力」についてお話しいただきました。

スポーツプレイヤーとして、指導者として、そして技術を取り扱うマネージャーとして、多様な視点から「勝つ組織」づくりのアプローチを見据える。スポーツにとどまらず、組織を強くする視点が詰まった本記事はあらゆる分野でのチームマネジメントに携わる方にぜひ読んでいただきたい。

PROFILE

秦アンディ英之

HIDEYUKI ANDY HATA

1972年ベネズエラ生まれ。桐光学園高、米国・ハーバーフォード高、明治大を経てアサヒビールシルバースターでプレーした元アメリカンフットボール選手。

ソニーではブランドマネジメント部などで辣腕を振るい、FIFAとの折衝などグローバルな活躍を見せる。

ニールセン・スポーツ北アジア地域代表、「ONEチャンピオンシップ」日本代表取締役社長。

YouGovSportのシニア戦略アドバイザー 、一般社団法人東大ウォリアーズクラブアドバイザリーボードメンバーを兼任。元Jリーグ特任理事。

スポーツの現場に必要なテクノロジーとは

幼少期からスポーツは常に人生の傍らにあった秦氏。アメリカンフットボールで高校・大学・社会人と競技者として、そして指導者としても経験を積む中で、今手のひらの中に実感しているのは競技の種類を超えた「現場感」であるという。

「もともと、アメフトではデータを駆使したアプローチが要。それがバスケというフィールドにおいても役に立っている実感があります。数値化して状況を分析することはもちろん大事ですが、重要なのはそれが現場に適応したソリューションであるかどうか、という点です。」

秦氏が現在担う役割は主に2つある。国際部門のVPとしては名前の通り日本を超えた尺度でいかに国際的なリソースを駆使できるか、そしてクラブに寄与できる領域を発掘し形にできるかを常に探る。

その一方でチームの責任者としてのジェネラルマネージャーも務め自ら強化・育成、発展を担う立場にもある。チームの戦術を最適化するにあたって、2022年に入ってから、ヘッド陣の交代とともに映像・データの解析を本格的に開始したという。

「スポーツテックにおける既存の技術で、練習を俯瞰して撮影したものを即時編集し、練習後にはコーチ陣がレビューできるというものがあります。しかし、映像自体をビデオ解析するうちの技術は日本初かと思います。試合を分析するハーバード発の技術・取り組みが今季のチーム勝率の高さに寄与していることは間違いありません。」

統計学的に数字のパターン・傾向を見て、そこから抽出された要素をKPI化して戦術に落とし込む。得点がどう、ボール保有率がどうというスタッツを分析して終わりではなく、それをどう料理していくかが重要だと秦氏は語る。

「その一方で食や睡眠といった試合や練習の外側の部分をもっと見える化していきたいとも考えています。実際、強豪の組織であるほど、そういったことにも積極的に注目し施策として取り入れているんです。パフォーマンス向上やけが予防には欠かせません。もちろん、こういったパフォーマンス領域は各チーム・クラブそれぞれがトレーナーさんや栄養士さんやメンタルコーチさんたちと共にこだわってやっておられます。切磋琢磨して進化してきた部分だと言えるでしょう。バスケもプロ化して以降、海外からもノウハウが入ってきています。そこにデータサイエンスをかけあわせて両輪とすることが重要だと考えています。」

血の通った技術

ヒューマンドラマ的要素も求められがちなスポーツ分野において、「デジタル化」が進むことについてどう考えるかという問いには、選手経験を含めてこう語ってくれた。

「選手の目線からしてみれば、人為ミスによる誤審はダメ。デジタル化され機械判定などの精度があがり、そのミスなく判定されるようになることは良いことです。一方で、0か100かでは線引きできない部分があるのも事実。それでは面白みがないと感じるのは見る側もプレイヤーも同じでしょう。血の通った部分の駆け引きが残ることは大事だと考えます。それは戦術においても同様です。データ上の最適解があったとして、自分のバイオリズムを理解できているベテラン選手はその自覚と専門家やデータの分析を織り交ぜて考えるでしょう。

逆に若手やデータサイエンスへの親和性が高いプレイヤーであれば、まずはなんでもかんでも専門家に聞きながら、与えられたトレーニングレジュメを遂行するほうが良いという人もいる。どちらもいて良いと思います。大事なのは会話です。『こう考えている、だからこうしたいと思っている』そういうやりとりがきちんとできるなら、データ化する部分と個人の想いが残る部分のバランスが取れると考えています。そもそも、スポーツに限らず勝つ組織においてマインドの融通性は大事です。白黒が必要な部分もありますが、繰り返しますがそこはバランスです。」

その技術は誰を支え、何を守るのか

今興味を持っているテクノロジーについては、特定の技術を取り上げるのではなく、俯瞰的に戦略と自身の役割を語ってくれた。

「たまたま今、優秀なコーチ陣や優秀な選手がいて、そんな中で別の競技の畑からやってきた自分の役割は『見える化』であると考えています。過去と現在のデータや戦術・施策を見て、何が成功しているのか、何が優秀なのか。そしてその仕組みをどう作るか。仕組みを作るために最適なソリューションをどのように作るのか。そういったことを可視化して棚卸する役割です。もちろん、ソリューションが先ではなく、現場に貢献するということが前提になりますから、それなしにツールを導入しても仕方ないですね。」

「一例ですが、例えば衣食住のうちの『住』の部分。選手たちの睡眠ってどうなってるの?っていう疑問からスタートして、調子を聞いて、より良く眠るためにどうあるべきか?と考える。そうすると調べるべきこと、やるべきことが見えてきます。良い寝具を導入しようとなったとして、その感想をなんとなく尋ねるのではなく、睡眠時のデータを取り、施策が選手のパフォーマンスにどう寄与しているかを分析します。」

「食もそうですね。普段の食べ物以外にも、試合前、試合後、練習日の…と食事ひとつとってもいろいろある。ひとり暮らしの外国人選手が来たとなったらどうしたらよいのか?環境をヒアリングして、必要なものを準備して、試合後の弁当を手配したりなどもします。アスリート当事者に向けてこだわる視点がソリューションを生んでいくのです。」

そう具体例を挙げる中で見えてきたのは、技術ありきではない現場に即した視座だ。技術先行で複雑化するのではなく、現場力を持ったうえでシンプルに見える化が行えることがベストだと考える、と強く繰り返す秦氏は、取り入れた技術を実際にどう使うのか、なぜこの戦術なのかを選手たちが納得できれば気持ちの切り替えもスムーズにいくと話す。

「先日、チームが逆転負けをしてしまったとき、次の練習開始時のミーティングでアナリストから具体的な数値を提示して『この前逆転されたのはこの数値が変わったからだ』と説明が行われたんです。顕著に変わっていた要素があったんですね。明らかにおかしくなっていた数字を見て、漠然としていた「負け」の感覚が、何の数値がおかしかったから負けたのだという理解に変わって…選手もなるほどってなるんですよ。そういうことを重ねると、練習中も貼りだされるデータを選手たちが自主的に見に来るようになりました。興味のない世界だったはずなのに、です。

勝ってきたチームのスタッフが来てくれたことで、当たり前のことを毎日に組み込めるようになりました。インフラが整うと、選手たちも気合が入るんでしょう。クラブでの滞在時間がまず長くなります。朝のワークアウトから練習後まで、インフラの上にこのプロ意識が乗っかっていくとうまくいく。」

「なんで急に変わったの?なんで1位になったの?って聞かれるんですけど、答えは単純で『やることやってるから!』て感じです」と、自信を持って頷いてみせてくれた。

関係者全員でマインドを共有して、時間を使って、分析を行ってそれを積み重ねた結果が、チームの勝利に直結している。バスケプレイヤーではなかったからこそ、たとえばフォーメーションをこうしては、などの具体的なアプローチではなく、経験をもとに、何かがずれている・狂っている状況を俯瞰していち早く気づき、問題の根本を探ることに注力できるという。本来異業種・多分野・専門外からの知見を求めるのは、こういった「フラットでいて核心を突く気づき」が現場のよどみを晴らすからなのだろうと腹に落ちるインタビューとなった。

最後に、未来のスポーツの在り方を秦氏はこう展望した。

「デジタルで突き抜ける部分は間違いなくあるでしょう。ロボット同士の対戦とかね。一方で人間が絡んでいる以上、人間力を大事にすることは欠かせないと考えます。『モノ作りはいつまでもアナログを忘れてはいけない』と言いますが、この分野も同じです。

経験を積んできた開発担当者にしかないマインドや経験値を仕組化していきたいですし、結果を出している人たちの『過程を価値化する』チャンス…つまり商標や知財として守り育んでいくことが、ひいてはスポーツの発展に繋がると考えています。」



Latest Posts 新着記事

プレーも快適、運営もスマート アクロディアがゴルフ場向け表示特許を獲得!

株式会社WHDCアクロディア(以下、アクロディア)は、2025年8月、ゴルフ場利用者の利便性向上と運営効率の改善を目的とした「ゴルフ場向け表示技術」に関する特許を正式に取得したと発表した。本特許は、スポーツ×IT領域における同社の知的財産ポートフォリオをさらに強化するものであり、今後の事業展開において大きな推進力となることが期待されている。 特許取得の背景 近年、スポーツ業界全体でDX(デジタルト...

日立・川崎・シーメンスに学ぶ ― 鉄道AI活用と特許戦略の最前線

1. ライフサイクル全体を貫く「予知×最適化×自律化」 AIの主戦場は、(1)予知保全(異常検知・故障予測)、(2)工程最適化(生産・点検・要員配置)、(3)自律化(画像・3D認識による自動検査/警報)に集約されます。2024~2025年にかけては、クラウド/エッジ連携とデジタルツインの普及で「1拠点PoC」から「複数拠点・他社路線展開」へ局面が移りました。特にNVIDIA系スタック(Jetson...

菱ガス化、CO₂から未来を創る ― メタノール製造特許で描くカーボンニュートラルの道

世界的に脱炭素化の潮流が加速する中、石油・天然ガスに依存しない新たな化学品製造プロセスの確立は、日本をはじめとするエネルギー輸入国にとって喫緊の課題となっている。その中で、菱ガス化(仮称)は近年、「メタノール製造方法」に関する複数の特許出願・取得を通じて、次世代の化学原料製造に挑戦している。本稿では、同社の技術的背景と特許の特徴、さらに業界全体における位置づけについて詳しく見ていきたい。 メタノー...

キヤノン参戦!? 新特許が示す“シネマ級スマホ”の衝撃

世界的なカメラメーカーであるキヤノンが、ついにスマートフォン市場へ参入するのではないか―そんな観測が特許情報をきっかけに広がっている。これまでカメラ業界をけん引してきた同社がもしスマホ分野に本格的に乗り出すとすれば、その意味は非常に大きい。単なる「カメラが強いスマホ」ではなく、映画撮影レベルの表現力を一般消費者の手のひらに届ける可能性があるからだ。ここでは、新たに明らかになった特許の内容や、カメラ...

高精細×省電力を両立 半導体エネ研の酸化物半導体特許が拓く未来

近年、スマートフォンやタブレットに加え、テレビやパソコン用ディスプレイ、さらには車載ディスプレイに至るまで「大画面化」の潮流が加速している。高精細かつ省電力を両立したディスプレイが求められる中、バックプレーン技術の要となる半導体材料として、酸化物半導体が再び注目を浴びている。 こうした状況下で、半導体エネルギー研究所(半導体エネ研)が、大画面パネル向けの酸化物半導体技術に関する新たな特許を取得した...

I-ne、東大と共同で「化粧品用マイクロニードル技術」を特許出願 株価後場に上昇

化粧品ブランド「BOTANIST」や「YOLU」を展開するI-ne(アイエヌイー、東証グロース上場)は、東京大学との共同研究の成果として「新規化粧品用途におけるマイクロニードル技術」を特許出願したことを明らかにした。この発表を受け、同社株は後場に入り上げ幅を拡大。投資家からは「技術力の裏付けとなる知財戦略が進展した」との評価が寄せられている。 ■ マイクロニードル技術とは何か マイクロニードルとは...

EV急速充電の主導権争い シリコン負極材で韓国勢が優位に

電気自動車(EV)の普及において最大の課題の一つが「充電時間」である。ガソリン車に比べて充電に時間がかかることは、ユーザー体験を損ねる要因となってきた。しかし近年、バッテリー技術の革新、とりわけ「シリコン系負極材」の実用化が進むことで、急速充電の実現に大きな期待が寄せられている。こうした中、韓国のLGエナジーソリューション(LGES)やSKオンが、関連する特許ポートフォリオの拡充によって、中国最大...

知財で支える防災社会──特許技術がもたらす安全と創意

知財を活用して防災を支える技術と創意の力 私たちの生活は、地震、台風、豪雨、火山噴火といった自然災害の影響を受けやすい環境にあります。災害によって命や財産が脅かされるだけでなく、社会インフラや経済活動にも大きな影響を与えます。こうした脅威に備えるためには、防災技術の開発や迅速な対応が不可欠ですが、近年では「知的財産(知財)」の活用が防災力向上に大きく寄与することが注目されています。 特許技術が支え...

View more


Summary サマリー

View more

Ranking
Report
ランキングレポート

海外発 知財活用収益ランキング

冒頭の抜粋文章がここに2〜3行程度でここにはいります鶏卵産業用機械を製造する共和機械株式会社は、1959年に日本初の自動洗卵機を開発した会社です。国内外の顧客に向き合い、技術革新を重ね、現在では21か国でその技術が活用されていますり立ちと成功の秘訣を伺いました...

View more



タグ

Popular
Posts
人気記事


Glossary 用語集

一覧を見る