配送業務の物流DXがつなぐ、人・モノ・世界

本インタビューでは、物流業界を牽引してきた日立物流が、アナログからの脱却を目指し業界初となる物流DXに取り組んだ背景と事例を解説していただきました。常に現場のニーズや実状に寄り添った開発の姿勢と、知財に対する重要性の共有度の高さは、技術の高さをさらに後押しし、物流にとどまらない消費行動の大きな枠組みへとアプローチします。

関係者が多岐にわたる業界ゆえの配慮や、技術ありきではない開発・知財のスキームなど、あらゆる事業規模での知財戦略のモデルとなる貴重なお話をうかがいました。

PROFILE

鈴木 智子

TOMOKO SUZUKI

兵庫県立大修士課程卒後、電気機器メーカーで約20年にわたり知財業務に従事。

2017年(株)日立物流入社、法務部担当部長兼DX戦略本部IDコラボレーション部担当部長。同社グループの知的財産担当として経営と一体での知財戦略を推進。

物流DXに関わるビジネスモデルの創出および知財化、スマートロジスティクス(®)関連技術の特許取得、ビジネスコンセプトLOGISTEED(®)の保護推進など、物流業界のゲームチェンジャーをめざし取り組んでいる。

「物流」とは何なのか

日立物流が掲げるビジネスコンセプト「LOGISTEED(ロジスティード)」は、物流技術のこれまでを大きく変える、業界の常識を塗り替えるゲームチェンジャーになるべく生まれたキーワードだ。

物流と訳される英語のLogisticsに、Exceed(超える)、Proceed(進める)、Succeed(成功をもたらす)、そしてSpeedを融合した造語で、ロジスティクスを超えてビジネスを新しい領域に導いていく意思が込められているという。同社は、ビジネスと世界に新しい未来を実現していく想いを込め、4月1日に「ロジスティード株式会社」へと社名を変更する。

「単に物流という枠組みを超えて、物流・商流・金流・情報の4つの流れを束ねる」と語ってくれた鈴木智子氏は、ここ3年ほどで大きくシフトチェンジしていく自社と業界の様子を俯瞰する。本インタビューでは後に紹介する輸送DX「SSCV」がメインとなるが、「知財戦略自体も(技術・開発自体を主体とした)フィジカルな出願から、ビジネスモデルの特許や、ビジネス関連特許に会社としてもシフトしている」と、潮が満ちるようにゆるやかに、しかし圧倒的スピードで進む「今」の実感を伝えてくれた。

「日立物流は、3PL(サード・パーティー・ロジスティクス:企業の物流業務の包括的受託)をメイン事業としている会社です。荷主の商材をお預かりし、倉庫で保管し、自社や協力会社さんの配送車をつかって倉庫から店舗などに届けていく一連のシステム。その既存事業もやりつつ、新しいデジタル分野の物流DXを仕掛けているところです。」

物流DXの背景と企画当初について、「『物流』、つまり商品を運び繋ぐ役割というのは、そもそもが消費活動の中における部分的な関わりなんです」との前提に立ち返る。物が運ばれる前後には当然消費者の購入行動が、そしてその前には広報などの情報や企画、事業者側の価格設定やマーケットリサーチなど、連環するあらゆる思考が存在している。物流自体を扱いながら、情報の流れや商流・金流も直接的でないにせよ総合的にアイデアを出す機会もある同社は、物流を突き詰めるほどに、商品価値を高めるためには全体を知る必要がある、というジレンマにぶつかった。 商流・金流・情流も含め、ひとつのプラットフォームとして束ねられないか?

たとえば在庫管理などを通してキャッシュフローを改善する取り組みなどはできないかと、そう考え始めたのだそうだ。

物流の現場にはアナログ業務が煩雑に山積しており、導入されたシステムやロボットはそれぞれが独立制御されていて、情報と情報を連携させる作業はひとつひとつ人間が行っている。同社はそこに風穴をあけるべく大きな一歩を踏み出した。

アナログの業界を切り開く一歩

「まずは今、デジタルになっていないところを個別にデジタル化していくサービスが必要。部分的な足元のDXを進め、次に我々が関わるところはすべてデジタル化する。そしてそこから、導入企業の現状にあわせて最適化していく」と展望した同社は、アナログ要素を順に改善して特許を取得。特に出願件数が多いのが、今回紹介する輸送デジタルプラットフォーム「SSCV(Smart & Safety Connected Vehicle)」だ。

倉庫業務の前後には輸送フローがあるが、輸送をスムーズに行うためには、荷物とトラックの予定を合わせねばならない。当たり前に思うかもしれないが、この始点と終点がうまくマッチングしないと輸送は成立しない。この根幹部分のスケジューリングを、従来は歴の長い担当者が職人技で調整していたというのだから、大きなシステムを支える「人間の力」には舌を巻く。しかし一方で、マンパワーに依拠したオペレーションは早晩限界を迎える。社会課題となっている人手不足に対応するため、デジタル化・効率化する機能を導入したという。

「これはあくまで、物流全体を見たときのひとつの機能です。他にも、SSCVの中のサービスの一つとして、運転中の安全を担保する技術もあります。ドラレコをAIで解析し、事故になりそうな危ういシーンを抽出・分析しインシデントを減らしたり、リストバンド型のウェアラブル端末の生体センサーで運転中のドライバーの体調管理もしたり。

車両整備も効率化しました。配送に使うトラックなどは、日常的に点検を行っています。ただこれも紙の上でチェックをして、責任者がハンコを押して、紙を見ないと過去の点検状況の推移もわからないといった具合でした。それをデータ化して日常的に記録することで、予防整備によって突発的な車両故障をなくすなど副次的な効果も作り出せます。燃費を可視化してCO2値を見たり、ドライバー一人ひとりの運転のクセを読み解いて安全指導に役立てたりといったことができるようになる。安全にかかわる包括的取り組みを目指し開発してきました。」

あらゆる分野のDXが進んでいる現在であれば、イメージもしやすいかもしれないが、これを全くのアナログベースの中で開発・実装してきたのだから、業界においては頭一つ抜けています、というすがすがしい評にこちらも頷くばかりである。

現場のニーズを実現するコントロール・システム

アナログをデジタルへと移行させていく技術と並行して、すでに導入されていたばらばらのリソースをひとつにまとめるシステムも、物流DXの柱のひとつだ。新しいものを導入することは、それまでアナログであった分野であるほど難しい。

便利なのはわかるがこれまで通りやった方が楽だ、これまでに入れたシステムや機材をまるごと入れ替えないと機能しないのならコスト的に導入が難しい…といった現場の声は、新規導入に携わったことのある方ならリアルにイメージできるだろう。

RCS(リソース・コントロール・システム)は、そういった現場の感覚に寄り添い作られた、倉庫の中の自動化設備を管理するためのシステムである。

「もともと当社は、労働力不足を今後も続く大きな課題だと考えて自動化を進めていた企業です。その一方でこんな現場もたくさんあります。たとえば、アームロボットや自動運搬ロボットや自動倉庫が個別にIT制御されている。こうなると作業もコントロールも流れにならず、タスクは多いままです。設備会社がIT関係のソフトウェアを構築するのですが、当社は倉庫全体にあるそれぞれの既存設備をつなげるシステムを独自に作り、独立していた制御を一括化する倉庫DXに注力しました。」

このRCSを取り入れた倉庫には、様々な既存の自動化設備が入っているが、RCSひとつですべての情報・進捗が可視化できるという。荷主の数だけデータベースがあり、別々に発注を受け別々に動いていた機械たちの無限のN×Nに対し、倉庫を全体最適化していくシステムだ。このNにはもちろん人的資本も組み込まれていて、作業者が急な体調不良などで来られなくなるケースなどにも対応できる。出荷の作業工程をどう改善し組み替えればよいのかというスケジュールの再構成に慌てふためく必要はない。

「完全自動化できるのなら、それは最も簡単でしょう。でもそれ用に倉庫を新たに建てる必要があります。だからこそ既存の倉庫そのままで活用できるシステムのニーズは大きいです。既存倉庫では半分自動化・半分人力になりますが、人の作業の最適化も同時に行う…つまり人間の工程管理の最適化も範囲に入っていることで、現場ニーズにあわせた提案・実装が可能になります。」長く物流の現場を率いてきた同社だからこそ立てられる、技術ありきではなく、現場の改善ありきの戦略が輝いている。

時代を、ひとつ先へ

物流の新時代に切り込む同社は、個別の技術だけではなく、企業価値をどれぐらい大きくできるかというのが今後の知財戦略であると語る。

「役員レベルからも知財の重要性の理解・活用が推進されています。とはいえ知財ありきで、ということではなく、事業をしっかり組み立て推進・活用させ、そこに知財を組み合わせていきたいという考えです。ITでこれまでフィジカルのみだった物流会社を超えていくためには、知財戦略は非常に重要だという自覚は全社的にあります。正直、日本の物流会社ではなかなかない感覚だと思っています。ITやDX系の人材も積極的に採用していますし、グループ会社である日立物流ソフトウェアがメインでプログラムを作るので、物流会社とソフトウェアの会社が一体となって推進できているというのも業界では先駆的な取り組みなのではないでしょうか」

発明創出のスタイルにも特徴があり、事業部門や研究者から知財部門に届け出が出るのを待って動くといったような一般的な体制ではなく、知財部門自らが動いて事業部門と一緒に発明を作り上げていくという動きがあるという。

その上で、提携弁理士と都度相談ができる環境があり、どの情報をどう活用するか、どういう出願ラフを描いたら良いのかという相談がスピーディに行えることも推進力となっている。そこから細かい調査検討はあるとしても、初動が早く企画できるため、より広い権利範囲がとれる可能性は高い。最適な知財選択を行う余裕を作り出すだけではなく、能動的な知財部門の動きはパートナー企業等とのバランスを整え、新規性の高い情報伝達をも実現する。

「どうしても、発明者の提案書にたよりがちになってしまうが、メーカー以上にソフトウェアの分野では特に自分たちから動くことが大事だと考えています。弁理士さんのお力も借り、どういうスキームで発明提案書を作ればいいのかレクチャーしてもらってOJTで経験を積ませてもらいました。技術出身の者が多い知財部門が、その技術知識と知財の専門性を両輪に走ってくれています。」

今後は海外で活躍する日本企業にも信頼してもらえるような事業基盤を固めていきたいと展望するまなざしは熱く、一丸となって自らの企業価値、ひいては社会貢献に向き合う強い思いを胸に、同社は物流という大河を渡る。