工事現場の顧客価値を創出する、脱日本型・知財戦略


建設DXサービス「SPIDERPLUS」を提供するスパイダープラス株式会社(以下スパイダープラス)にて社外CIPO(知的財産最高責任者)を務める谷口将仁さん(株式会社MyCIPO・代表取締役)をはじめとした、知財・広報・IR担当者様に話をうかがいました。

従来日本型の研究開発の成果としての特許出願ではない、顧客満足・顧客価値を守るための想いのこもった知財戦略に、新たな特許の在り方の未来が見えてきます。具体的な基礎特許のご紹介とあわせてお送りします。

PROFILE

谷口 将仁

MASAHITO TANIGUCHI

上場企業からスタートアップまで、複数社のCIPO(最高知財戦略責任者)を歴任。
経産省から知財功労賞の受賞、内閣府から知財経営の成功企業として事例化。
株式会社MyCIPOを設立し、国内唯一のレンタルCIPO®事業を展開。
2022年よりスパイダープラスに参画。知財戦略を統括。

工事現場監督のあくなき戦い

スパイダープラスが続々と取得している一連の特許・サービスを紹介する前に、おそらく多くの読者にとって異業種であろう「建築業」の現場が、どのように仕事を進めているかについて共有するところから本項を始めたい。

というのも、各種の特許・サービスがいかに価値あるものかをお伝えするためには、まさにそのサービスを必要としている人たち、今回であれば建築に携わる方達が抱えている課題を認知してもらうことが土台になるからだ。

工事現場には「現場監督」がおり、その業務は多岐に渡るが、最も時間の掛るのが毎日の検査・レポーティングである。法律にのっとり、現場での施工が適切に行われているかを、自分の目と大量の写真で確認をし、それを帳票化する。現場が大きくなるほど当然写真は増え、1日に数百枚を処理することも珍しくない。その一つ一つが仕様通りに行われていることを確認する膨大な作業だ。

建設現場においてはまだまだICT化が進んでおらず、このレポート作成においては、以下のような地道な方法が取られているケースも多い。

・デジカメ、スマートフォンなどで撮影された写真をPCフォルダに移す
・1枚1枚ファイル名をリネームする
・写真を帳票であるExcel上に手作業で配置していく

誤解を恐れずに言えば、「まだそんなことを?」というようなPC作業を、しかし誠実に懸命に夜なべして行っている現場監督が、2020年台になった今なお存在しているというのだ。

また、現場で施工に問題のある箇所を見つけたとする。その場合どうするかというと、現場の各所を誰が担っているのかという情報が記載された「施工体制図」をデータ、あるいは貼りだされている紙面で確認し、時には事務所に置いてある資料を取りに往復してから、該当の担当者を探して声をかける…といった、これまた地道な仕事か行われる。

25年前の創業当時、スパイダープラスがまだ工事の請負会社であった頃、しばらくこうした現場の文化にのっとり、アナログ図面に線を引きペンだこを作っていた創業社長・伊藤氏は、2010年を超えiPadが登場した頃、「世の中はこんなにIT化を謡っているのに私たちはなぜ色鉛筆を握って紙に埋もれているのだ」と、建設業の課題を解決するべく自社を建設業のDX化を推進する今の会社へと進化させた。これが、工事現場監督の業務に画期的なメスを入れることになる。

特許技術が救う、建築業のDX化

こういった背景の上に、スパイダープラスはタブレットで完結する現場監督業務の仕組みを作り上げた。

「大量の現場写真は、すべて図面上に表示される各所のカメラアイコンに直接収納できるようになりました。サービス上でカメラアイコンを押せば、そのままタブレットで撮影ができる。撮影データはそのまましかるべき場所に格納され、アイコン上に撮影完了枚数が通知の数字のように表示される仕組みです。ただデータ保存ができるだけでは、アイコンをタップして、写真を確認して、という手間が挟まりますが、枚数表示機能もつけることで、確認作業時間は90%近く短縮されました。」と、同社にて知財戦略を統括する谷口氏は説明する。

谷口氏は自身の会社も経営しつつ、社外から知財責任者の役割を引き受けている日本初の「レンタルCIPO®」である(※「レンタルCIPO」は、株式会社MyCIPOの登録商標です)。

先に紹介した基本特許技術「写真枚数表示」の機能により、直感的に撮影した写真枚数が分かるため、検査進捗を簡単に把握することが可能になり、また写真の撮影漏れやクラウドで共有された情報の確認漏れなど現場作業の手戻りを防止でき、(コーポレートサイトより)作業負担は激減した。

続く特許は「写真指示削除」で、これは同サービス内で写真撮影の指示(どの向きからどのような部位を何枚撮影するのか、など)を矢印なども用い可視化するとともに、撮影完了時にその指示を削除できるようにすることで進捗管理をしやすく、見落としを格段に減らす技術である。もちろん、こうして準備された写真データをもとに、ボタン一つで帳票を吐き出すことも可能である。

そして、多数の事業所の方がかかわる複雑な施工体制図もすべてサービス内で閲覧、指示、連係できるようにと「施工体制管理」の特許技術が組み込まれている。これまで物理的な移動や、事業所ごとのUIの違いに文字通り奔走していた現場監督者の仕事は、タブレット上でワンストップで完結できるようになった。共有もクラウドで行われ、伝達不足によるヒューマンエラーのリスクも減る。

「デジタル化されていない現場」を知っていただければ、これらの特許技術がどれほど働く人にとって心強く、大願であったかについては語るまでもない。

基本から海外展開まで「攻める」知財戦略

これらの画期的な技術・特許があるのは、スパイダープラス内に確固たる知財への方針があるからだと谷口氏は語る。

「社内では、売り上げから逆算して特許を取る形にしています。日本企業は昔から研究開発の成果を出願していくというスタンスで特許を扱うケースが多く、事業化に繋がっていかない。一方でAmazonやGoogleは売上、つまりお客さんが価値を感じてくれた部分、その顧客価値を知財で特許として押さえるという方針で、うちも同じです。自社の顧客価値をきちんと定義して、その価値を日本一・世界一にするためのアイデアを発明に昇華して、特許を取って守っているというのが知財戦略の全体方針です。戦略的に取り組んでいますよ。」

「施工体制管理」の特許についてプレスを出した直後、投資家たちが一気に立ち上がったのも、時の運ではなくこだわりぬいた戦略ゆえ。プレスの時点でIRと協力し、業界の根深い課題を解決している特許の本質が伝わるように、文面に強く留意して表現しているのだそうだ。

「実際、これまでどれだけ大変だったかがわかると、特許の価値の高さが伝わります。建設業界の人には確実に刺さるし、そうでない人にも価値が伝わるように背景を丁寧に書きました。」実際コーポレートサイトやプレスを見れば、専門外の人間でもするすると情報が入ってくるのがわかるはずだ。

「知財情報を開示は、コーポレートガバナンス・コードの改訂を受けて行っています。日本の会社はまだまだ開示する企業は少ないですから、うちは知財ガバナンスを先行してやっている企業ですね。」

同社は2020年に上場しているが、IPOに向けて企業価値を上げていくために知財戦略に本腰を入れた。それ以前からサービスを始動していた同社は、タブレットがWebの延長としかまだ認知されていない2010年台から業界内において先駆的な存在であったため、後追いされる立場であったことも知財を重視した大きな理由だと谷口氏は語る。当時外部顧問的立場だったところから、IPO後さらなる戦略を展開すべく、正式に執行役員として加わった。

スパイダープラス株式会社が各国で取得した様々な商標や特許の登録証

そしてサービスの進化、特許取得を重ねながら、今後は東南アジアへの進出も検討中だそうだ。すでにPCT国際出願の調査レポートで「特許性あり」が出ているので、検討が進み次第、その国に移行しマーケットを展開していく予定だ。

「東南アジアは日系の建設会社のメインどころの海外進出先です。国土が日本の様に狭くて、そこに建物を作るとなると高層に作ることになる。だからこそ安全性のある日本の会社が受注していっている、そこに我々のニーズがあると考えています。現地のグループ会社にも導入してもらったりね。」と、どこまでもロジカルに谷口氏の、そしてスパイダープラスの知財戦略は続く。

ゆえに、「守る」知財。

最後に、日本ではまだ新しい積極的で緻密なこれらの知財への考え方は、決して温度のない冷徹なものではない、ということをお伝えしたい。

当初は社内で自分たちの仕事を楽にするために生まれた技術だったそうだ。それを、共に働く現場の人たちとともに悩み、声を取り入れながら研ぎ澄ませていった、そういった「これまで」の縁や重なり合った技術の層を守るのにも、特許取得は大きな意味があったという。

「お客さんたちと一緒に作ってきた機能を守っていこうというのが最近の社内の流れです。自分たちが現場にいたからこそ見えた課題や実状、そこにお客様の監修が加わったからこそ、現場で堪えうる専門性の高さと品質が保持されています。価値を一緒に作るというか、顧客価値を守るというのはそういったものを守ることにも寄与していると言えますね」と、同社で長く歴史を見守ってきた広報・佐々木氏も、当時を振り返りつつ語ってくれた。

「実は社長自身はIT分野にうとい(自称)ので、『自分でもわかるように』とはよく言われます。」場を和ませてくれた、その「視点」もまた、ともすれば心理的にハードルの高いICT導入を現場が受け入れ変革していくための誠実な気配りなのだろうと感じた。

特許を使って利益を上げる、あるいは技術を占有し業界内での舵取りをするといった形で注目されることも多い知財戦略だが、そこに守るものがあるがゆえに強く、真の意味での「戦略」が生まれるという、心地よい熱量があふれていた。



Latest Posts 新着記事

10月に出願公開されたAppleの新技術〜Vision Proの「ペルソナ」を支える虹彩検出技術〜

はじめに 今回は、Apple Inc.によって出願され、2025年10月2日に公開された特許公開公報 US 2025/0308145 A1に記載されている、「リアルタイム虹彩検出と拡張」(REAL TIME IRIS DETECTION AND AUGMENTATION)の技術内容、そしてこの技術が搭載されている「Apple Vision Pro」のペルソナ(Persona)機能について詳説してい...

工場を持たずにOEMができる──化粧品DXの答え『OEMDX』誕生

2025年10月31日、化粧品OEM/ODM事業を展開する株式会社プルソワン(大阪府大阪市)は、新サービス「OEMDX(オーイーエムディーエックス)」を正式にリリースした。今回発表されたこのサービスは、化粧品OEM事業を“受託型”から“構築型”へと転換させるためのプラットフォームであり、現在「特許出願中(出願番号:特願2025-095796)」であることも明記されている。 これまでの化粧品OEM業...

特許で動くAI──Anthropicが仕掛けた“知財戦争の号砲”

AI開発ベンチャーのAnthropic(アンソロピック)が、200ページ以上(報道では234〜245ページ)にわたる特許出願(または登録)が明らかになった。その出願・登録文書には、少なくとも「8つ以上の発明(distinct inventions)」が含まれていると言われており、単一の用途やアルゴリズムにとどまらない広範な知財戦略が透けて見える。 本コラムでは、この特許出願の概要と意図、そしてAI...

SoC時代の知財戦争──ホンダと吉利が仕掛ける“車載半導体覇権競争”

自動車産業が「電動化」「自動運転」「ソフトウェア定義車(SDV)」へと急速にシフトするなか、車載半導体・システム・チップ(SoC:System­on­Chip)を巡る知財・開発競争が激化している。特に、ホンダが「車載半導体関連特許を8割増加」させているとの情報が注目されており、同時に中国自動車メーカーが特許活動を爆発的に拡大しているとされる。なかでもジーリー(Geely)が“18倍”という成長率を...

試験から設計へ──鳥大が築くコンクリート凍害評価の新パラダイム

はじめに:なぜ“凍害”がコンクリート耐久性の大きな壁なのか コンクリート構造物が寒冷地・凍結融解環境(凍害)にさらされると、ひび割れ・剥離・かさ上がり・耐荷力低下といった劣化が進行しやすい。例えば水が凍って膨張し、内部ひびを広げる作用や、塩分や融雪剤の影響などが知られている。一方、これらの劣化挙動を実験室で迅速に・かつ実サービスに近づけて評価する試験方法の開発は、長寿命化・メンテナンス軽減の観点か...

Perplexityが切り拓く“発明の民主化”──AI駆動の特許検索ツールが変える知財リサーチの常識

2025年10月、AI検索エンジンの革新者として注目を集めるPerplexity(パープレキシティ)が、全ユーザー向けにAI駆動の特許検索ツールを正式リリースした。 「検索の民主化」を掲げて登場した同社が、ついに特許情報という高度専門領域へ本格参入したことになる。 ChatGPTやGoogleなどが自然言語検索を軸に知識アクセスを競う中で、Perplexityは“事実ベースの知識検索”を強みに急成...

特許が“耳”を動かす──『葬送のフリーレン リカちゃん』が切り開く知財とキャラクター融合の新時代

2025年秋、バンダイとタカラトミーの共同プロジェクトとして、「リカちゃん」シリーズに新たな歴史が刻まれた。 その名も『葬送のフリーレン リカちゃん』。アニメ『葬送のフリーレン』の主人公であるフリーレンの特徴を、ドールとして高精度に再現した特別モデルだ。特徴的な長い耳は、なんと特許出願中の専用パーツ構造によって実現されたという。 「かわいいだけの人形」から、「設計思想と知財の結晶」へ──。今回は、...

“低身長を演出する靴”という逆転発想──特許技術で実現した次世代『トリックシューズ』の衝撃

ファッションと遊び心を兼ね備えた新発想のシューズ「トリックシューズ」が市場に登場した。通常、多くの「シークレットシューズ」や「厚底スニーカー」は身長を高く見せるために設計されるが、本モデルは逆に身長を「低く見せる」ための構造を意図しており、そのためにいくつもの特許技術が組み込まれているという。今回は、このトリックシューズの設計思想・技術構成・使いどころ・注意点などを掘り下げてみたい。 ■ コンセプ...

View more


Summary サマリー

View more

Ranking
Report
ランキングレポート

海外発 知財活用収益ランキング

冒頭の抜粋文章がここに2〜3行程度でここにはいります鶏卵産業用機械を製造する共和機械株式会社は、1959年に日本初の自動洗卵機を開発した会社です。国内外の顧客に向き合い、技術革新を重ね、現在では21か国でその技術が活用されていますり立ちと成功の秘訣を伺いました...

View more



タグ

Popular
Posts
人気記事


Glossary 用語集

一覧を見る