9/21にAppleから出願公開された今回の技術は、ユーザーデバイス(例えば、ヘッドセットやスマホなど)を含む相対慣性測定方法とシステムに関して開示されています。
■仮想現実と拡張現実の魅力と課題
仮想現実(VR)は、私たちを全く新しい世界に連れて行ってくれる魅力的な技術です。ユーザーは、まるで別の空間に物理的に存在しているかのような感覚を味わうことができます。VRシステムは、立体的なシーンを表示し、そのシーンがリアルタイムでユーザーの動きに合わせて変化することで、深みのある体験を提供します。一方で、拡張現実(AR)は、現実の世界にデジタル情報をオーバーレイして、私たちの現実感を豊かにしてくれます。これらの技術は、ゲームからリモートコントロールのドローン操作、デジタルメディアの視聴、インターネットとのインタラクションに至るまで、多岐にわたるアプリケーションで利用されています。
ユーザー体験の課題
しかし、これらの技術にはまだ解決すべき課題があります。特に、移動中の車両などでVRやARデバイスを使用する際、ユーザー自身と車両の動きを正確に区別することが難しいという問題があります。たとえば、車が加速しているとき、ユーザーが静止していても、デバイスはユーザーが動いていると誤解する可能性があります。このような誤差は、ユーザーが感じる不快感や吐き気を引き起こす可能性があり、いわゆる「3D酔い」を引き起こします。
さらに、一部のVR/ARデバイスでは、慣性測定ユニット(IMU)からのデータを基にデバイスの位置を調整する技術が利用されていますが、これには「ドリフト」と呼ばれる小さなエラーが時間とともに蓄積する問題があります。これを補正するためにカメラや他のセンサーを使用するアプローチもありますが、移動する車両などの基準フレームで使用されると、正確な動きの認識が難しくなることがあります。これは、基準フレーム内でのオブジェクトの相対的な動きや、オブジェクト自体が動いている場合(他の車両など)に、誤った補正を引き起こす可能性があります。
このような課題を解決し、より快適で正確なVR/AR体験を実現するための新しいアプローチや技術が求められているのです。
<書誌情報>
発明の名称:Relative Inertial Measurement System with Visual Correction
公開番号:US2023/0296383A1
https://patents.google.com/patent/US20230296383A1/en?oq=US2023%2f0296383A1
特許権者:Apple Inc.
発明者:Arthur Y. Zhang 他
出願日:2023/5/22
公開日:2023/9/21
慣性計測デバイスの進化とそのインパクト
さて、前提となる技術的知識として、慣性計測デバイス(IMU)は、物体の加速度と角速度を計測するセンサーで、これにより物体の動きや姿勢を把握することができます。IMUは、航空機、船舶、自動車、ロボット、スマートフォン、ウェアラブルデバイスなど、多岐にわたるアプリケーションで使用されています。IMUの進化は、技術の進歩とともに急速に進んでおり、その小型化と精度の向上が進んでいます。
1.小型化とエネルギー効率の向上
IMUの小型化は、ウェアラブルデバイスやスマートフォンに組み込まれることを可能にしています。これにより、個々のユーザーの動きをリアルタイムで追跡し、データをクラウドにアップロードすることで、パーソナライズされたサービスやフィードバックを提供することが可能になります。
2.精度の向上
IMUの精度が向上することで、より正確なデータが得られ、これを基にしたアプリケーションやサービスの質が向上します。例えば、自動運転車においては、IMUのデータが車両の正確な位置や動きを把握し、安全で効率的な運転をサポートします。
3.多様なアプリケーションへの応用
IMUの進化は、その応用範囲を広げています。Appleの特許では、車両だけでなく、ユーザー自身の動きも計測しています。これにより、例えば健康管理アプリケーションにおいて、ユーザーの運動パターンや生活習慣を詳細に分析し、個別のアドバイスやフィードバックを提供することが可能になります。
4.リアルタイムデータ処理
IMUから得られるデータをリアルタイムで処理し、即時のフィードバックやコントロールが可能になります。これは、自動運転車やドローンにおいて、瞬時の判断とアクションが求められるシチュエーションで特に重要となります。
5.組み込みシステムとの連携
IMUは、他のセンサーやシステムと連携し、より豊かなデータセットを生成します。これにより、システムはより正確で洗練された判断を下すことができ、ユーザーにとって価値あるインサイトやサービスを提供することができます。
Appleの特許におけるIMUの利用は、これらの進化を踏まえ、車両やユーザーの動きをどのように計測し、そのデータをどのように活用して新しい価値を生み出すのかについて、新しい可能性を示しています。
組み込まれた慣性計測デバイスとその応用
Appleの特許では、慣性計測デバイス(IMU)が車両に組み込まれ、その動きを精密に追跡することで、ユーザーと車両とのインタラクションをリアルタイムで測定、反映させます。
1.独立したIMUデバイス(図17A参照)
図17Aでは、慣性計測デバイス1702が独立したデバイスとして車両に取り付けられる様子を示しています。このデバイスは車両と一体化して動き、ユーザーの動き(特にユーザーの体の一部)とは独立して動作します。ユーザー1710は、デバイス1702を車両1708にストラップで固定したり、ベルクロやマグネット、クランプ、吸盤などを使用して取り付けることができます。この独立したIMUデバイスは、車両自体の動きを精密に追跡し、そのデータを利用して様々なアプリケーションやサービスをサポートします。
2.車両に組み込まれたIMU(図17B参照)
図17Bでは、慣性計測デバイス1704が車両1708に組み込まれている例を示しています。このIMUは、車両の各部分(例えば、トラクションコントロールシステムや安定性コントロールシステムなど)と一体化して動作し、車両の動きをリアルタイムでモニタリングします。組み込まれたIMUは、車両の安定性を高め、異常な動きを早期に検知することで、安全運転をサポートすることができます。
3.ユーザーが携帯するデバイスに組み込まれたIMU
図17Cでは、慣性計測デバイス1706がユーザーが携帯するデバイス、例えばスマートフォンやタブレット、スマートウォッチなどに組み込まれている例を示しています。このIMUは、ユーザーが車両に乗っている間、携帯デバイスが車両と一緒に動くことを利用して、車両の動きを追跡します。例えば、ユーザーのポケットに入れられたスマートフォンは、車両の動きと同期し、そのデータを利用して様々なサービスやアプリケーションを提供することができます。
これらの慣性計測デバイスは、ユーザーと車両とのインタラクションを多様化し、新しいユーザー体験を生み出す可能性を持っています。車両の動きをリアルタイムで把握し、そのデータを利用して、安全、エンターテインメント、ナビゲーションなど、多岐にわたるアプリケーションやサービスを提供することが可能になります。
ポータブルデバイスとの連携における慣性計測デバイスの役割
今回公開された特許では、ポータブルデバイスと車両の動きを同期させることで、新しいユーザーエクスペリエンスを提供するアプローチが採用されています。ここでは、図17Cを参照しながら、ポータブルデバイスに組み込まれた慣性計測デバイス(IMU)の役割と応用について説明します。
1.ポータブルデバイスに組み込まれたIMU
図17Cでは、慣性計測デバイス1706がユーザーが携帯する多機能ポータブル電子デバイスに組み込まれています。このデバイスは、例えばスマートフォン、タブレット、ラップトップ、スマートウォッチなど、ユーザーが日常的に持ち歩くものです。ユーザー1710がこのデバイスをポケットに入れたり、バッグに入れて持ち歩いたりすることで、デバイスは車両と一緒に動きます。
2.車両とユーザーの動きの同期
ポータブルデバイスに組み込まれたIMUは、ユーザーが車両に乗車している間、車両の動きを追跡し、そのデータを利用して様々なアプリケーションやサービスを提供します。例えば、ユーザーのポケットに入れられたスマートフォンは、車両の動きと同期し、そのデータを利用してナビゲーションサービスやエンターテインメントサービスを提供することができます。
3.ユーザー体験の向上
ポータブルデバイスと車両の動きを同期させることで、ユーザーは車両の動きに連動した情報やサービスをリアルタイムで受け取ることができます。例えば、車両の動きに合わせてナビゲーションが更新され、または車両の動きに連動したゲームやエンターテインメントコンテンツを楽しむことができます。
4.安全とセキュリティ
ポータブルデバイスに組み込まれたIMUを利用することで、車両の異常な動きや事故を早期に検知し、ユーザーに警告を提供することも可能になります。また、車両の動きのデータを解析することで、運転の安全性を向上させるフィードバックをユーザーに提供することも考えられます。
この発明を適用すると、例えば、仮想現実(VR)や拡張現実(AR)の体験において、ユーザーが車両内で動く際にデバイスの動きを正確に追跡し、ユーザーの動きと車両の動きを区別することが可能となります。わかりやすくいえば、次図に示すように、ユーザーの動きと車両の動きとをそれぞれ別々に把握し、ときには両者をミックスして、その相互作用をあわせてアプリケーションに反映させることもできるということになります。
実用化された場合の未来像
この特許が実用化された場合、多くの面で革新的な変化がもたらされ、特にバーチャルリアリティ(VR)や拡張現実(AR)の体験、そして車両とのインタラクションにおいて新しい可能性が広がります。以下、いくつかの未来像を描いてみましょう。
1. よりリアルなVR/AR体験
慣性計測デバイスを使用してユーザーと車両の動きを精密に追跡することで、VR/AR体験が飛躍的にリアルになります。例えば、VRゲームやシミュレーションにおいて、ユーザーが物理的な車両(例えば、自転車やスケートボード)を操作する動きがリアルタイムでデジタル空間に反映され、より没入感のある体験が可能になります。
2. 安全な運転支援
車両に組み込まれた慣性計測デバイスは、車両の動きを正確に把握し、異常な動きや危険を予測して警告するシステムをサポートします。これにより、運転の安全性が向上し、事故のリスクが低減する可能性があります。
3. スポーツやフィットネスの新しい体験
ユーザーの動きと車両の動きを同期させることで、スポーツやフィットネスのトレーニングにおいても新しい体験が生まれます。例えば、サイクリングのトレーニングをVRで再現し、実際のロードバイクを使用してバーチャルなコースを走る体験が可能になります。
4. リモートコントロールの進化
慣性計測デバイスを使用して、ユーザーの動きをリモートコントロールに変換することで、ドローンやロボットなどの遠隔操作がより直感的で正確になります。これにより、例えば災害地域での救助活動など、リモートコントロールが必要なシチュエーションでの操作性が向上します。
5. エンターテインメントの拡充
アミューズメントパークやイベントスペースでは、慣性計測デバイスを利用して、来場者がリアルな車両(例えば、コースターカー)を操作しながらバーチャルな空間を体験するアトラクションが登場するかもしれません。これにより、現実とバーチャルが融合した新しいエンターテインメントが楽しめるようになるでしょう。
6. モビリティサービスの向上
モビリティサービスにおいても、ユーザーの動きや車両の状態をリアルタイムで把握し、それに基づいてサービスを最適化することが可能になります。例えば、シェアリングサービスにおいて、ユーザーの運転スタイルや車両の使用状況をデータとして蓄積し、サービスの改善や新しいプランの提案を行うことができます。
これらの未来像は、この特許技術が実用化されることで、多くの産業やサービスにおいて新しい価値を生み出し、私たちの生活を豊かにする可能性を秘めています。もちろん、これらの技術が社会に浸透するには、技術的な課題やプライバシーの保護、法的な規制など、様々なハードルが存在しますが、テクノロジーの進化とともに、これらの未来像が現実のものとなる日もそう遠くないかもしれません。
ライター
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