ダイソンのジェットアクシスコントロールが特許化


日本では10年に一度の寒波が到来しているということで、実は筆者もファンヒーターで足元を温めながらこのコラムを書いています。

筆者が使用しているファンヒーターは安い電気ヒーターなのですが、家電量販店に行くとハイエンドな製品がたくさんあり、それらはやはり機能豊富で憧れますよね(値段もハイエンドですが)。そんなハイエンド家電の代表の一つが、ダイソン社の製品ではないでしょうか。掃除機が有名ですが、最近ではドライヤーや扇風機、空気清浄機なども発売され、どれも独特の斬新なデザインが目を引きます。特に寒い昨今、ダイソンの空気清浄ファンヒーター(製品名:Dyson Purifier Hot+Cool)が欲しいなあ、などとウェブカタログを眺める日々です。とても手が出ませんけどね。

今回のコラムでは、ダイソンの扇風機など『ファン組立体』に搭載されているノズル、「ジェットアクシスコントロール(参考:https://youtu.be/SnIm0hGEAtw)」が昨年2月に特許登録されたので、紹介してみたいと思います。

首振りせずに風の向きをコントロールする

今回紹介する特許は、ダイソン・テクノロジー・リミテッドによる特許7031024号です。イギリスから2019年6月19日に国際出願され、日本では2022年2月25日に特許となりました。発明の名称は「ファン組立体用ノズル」です。

この発明は、敢えて簡単に言ってしまえば、従来は首振りをして風の向きを変えていたけれど、首振りしなくても風の出口にルーバー(羽板)をつけて風の向きを変えられるようにしました、というものです。図でみるとよくわかります。図1は従来のもの、図2が今回の特許発明です(上からみた断面図)。

図1 従来のダイソンの送風機

図2 今回の特許発明

今回の特許発明では、風が出るノズルの先に何やら付いている、というのが見て取れます。これが自動で風の向きを変えるためのルーバーです。

風の向きをルーバーで変えるだけなら何も新しくない

しかし、これだけでは、読者の方の中には、「それって何が新しいの?これで特許なの?」と思う方も一定数いると思います。だって、風が出てくるところに、その風の向きを変えるルーバーをつけるなんて、クルマのエアコンの出口をみればわかるとおり、ごく普通に使われている技術じゃないですか。扇風機につけるのは新しいかもしれませんが、送風出口にルーバーをつけること自体は、それほど技術的困難性はないように思えます。

特許化するためのテクニック?があった

本発明は、実は単に風向きを変えるだけの発明ではないんです。ちょっと長いのですが、本発明の特許請求の範囲を、最初の請求項1だけ見てみます。(全部で請求項は30あります)

【請求項1】

  • ファン組立体用のノズルであって、
  • 空気入口と、
  • 空気流を放出するための第1の空気出口及び空気流を放出するための第2の空気出口であって、前記第1及び前記第2の空気出口が組み合わされて前記ノズルの統合空気出口を定める、第1の空気出口及び第2の空気出口と、
  • 前記空気入口と前記第1及び第2の空気出口との間に延びる単一の内部空気通路と、
  • 前記空気入口から前記第1及び第2の空気出口への空気流を制御するバルブと、
  • を備え、
  • 前記バルブは、前記ノズルの前記統合空気出口のサイズを一定に保ちながら、前記第2の空気出口のサイズに対して前記第1の空気出口のサイズを調整するために移動可能な1又は2以上のバルブ部材を備え、前記空気出口が収束点に向けて配向される、ノズル。

いかがでしょうか。特許の文章は難解で何を言っているかわかりにくいと感じる方も多いかもしれませんね。この請求項の最後の部分だけに注目してください。「空気出口が収束点に向けて配向される、ノズル」とあります。実はこれが新しいのです。これが特許なのです。単に風の向きが変わるだけなら従来からある技術です。

しかし、複数の空気出口から出てくる空気が、あるところで収束するようになっているというわけです。図をみればよくわかります。以下の図のように、ある収束点に向って風を集めることが可能、ということですね。ノズルの向きは2つの空気出口で正反対になっていることが見てとれます。

このように風を収束させることで、この収束点で空気が衝突し、相対的に空気の流れの強度が増します。これは、単一の空気出口から出てくる風だけを用いることに比べて、エネルギー効率がよく、送風のためのモーターを強く動かす必要がなく、より動作音を静かに抑えることができるという効果が得られるのだそうです。もちろん、空気の流れを収束させずに「発散」させる使い方も開示されていますが、特許権としては上述のように「収束させることができる」点が特許なのです。

なお、このような発散させるような空気流は、室内暖房などに効果的だそうです。

当たり前の技術を当たり前じゃなくした点がスゴイ!

以上説明したとおり、風向きをルーバーで変更することは、それだけで見れば古くからある、ごく当たり前の技術です。しかし、多くの人は扇風機の首振りという昔からある技術態様に縛られて、複数の空気出口からの空気流を、全て同じ向きにすることを考えてしまうことでしょう。そのような固定観念を打ち破ったところに、本発明の素晴らしさがあるのです。

このようなちょっとした発想の転換で新しいものを生み出すという点は、大いに見習いたいものですね。さすがダイソン、やっぱり普通じゃありませんでした。




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