原価400円のコロナワクチンが3000円に・・・「特許制度」はこのままでいいのか?


2022年6月にジュネーブで開催された世界貿易機関(WTO)の閣僚会議で、新型コロナウイルス感染症のワクチンのことが重要議題として討論されたことについてYAHOOJAPANニュースが22年7月17日伝えている。

WTO閣僚会議は、本来は隔年のはずだが、新型コロナの影響で開催できなかったため4年半ぶりの会合だという。WTOと言えば、自由貿易を維持拡大させるために結成された機関だったが、それだけにとどまらず、世界で市場経済を推進する役割を果たしているグローバルな組織として知られる。

最近では、世界の多極化を背景として、各国の経済的思惑がぶつかり合って、議論がまとまらないことも多くなっている。また、高所得国や国境を越えて活動する巨大な多国籍企業(トランスナショナル企業)の利益を守ることに偏っているとして、市民社会から批判されることも増えてきている。
そのためかつては、経済グローバル化の一方的な拡大に反対する市民運動のデモや抗議活動で、WTO閣僚会議の会場が取り囲まれることもあった。そんな世界貿易に関する会議で、ワクチンが議論されている理由は、世界各国での特許権(知的所有権)制度が、WTOでの国際的な取り決め(TRIPS協定)に左右されるからだ。

具体的に懸念されているのは、ワクチンの特許権の保護によってワクチン価格が高止まりして、低中所得国でのワクチン接種が進まなくなることだ。新型コロナは世界に拡大した感染症(パンデミック)であり、一部の裕福な国家の国民だけがワクチン接種を受けても、根本的な解決にはならないとされる。

世界のどこかに新型コロナウイルスの流行地域が残っていれば、そこで突然変異を起こして、再び世界に拡大しパンデミックになるリスクがあるからだ。つまり、新型コロナの制圧にワクチン接種が重要だというならば、高所得国だけでなく低中所得国も含めて、グローバルにワクチン接種をすすめることは必須となる。では、ワクチン価格に特許はどの程度関係しているのだろうか? 

ワクチン価格と知的所有権

ワクチンの特許権というのは、「そのワクチンを発明した企業だけが期間を区切って独占的に製造販売を行う権利」を意味している。つまり、特許が有効な期間内ならば、他の企業はそのワクチンを製造が禁止されるないしは、契約して特許料を支払って製造販売することになる。そして、独占的に製造販売できる以上、特許権を持つ製薬企業は、買い手が支払い可能な限りどんな高い価格でもつけることはできる。モデルナ社を例にとってみよう。

2021年の新型コロナのワクチンの売上高は180億ドル(1ドル135円だと2兆4000億円)で、税引き前利益で130億ドル(1兆7000億円)なので、利幅約7割になる(ちなみにファイザーのワクチンの売上高は370億ドル(5兆円)である)。

モデルナのワクチンの場合、契約時の条件にもよるが、ワクチン自体の市場価格は1回の接種で19~37ドル、平均すれば3000円くらいとなっている。だが、国際NGOであるパブリック・シチズンの試算では、原価は1.18~2.25ドル(160~380円)と推定される。

ちなみに、アストラゼネカ社のワクチンの場合は、開発の中心となったオックスフォード大学との取り決めで、パンデミック期間中は利益を上乗せしないことになっており、市場価格は3ドル(400円)とされる。この数字を見ても、おそらく、新型コロナのワクチンの原価についての先ほどの試算は正しいとわかる。

日本には「薬九層倍」(薬の売値は原価に対して極端に高く、時には9倍にもなる)ということわざがあるが、まさにその通りといってもよいだろう。しかも、モデルナのワクチンの基礎技術は、主に米国での公的資金による研究がもとなので、研究開発は自己資金ではなく税金で賄われていることになる。さらに、その実用化については、低中所得国でも利用可能な安価なワクチン提供を目的とする官民連携ファンド(感染症対策連合CEPI)の支援を受けている。

貿易問題としてのワクチン

新型コロナのパンデミックを受けて、2020年10月に、インドと南アフリカは新型コロナのワクチンの特許権を一時的に放棄することを提案した。ワクチンを製造販売する企業と米国やEUは、そ
の提案に猛反対したため、WTOでの協議が続いていた(後に米国は態度を少し軟化させた)。

ワクチンの特許権保護を厳格に行うべきとの欧米の主張の背景には、製薬企業による政府へのロビイング活動があると考えられている。一方でインドと南アフリカの提案も人道的理由だけではない。欧米に比べて新薬の研究開発では後れを取っているものの、既存の医薬品(ジェネリック医薬品)の大量生産と輸出に秀でた国内製薬産業を有しているという背景がある。

20世紀末に生じたエイズのパンデミックの際にも、エイズ治療薬の価格をめぐって同様の対立があった。そのときは、2001年にカタールのドーハで行われたWTO閣僚会議で、公衆衛生に関わる緊急事態では加盟国は特許の強制実施権を有する、つまり国際条約であるWTO協定を国内では一時棚上げにできることが確認された(ドーハ宣言)。

その結果、インドなどでの大量生産が可能となって、市場での競争の結果、エイズ治療薬の価格は数十分の一となった。こうして1日1ドル程度でのエイズ治療が可能となったことで、世界で多くの命が救われたことはいうまでもない。

グローバルな正義という視点

新型コロナのワクチンの製造には、遺伝子操作などの高度なバイオテクノロジーを用いることが必要だ。そのため、ワクチンそのものの分子式や製法の特許が公開されただけで、簡単に安全な製品が作れるようになるとは限らない。だから、特許権を免除してもワクチン供給量の拡大にはつながらないためその必要はないと、ワクチン製薬企業側は主張している。

そのいっぽう、ワクチン特許の独占に批判的な側は、だからこそワクチンの製造プロセスの特許権だけではなく、製造ノウハウや臨床試験のデータなどの関連技術の特許権(知的所有権)の放棄も必要だと主張している。そうすることで初めて、ワクチンの供給が拡大し、市場での実質的な競争が可能となり、ワクチン価格が適正なレベルまで低下するという見立てだ。

さらには、パンデミックというグローバルな緊急事態であることを考えれば、ワクチンだけではなく、新型コロナの検査技術や治療薬に関しても、人道的な観点から、一時的な特許権の放棄が必要だとの声もある。

ワクチンや医薬品のような生活必需品については、市場経済や企業収益や貿易という観点ではなく、人間の生命と尊厳という価値を第一に置くことが必要だろう。それだけではなく、特許権の過剰な保護は、市場経済を歪め、競争を阻害するという有害作用がある。

そもそも、特許権は、優れた技術が将来的には誰でも使えるようになることを前提とした上で、一時的に期間を区切って、発明者に独占価格という経済的インセンティブを与えるものだった。そう考えれば、競争を通じて優れた安価なワクチンが出回るようになるのが健全な市場経済の本来の姿ともいえる。

特許権による独占は、本来の意味の「権利」ではなく一時的な特権に過ぎず、その原則を例外的に棚上げしているだけだったはずだ。特許権による経済的インセンティブと独占販売による不当な利益の境目はどこにあるのか、それを決めるのは誰か、どんな手続きで決めるのが好ましいのか。グローバルな観点に立つと同時に、個々の人間の生命の価値を重視しつつ、改めて特許権のあり方を見直すことが求められている。


【オリジナル記事・引用元・参照】
https://news.yahoo.co.jp/articles/28bed33e59be85fd79680dc5bc9f65a4ba16a9f2


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