“老舗の知財”は守りではない――ミツカンが示した攻めの活用法


今回の受賞は、食品会社の表彰以上の意味を持つ

ミツカングループは、令和8年度の「知財功労賞」で特許庁長官表彰(知財活用企業〈特許〉)を受賞したと発表した。特許庁・経済産業省の公表でも、株式会社Mizkan Holdingsが特許庁長官表彰の受賞企業に含まれている。

このニュースは、一見すると「老舗食品企業が知財で表彰された」という穏やかな話に見える。だが実際には、かなり示唆的だ。なぜなら、知財功労賞で評価されたのは、単なる特許件数の多さではなく、知財を事業やブランドの価値向上にどう結びつけているかだったからである。ミツカン自身も、今回の受賞は「特許を単なる技術保護のための権利としてではなく、事業やブランドを育てる経営資産として活用してきた」点が評価されたものだと説明している。

ここに、いまの企業経営における知財の変化がよく表れている。かつて知財は、技術を真似されないための防御策として語られがちだった。だが現在はそれだけでは足りない。商品やブランドの強みを支え、協業や市場開拓を後押しし、経営判断の材料にもなる。つまり知財は、法務の話ではなく、事業そのものの話になっている。ミツカンの受賞は、その流れを食品業界の文脈で可視化した出来事だと言える。

評価されたのは「特許を取る力」より「ブランドに変える力」だった

ミツカンの発表によれば、今回の受賞で主に評価されたのは三つの点だった。第一に、ブランド価値の向上を軸にした知財戦略。第二に、知財を活かした協業先との連携と市場開拓。第三に、特許ポートフォリオの経営・事業への活用である。

この並びを見ても分かる通り、評価の中心は「特許をたくさん取っています」ではない。むしろ、特許を事業の中でどう使っているかが問われている。特に印象的なのが、知財部門が商品やブランドの企画段階から関わっているという説明だ。ミツカンは、お客様が魅力に感じる商品の強みを支える技術を早い段階で見極め、それがブランド価値の向上につながるかという観点で評価し、重点的に特許で保護しているとしている。さらに、その技術を商品発売時のPRや営業活動にも活用している。

これはかなり重要な発想転換だ。多くの企業では、商品ができてから「どこを権利化するか」を考えがちである。しかしミツカンのやり方は逆に近い。最初から「この商品の魅力は何か」「その魅力を支える技術は何か」を見定め、その技術を知財で押さえながら、発売後のブランド訴求にもつなげる。つまり知財が、研究開発の最後に出てくる手続きではなく、商品企画とブランド構築のかなり前の段階から組み込まれているのである。

ZENBのような新事業で、知財は“守る”だけでは足りない

今回の評価文脈で特に象徴的に扱われているのが、ミツカンのZENB事業だ。ミツカンは2019年に、野菜や豆など植物を可能な限りまるごと使うブランド「ZENB」を立ち上げ、健康や環境に配慮した新しい食を提案してきたと説明している。

新しい市場を切り開くとき、自社だけで完結できることは限られる。原料調達、加工、物流、小売、販路拡大など、さまざまな外部パートナーとの連携が必要になる。ミツカンは、ZENBで培った粉砕・加工技術などを知財として活用し、野菜調達、製造、物流、小売など各分野に強みを持つ協業先との連携を進めてきたという。特許庁長官表彰では、こうした知財を「守る」だけではなく、ともに活用する施策を協業先へ提案することで、新市場開拓につなげた点が評価されたとされている。

ここが面白い。知財というと、普通は排他権、つまり「他人を排除する権利」として語られる。だがミツカンの事例では、知財はむしろ協業を進めるための共通言語として機能している。自社にこういう技術の強みがある、だからこの部分で組める、こういう市場なら一緒に広げられる。そう説明できると、知財は閉じた防御壁ではなく、事業提携を進める交渉資産になる。これは食品会社の知財活用として、かなり先進的な使い方だろう。

食品企業だからこそ、知財の使い方が難しく、面白い

食品業界の知財は、半導体や製薬ほど派手に見えない。技術の革新性がそのまま特許の強さに直結する分野とは違い、味、食感、製法、原料配合、ブランドストーリー、流通との組み合わせなど、価値の源泉が多層的だからだ。そのため、食品会社にとっての知財は、特許だけで完結しにくい。

だからこそ、今回のミツカン受賞には意味がある。特許庁長官表彰の「知財活用企業(特許)」区分において、ミツカン自身が食品関連企業の受賞例は限られると説明している通り、食品分野で特許を経営資産として前面に打ち出す企業は多くない。

食品では、レシピをそのまま守るのが難しいことも多い。製造ノウハウとして秘匿したほうがいいものもある。商標やブランドのほうが効く場面もある。そんな中でミツカンが評価されたのは、特許を単独で万能視せず、ブランド、協業、事業判断と組み合わせて活用しているからだろう。食品企業にとって知財とは、技術を囲い込む武器というより、どこを公開して権利化し、どこを秘匿し、どこをブランドとして育てるかを設計する力に近い。その難しいバランスを、ミツカンはかなり意識的にやっているように見える。

ポートフォリオ分析を経営判断に使う発想が強い

今回の評価項目の中でも、特に経営寄りで興味深いのが、特許ポートフォリオの経営・事業への活用である。ミツカンは、特許を単なる権利ではなく、技術環境認識のためのツールとして活用していると説明している。具体的には、特許ポートフォリオ分析を通じて、出願の必要性を確認したり、協業可能性の判断材料にしたり、他社との交渉時に自社の技術的な強みやシナジーを説明する材料にしているという。

この考え方は、知財の役割をかなり広く捉えている。
特許は取った後に眠らせておくものではない。
自社がどの技術領域に強いのか。
競合がどこに集中しているのか。
どこが空白地帯なのか。
どこなら提携余地があるのか。

そうしたことを見渡すレンズとして使う。つまり知財が、法務や研究部門だけでなく、経営企画や事業開発の情報インフラになっているわけである。これは大企業なら当たり前に見えるかもしれないが、実際にはここまで徹底できている会社はそう多くない。ミツカンの受賞は、知財が「取る部署の成果」ではなく、「会社全体の判断精度を上げる仕組み」になっていることを物語っている。

受賞が示しているのは、「老舗の保守性」ではなく「変わり方のうまさ」だ

ミツカンは長い歴史を持つ企業だ。だからこそ、こうした受賞を「伝統企業が地道に頑張った」という話として読むこともできる。だが、むしろ逆に見るべきかもしれない。今回の受賞は、老舗企業が知財を通じてどう新しい市場への出方を変えたかを示しているからだ。

特にZENBのようなブランドは、従来の酢やぽん酢といった主力カテゴリの延長線上だけではない。健康、環境配慮、植物素材の活用といった、今の消費者価値観に接続する新市場への挑戦である。そのとき、知財部門が企画段階から入り、技術の意味づけをブランド価値や協業戦略と結びつけていく。この流れは、老舗企業の「守り」ではなく、かなり攻めの経営だ。

知財功労賞の受賞は、そうした変わり方の巧みさに対する評価でもあるのだろう。単に伝統があるからではなく、伝統を持つ会社が、知財の使い方を現代的に再設計している。そこが今回のニュースの一番面白いところだ。

知財の主戦場は、技術保護から事業設計へ移っている

今回のミツカン受賞は、食品業界の一ニュースに見えて、実はかなり普遍的なテーマを含んでいる。
知財は、もはや「真似されないために取るもの」だけではない。
ブランド価値を支える。
協業を前に進める。
新市場への説得材料になる。
経営判断の地図になる。

そうした役割が前面に出てきている。ミツカンのケースは、そのことを非常に分かりやすく示している。特許庁長官表彰という制度の場で評価されたのも、まさにその点だった。

知財は“守る部署”の仕事だけではない。
ミツカンの受賞は、その当たり前でいて新しい事実を、食品という一見穏やかな業界からはっきりと見せてくれた。
これからの企業に必要なのは、特許を増やすことそのものではなく、知財をどう事業の言葉へ翻訳するかなのだろう。

 
 

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