終わりなき創造の旅 厚木の発明家が挑む“次の技術革命”」


特許数でギネス更新 21世紀のエジソン、厚木に―発明の街が問いかける、日本の未来図

神奈川県厚木市―東京からわずか1時間足らずの距離にあるこの街が、世界の技術史に名を刻んだ。特許数の世界記録を更新した発明家、山﨑舜平(やまざき・しゅんぺい)氏が拠点を構えるのが、まさにこの地である。彼の名がギネス世界記録に再び載ったというニュースは、科学技術の世界だけでなく、日本人のものづくり精神を象徴する話題として広く注目を集めた。

山﨑氏は、厚木に本社を構える 半導体エネルギー研究所(SEL) の創業者であり代表取締役だ。2025年3月末時点で、発明者として氏名が記載された特許の累計が 20,120件 に達し、これがギネス世界記録として認定された。驚くべきは、その記録が単なる一度きりの快挙ではないという点だ。彼は2004年にも同様の記録で初認定を受け、その後も2011年、2016年と自らの記録を更新し続けてきた。今回で実に4度目の更新。まさに「21世紀のエジソン」の名にふさわしい歩みである。

エジソンを超えた発明家

発明王トーマス・エジソンの特許数はおよそ2,300件とされている。山﨑氏の記録は、その約9倍。単純な比較こそ時代背景の違いを考慮すべきだが、これほどの規模で知的成果を積み上げる人物は世界的にも稀有だ。特許の対象分野は幅広く、半導体デバイスからディスプレイ、アナログAI、超低消費電力LSIに至るまで多岐にわたる。しかも日本国内だけでなく、米国・中国・韓国・ドイツなど多国での出願・登録も含まれている。

なぜここまで多くの特許が生まれたのか。その背景には、彼が率いるSELの独自の経営哲学がある。SELは、一般的な製造業のように製品販売で利益を上げる企業ではない。技術開発と知的財産の創出に特化し、その成果を企業や研究機関へライセンス提供する“技術創造型企業”だ。製品を作らない代わりに、アイデアを製品化する「知の工場」として機能しているのである。

厚木から生まれた“発明の森”

研究所のある厚木は、いまや日本の発明文化を象徴する街のひとつとなった。山﨑氏がSELを設立したのは1980年。当時の厚木は、まだ研究開発拠点として知られていなかったが、彼は「地道な研究を続けるには、静かな環境が必要」と語り、あえて都市の喧騒を離れた地を選んだという。以来、40年以上にわたり、厚木の一角から次々と世界を驚かせる技術が生み出されてきた。

中でも注目されるのが、酸化物半導体 を用いたディスプレイ技術や、省電力LSIの開発だ。これらはスマートフォンやノートPC、さらには次世代のAIデバイスに応用されうる基幹技術として、国内外の企業が高く評価している。地球温暖化防止を視野に入れた低消費電力化の取り組みも、まさに現代社会の課題に直結する研究分野だ。

特許の「数」ではなく「質」を問う

もっとも、特許数が多ければそれでよいというわけではない。特許の価値は、その実用性と技術的独自性によって決まる。山﨑氏のように2万件を超える特許群を維持するには、膨大なコストと時間がかかる。実際、特許1件を出願から維持まで管理するには、国際的に見ても相当な費用が発生する。研究所としての経営体力、そして長期的ビジョンがなければ到底持続できない。

だが、彼が単なる「数の記録」を追っていないことは明らかだ。山﨑氏は過去のインタビューでこう語っている。
 「発明は人の役に立ってこそ意味がある。特許はその証明書のようなものです」
この言葉には、発明をビジネスの武器とするだけでなく、社会の進歩のために活かしたいという信念がにじむ。彼にとっての特許とは、単なる権利ではなく「未来への設計図」なのだ。

発明の文化をどう受け継ぐか

エジソンが生きた19世紀末のアメリカでは、電気という新しい技術が世界を変えた。では21世紀の日本において、何が次の「電気」になるのか。山﨑氏の挑戦は、その問いに対する一つの答えを示している。AIや半導体、ディスプレイといった基幹技術は、社会のあらゆる分野に浸透しつつある。これらを支えるのは、無数の発明と、それを守る特許制度である。

同時に、こうした偉業が地域にもたらす意義も見逃せない。厚木市では、今回のギネス記録を受けて、地元紙や広報が「発明のまち厚木」として取り上げる動きが広がっている。市民の間でも「自分たちの街から世界記録が生まれた」という誇りが芽生え、学校や地域団体では科学教育への関心が高まっているという。発明が街を変える――そんな連鎖が、いま静かに始まっている。

知財立国ニッポンへのヒント

日本は「ものづくり大国」として世界に知られてきたが、近年は生産拠点の海外移転や人材流出が進み、製造業中心のモデルが揺らいでいる。そのなかで注目されるのが、「知的財産」を中心に据えた新しい産業戦略だ。山﨑氏のように、発明そのものを資産化し、企業連携やライセンスで価値を生み出す仕組みは、これからの時代の鍵になるだろう。

世界では、特許をめぐる競争が熾烈だ。AI、量子技術、エネルギー、医療分野では、中国や米国の企業が特許出願を爆発的に増やしている。そんな中で、個人や中小規模の研究所が世界記録を打ち立てるというのは、決して偶然ではない。日本の知財制度の強みと、研究者の粘り強さがあってこそ実現した成果である。

発明に終わりはない

現在82歳を迎える山﨑氏だが、なお現役の研究者であり、日々新しい技術課題に取り組んでいる。ギネス認定後も「まだまだやりたい研究が山ほどある」と笑うという。その眼差しの先にあるのは、名誉ではなく、あくまで“次の発明”だ。
 「技術は、完成した瞬間に古くなる。だからこそ、常に前を向いて考える」
この言葉に、半世紀以上にわたって研究を続けてきた発明家の哲学が凝縮されている。

厚木の一研究所から、世界を驚かせる記録が生まれたことは偶然ではない。静かな環境の中で地道に続けられてきた努力、失敗を恐れず挑み続ける姿勢、そして「未来を良くしたい」という純粋な情熱。それらが積み重なって、20,000を超える発明の森を生み出した。

結びに

山﨑舜平氏の挑戦は、単なる個人の偉業ではない。日本という国が、これからどのように技術と知恵を磨き、世界と渡り合っていくのか。その一つのモデルを示している。厚木の街に立ち上がる一つの研究所から始まった物語は、いまや「発明立国ニッポン」の象徴になりつつある。

21世紀のエジソンは、今日も新しいアイデアを胸に、研究室の明かりを灯している。発明の火は、静かに、しかし確かに、厚木から世界へと広がっているのだ。


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