電気自動車(EV)の普及において最大の課題の一つが「充電時間」である。ガソリン車に比べて充電に時間がかかることは、ユーザー体験を損ねる要因となってきた。しかし近年、バッテリー技術の革新、とりわけ「シリコン系負極材」の実用化が進むことで、急速充電の実現に大きな期待が寄せられている。こうした中、韓国のLGエナジーソリューション(LGES)やSKオンが、関連する特許ポートフォリオの拡充によって、中国最大手のCATL(寧徳時代新能源科技)に先行する動きを強めている。
以下では、シリコン負極材が注目される理由、特許競争の行方、そして業界全体へのインパクトについて詳しく見ていきたい。
■ なぜシリコン負極材なのか
リチウムイオン電池の基本構造は「正極」「負極」「電解液」から成り立っている。これまで主流だった負極材は黒鉛(グラファイト)であり、安定性と量産性に優れていた。しかし黒鉛のリチウムイオン吸蔵容量には限界があり、充放電速度やエネルギー密度をさらに引き上げるには新素材が必要とされていた。
シリコンは黒鉛の約10倍の理論容量を持ち、急速充電性能を飛躍的に向上させる可能性を秘める。例えば、シリコンを使えば「10分で80%充電」といった次世代EVの理想に近づける。しかし課題も大きい。シリコンは充放電のたびに大きく膨張・収縮するため、電極が劣化しやすく、サイクル寿命を縮めてしまうのだ。この“体積膨張問題”をどう克服するかが各社の研究開発の焦点となっている。
■ 韓国勢の台頭 ― LGとSKの特許戦略
韓国メーカーは、早くからシリコン負極材の応用研究に注力してきた。特にLGエナジーソリューションは、米シリコンバレーのスタートアップ企業と共同開発を進め、シリコンナノ粒子を利用した負極材の実用化に取り組んでいる。特許データベースを調べると、LGは「シリコンの膨張を抑えるナノ構造技術」「ポリマー結合剤による電極強化」などに関する多数の出願を行っており、グローバルで優位なポジションを確立しつつある。
一方のSKオンも負けてはいない。SKは独自の「シリコン-カーボン複合体」技術を開発し、急速充電性能と耐久性を両立させるアプローチを推進している。2024年以降、米国やヨーロッパで相次いで特許を取得し、CATLに対抗する布石を打っている点が注目される。
このように韓国勢は「研究開発と特許出願を連動させる」戦略を徹底しており、サプライチェーン全体における主導権確保を狙っている。
■ CATLの動向と中国の戦略
EVバッテリー市場で世界シェア1位を誇るのが中国のCATLである。CATLはリン酸鉄リチウム(LFP)や三元系(NCM)の分野では圧倒的な供給力を誇るが、シリコン負極材については韓国勢に比べて特許出願のスピードがやや遅いとされる。
ただし、中国政府が「次世代バッテリー産業」を国家戦略と位置づけている以上、今後の追い上げは必至である。CATL自身も、2025年以降にシリコン負極を部分採用したセルを量産に投入する計画を明らかにしており、研究拠点や素材サプライヤーへの投資を強化している。韓国勢の特許優位がどこまで持続するかは予断を許さない。
■ 特許競争がもたらす業界への影響
シリコン負極材を巡る特許競争は、単なる知財の争いにとどまらない。いくつかの重要な影響が考えられる。
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量産化のスピード競争
特許によって基幹技術を押さえた企業は、他社にライセンス供与を迫る立場に立てる。これが量産化の主導権を握る鍵となる。 -
サプライチェーンの再編
シリコン負極材は従来の黒鉛とは異なるサプライチェーンを必要とする。韓国企業が特許優位を維持すれば、欧米の自動車メーカーとの提携が加速する可能性がある。 -
急速充電インフラとの連動
バッテリーが急速充電に対応して初めて、充電スタンドの高出力化が意味を持つ。つまり、材料技術とインフラ整備は表裏一体であり、特許戦略がインフラ投資の方向性にも影響を及ぼす。
■ 自動車メーカーの期待と課題
テスラ、フォルクスワーゲン、トヨタといった世界の自動車大手は、急速充電をEV普及の決定打と位置づけている。シリコン負極材の採用は、車種ラインアップの魅力を大きく引き上げる可能性がある。
しかし、コスト増や信頼性確保といった課題は残る。シリコン材料の精製コストは黒鉛に比べて高く、また量産スケールで安定した性能を確保できるかは依然として検証段階にある。こうした技術的課題を解決しながら、どこが最初に「商業的に成功するシリコン負極バッテリー」を市場に投入するかが注目されている。
■ 今後の展望
シリコン負極材の実用化は、EVだけでなくスマートフォンやノートPCといった民生用電子機器にも波及する。特にスマホでは「10分充電で丸一日利用」といったユーザー体験が実現すれば、次の買い替え需要を大きく刺激するだろう。
韓国のLGやSKが特許面でCATLに先行している現状は、グローバル競争における大きなアドバンテージとなる。しかし中国勢の巻き返しは確実であり、また米国や日本の新興企業も独自のシリコン技術を武器に台頭している。最終的に勝負を決するのは「知財+量産技術+市場投入スピード」の総合力だ。
■ まとめ
EV時代の主役を担う次世代バッテリー。その中でシリコン負極材は、急速充電というユーザーが待ち望む価値を実現する切り札となる。韓国のLGエナジーソリューションやSKオンは特許戦略を通じて一歩リードし、CATLを牽制しているが、今後の主導権争いはさらに激化するだろう。
「どの企業が最初に、コスト・性能・耐久性のすべてを満たしたシリコン負極バッテリーを量産化できるのか」――その答えは、EV市場の勢力図を塗り替える決定的な要素となるに違いない。