村田製作所、“特許力”で世界を制す 年々強化される知財戦略の全貌


電子部品業界において、グローバルで確固たる地位を築く日本企業・村田製作所。同社はスマートフォン、自動車、通信インフラなど、あらゆる先端分野で不可欠な部品を供給し続けているが、その競争優位性の核心には、他社を圧倒する「特許力」がある。

村田製作所の特許出願数は、国内外で年々増加しており、特許庁が公表する「特許資産規模ランキング」においても常に上位を占める。2020年代以降、その特許戦略はさらに洗練され、知財を中核に据えた経営体制を構築することで、「模倣されない製品」「追随できない技術」を現実のものにしている。

では、村田製作所の“隙なき”特許戦略とは、どのようなものなのか。そして、それがどのように世界トップシェア製品の裏付けとなっているのか。本稿では、その構造を掘り下げていく。

■ 村田製作所の特許戦略:防御と攻勢の両輪

村田製作所の特許戦略は、防御と攻勢の両輪で構成されている。

まず、防御面では、自社技術を模倣や侵害から守るための特許網の構築に力を入れている。同社の主力である積層セラミックコンデンサ(MLCC)では、原材料から製造プロセス、構造設計、最終製品に至るまで、あらゆる工程に対して特許を取得。結果として、他社が類似製品を開発する際には、どこかで村田の特許に抵触する構造となりやすく、「簡単には真似できない」環境を生み出している。

一方、攻勢面では、自社の技術力をベースにした先行的な特許出願が目立つ。市場に新技術が登場する以前から広範に特許を取得し、将来的な市場を先取りする姿勢が特徴的だ。これにより、業界の技術トレンドが進化した際にも、村田が主導的ポジションを取り続けられる土壌が整えられている。

また、技術のトレンドを先読みし、他社が特許出願する前に「隙間」を埋めてしまう「周辺特許戦略」も展開している。これはいわば、技術的に関連性の高い分野を網のように囲い込む手法で、競合他社が新規参入しづらくする効果がある。

■ 「特許力」を支える3つの柱

村田製作所の強固な特許体制は、以下の3つの柱によって支えられている。

① 技術と知財部門の緊密な連携

多くの企業では、研究開発部門と知財部門が分断されがちだが、村田製作所では両者が極めて密接に連携している。研究初期段階から知財担当者が関与することで、発明の段階から特許取得を意識した技術設計が可能となり、質の高い特許出願につながっている。

② グローバル視点での特許取得

村田製作所は国内だけでなく、米国、中国、欧州などの主要マーケットを網羅する形で特許出願を行っている。これはグローバル市場でのビジネス展開に不可欠であり、特に地政学リスクや知財紛争への備えとしても有効だ。

③ デジタル化とAI活用による知財分析

最近では、AIを活用した特許解析ツールを導入し、競合他社の出願動向や技術トレンドをリアルタイムで把握している。これにより、自社が今後注力すべき技術領域や、特許ポートフォリオの強化ポイントを的確に把握し、迅速な出願に活かしている。

■ 世界トップシェア製品を支える「知財の城壁」

村田製作所は、MLCCをはじめとして、SAWフィルタ、ノイズ対策部品、無線モジュールなど、多くの製品で世界トップシェアを誇る。これらの製品群は、単に技術力だけでなく、特許という「知財の城壁」によって守られている。

例えば、同社のMLCCは自動車やスマートフォンの中核部品として不可欠だが、その信頼性・性能の高さを支える基盤には、数千件を超える特許群が存在する。これにより、顧客企業は安心して村田製品を採用できる一方で、競合他社は安易に同等品を提供できない構図が出来上がっている。

また、最近ではEV(電気自動車)向けや5G・6G通信機器向けに、より高性能・小型化された部品が求められているが、これらの次世代製品でも村田はすでに先行的に特許を取得し、製品化にこぎつけている。

■ 「見えない資産」が企業価値を高める時代

特許は目に見えない資産であるが、今日ではその重要性が極めて高まっている。とりわけ、電子部品のように製品の物理的差異が少ない分野では、知財こそが競争力の源泉である。

村田製作所のように、研究開発と知財を一体化させ、事業戦略と直結させる企業こそが、グローバル市場で勝ち残っていく。この「知財経営」は今後、日本の製造業全体にも波及すべきモデルケースだ。

■ 終わりに

村田製作所の快進撃の裏には、技術者と知財担当者の地道な努力、そして将来を見据えた戦略的な知財マネジメントがある。単なる特許出願の数だけでは語れない、精密で攻防一体の特許網こそが、世界トップ製品を生み出す真の力となっているのだ。

知財が企業価値を決める時代において、村田製作所の事例は、全ての技術系企業にとって学ぶべき「勝ち残りのヒント」である。


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