2025年4月、大阪・夢洲において開幕する大阪・関西万博。その会場には、世界中から訪れる来場者の目を引く斬新なパビリオン群が並ぶ。だが、注目すべきはその「デザイン」だけではない。建築資材として使われている“ある特殊なコンクリート”が、業界関係者や専門家の間で静かな話題を呼んでいる。
それが、沖縄県内の建材系企業によって開発された「炭素繊維強化コンクリート(Carbon Fiber Reinforced Concrete:以下C-FRC)」だ。従来の鉄筋を一切使わず、内部に炭素繊維を使用するこのコンクリートは、「錆びない」「軽い」「薄い」「高強度」という4つの特長を備えている。さらに、国内外で特許を取得済という強力な知的財産戦略のもと、グローバル市場を見据えた展開が始まっている。
本稿では、このC-FRC技術の背景、万博での採用理由、特許戦略、そしてポスト万博の展望に至るまで、知財と建材が交差する“最先端の交差点”を読み解いていく。
鉄筋の「限界」を超えたコンクリート
一般的な鉄筋コンクリート構造物は、内部の鉄が空気や水分、塩分により腐食(錆)し、ひび割れや剥離を引き起こす。日本のように高温多湿かつ沿岸地域が多い国では、建築物やインフラの劣化が早く、定期的なメンテナンスが欠かせない。さらに、補修や補強のたびに多額の費用がかかり、自治体や建設業界にとって大きな負担となっている。
そこで登場したのが、鉄の代わりに炭素繊維を用いたこの新技術だ。炭素繊維は錆びることがなく、しかも鉄に比べて圧倒的に軽い。これにより、従来のコンクリートに比べて厚さを3分の1以下に抑えつつ、同等かそれ以上の耐荷重性能を実現できる。
この技術を開発したのは、沖縄県内に本社を構える中堅建材企業「沖縄コンポジットテック(仮称)」。同社は2000年代初頭から、潮風にさらされる沖縄の過酷な環境に耐えうる建材の研究開発に取り組んできた。沖縄では海洋環境由来の塩害による建物の劣化が深刻なため、従来の鉄筋構造では限界があった。つまり、この革新は“ニーズドリブン型イノベーション”によって生まれたものなのだ。
万博会場における採用の意義
大阪・関西万博は、「未来社会の実験場(People’s Living Lab)」をテーマに、持続可能性・カーボンニュートラル・循環型経済といったキーワードが重視されている。建築分野でも、環境負荷の小さい素材や再利用可能な構造体が推奨されており、今回のC-FRCはその文脈に見事にマッチした。
たとえば、あるパビリオンの外装パネルにはC-FRCが使用されており、厚みはわずか15ミリ。一般的な鉄筋コンクリートの約半分以下の厚さであるにも関わらず、優れた強度を発揮している。また、部材の軽量化によって輸送・施工時のエネルギー消費も抑えられ、CO2排出量の削減にも寄与している。
さらに、C-FRCは“プレキャスト方式”で加工が容易な点も万博向きだ。会場設営の短期間施工という厳しい条件下でも、工場で生産された部材を現地で迅速に組み立てることが可能なため、スケジュール管理と品質保持の両面で大きなメリットがある。
知財で守る沖縄発の革新
このような革新的な技術が模倣されないよう、沖縄コンポジットテックは早くから知財戦略を打ち立てていた。日本国内ではすでに複数の特許を取得しており、構成材料の配合、炭素繊維の網状配置構造、加圧硬化プロセスなどが権利化されている。
さらに同社は、アメリカ、中国、韓国、台湾、欧州においてもPCT(特許協力条約)経由での国際特許出願を行っており、各地で審査を通過。中でもアメリカでは、老朽化する橋梁や沿岸インフラの代替材料としての応用が期待されており、現地の建設企業との共同試験が始まっている。
特筆すべきは、この技術が「ハードウェアとしての建材」であると同時に、「ライセンス可能な知財パッケージ」であるという点だ。製造ノウハウをマニュアル化し、パートナー企業に技術供与するモデルは、すでに数件のライセンス契約へと結実している。
ポスト万博に広がる展開
万博での採用は、単なる実績づくりにとどまらない。むしろ“ショーケース”として機能し、世界中の建築関係者や自治体関係者への技術アピールの場となっている。
実際、沖縄コンポジットテックにはすでに台湾やインドネシアからの引き合いがあり、耐震性を求められる公共建築物への導入を視野に入れた実証事業の準備が進められている。また、国内では観光地のリゾート施設や港湾インフラなどへの本格導入が計画されており、建築業界のみならず都市開発・観光分野との連携も加速しつつある。
地方×素材×知財──新時代のスタートアップ像
今回のC-FRCの事例は、単なる“地方企業の技術力”という枠を超え、「地方×素材産業×知財」というトリプルコンセプトの成功事例である。地域課題を原点とし、グローバルニーズに応える素材を開発し、知財を駆使して事業化を果たす。このスキームは、農業、医療、環境分野などにも応用可能であり、他の地方企業にも大きなヒントとなるだろう。
炭素繊維コンクリートが示すのは、建材の未来というより、“ものづくりの未来”そのものかもしれない。