2025年4月、IBMは次世代メインフレーム「IBM z17」を正式発表した。メインフレームと聞くと、一部では“古い技術”と捉える向きもあるが、現代のzシリーズはむしろ最先端のIT基盤として進化を遂げている。特にAIとの統合を強化したz17の登場は、企業のIT戦略を再構築する契機となる可能性を秘めている。
AI推論処理能力が50%向上——処理は“データのある場所”で行う
z17最大の進化点は、AI推論処理性能の大幅な向上にある。IBMによれば、前モデルであるz16と比較して約50%の性能向上が達成されたという。これにより、メインフレーム上でのリアルタイムAI推論処理がより現実的になった。例えば、金融業界においては取引データの即時分析による不正検出、保険業界ではクレーム処理の自動判定、また製造業や小売業では、リアルタイムの需要予測やパーソナライズド・マーケティングといったユースケースに対応可能になる。
従来、このようなAI処理はクラウドや専用のAIインフラに任せるケースが多かった。しかし、データを外部に転送することによるレイテンシーやセキュリティリスク、コンプライアンス上の課題が常に存在した。z17は、こうした処理を“データが存在する場所”であるメインフレーム内で完結させることにより、即時性と安全性を両立している。
AIアクセラレーター「Telum」チップの搭載とリアルタイム推論
この進化を支えるのが、IBM独自のAIアクセラレーターである「Telum」チップである。Telumは、CPUに統合されたAI推論機能を持ち、トランザクション処理の最中にリアルタイムでAIを実行できるという特長を持つ。これにより、例えば与信判断や不正取引検知といった場面で、トランザクションが完了する前にAIによる判断が下されるという革新的な処理フローが実現可能となる。
Telumのような統合型AIアクセラレーターは、GPUや外部AIサーバーを使ったバッチ処理的な手法とは一線を画しており、エンタープライズの基幹業務におけるAI活用に特化した設計思想が感じられる。
クラウドネイティブとの融合—zOSとOpenShiftの連携強化
z17は、Red Hat OpenShiftとのさらなる統合も進めている。これにより、Kubernetesを基盤としたクラウドネイティブアプリケーションをメインフレーム上でもシームレスに実行できるようになった。すなわち、従来のCOBOLなどによるレガシーアプリと、最新のコンテナ型アプリケーションが同一のプラットフォーム上で共存できる世界が現実のものとなっている。
企業がクラウドへの全面移行に慎重である理由には、コストやセキュリティ、データ主権といった問題がある。z17は、クラウドとオンプレミスの“間”に位置するインフラとして、これらの課題に対する一つの解を提示していると言える。
AI活用におけるガバナンスと透明性の確保
近年、生成AIやディープラーニングの活用が進む一方で、AIに対する説明責任やガバナンスの重要性が高まっている。特に金融・医療・行政といった分野では、AIの判断がどのように導かれたのかを追跡可能にすることが必須要件となる。
z17は、従来のメインフレームが持つ高度な監査機能とログ管理、セキュアなトランザクション処理基盤に、AI推論の履歴やモデルのトレーサビリティ機能を加えることで、AI時代における「説明可能な処理基盤」としての地位を築こうとしている。これは、クラウドサービスのブラックボックス性に対する一つのカウンターモデルとも言える。
AI×知財戦略—IBMの独自優位性
IBMは、AI関連の特許保有数においても世界トップクラスの実績を誇る企業である。特にzシリーズに関するAIアクセラレーターやトランザクションAIの実装方式は、数多くの独自特許によって保護されており、競合が同様の機能を模倣することは極めて難しい。
AI時代の知財戦略において、アルゴリズムや処理方式を“守る”ことの重要性は日々高まっている。IBMはその点において、メインフレームというハードウェアプラットフォームから知財の深層を構築する稀有な存在であり、AI競争における持続的優位性の源泉となっている。
エンタープライズAIの「再設計」を支えるインフラへ
企業にとって、AIを導入する目的は単なる自動化ではない。意思決定の迅速化、コストの最適化、リスクの低減といった経営課題の解決が背景にある。そのためには、AIを個別のユースケースで使うだけでなく、業務全体を“AI前提”で再設計する必要がある。
IBM z17は、そうしたAI再設計の中心に位置づけられるインフラとなることを目指している。クラウドでもエッジでもない、「基幹業務×AI」の交差点に立つ存在として、今後の企業ITの再構築において重要な役割を果たすことは間違いない。
z17の登場は、メインフレームという存在を“古き良きもの”から“AI時代の基盤”へと位置づけ直す象徴的な出来事だ。IBMはzシリーズの進化を通じて、AIとセキュリティ、信頼性という本質的価値を融合し、エンタープライズコンピューティングの未来像を提示しようとしている。これからの企業にとって、z17は単なる選択肢ではなく、“競争力の源泉”そのものになるかもしれない。