ドローンによるコーヒーの個人向けデリバリー

最近、駅の構内などに置かれている自動販売機で、顔認証機能等により、自販機の前に立った人の年代や性別、その日の気温等に応じてお勧めの飲料を提示してくれる「AI搭載自販機」が増えてきました。
中でも新宿駅や秋葉原駅など、都内5駅に2021年5月から試験的に設置された「AIさくらさん」は、自販機のAIと利用者とが双方向でコミュニケーションをとることができ、エンタメ機能と商品おすすめ機能が実装された自販機として話題になりました。

今回紹介する発明は、このようなAIによる個人識別の技術を活かして、オフィスなどにおいて、ドローンによって個別にコーヒーをデリバリーする仕組みに関するもので、米国において特許化されたものとなります(特許番号:US10040551B2、登録日:2018年8月7日、特許権者:IBM)。

米国では、成人の80%がコーヒーを飲んでいるといわれています。この傾向は増大傾向にあり、多くの人々が1日に複数カップのコーヒーを飲んでいます。本発明は、個人または複数人の状態を評価し、ドローンを使ってカップ入りのコーヒーを届けることとしたものです。

ドローンは、例えばオフィスの従業員の睡眠の質のデータ(これは既にある技術でデータの取得が可能です。アップルウォッチなどで実装されていますね)や、電子カレンダーのスケジュール、バイオメトリクス、血圧、瞳孔拡張、表情解析、起床時間、およびジェスチャの分析のいずれかによって、対象者にコーヒーを届けるかを判断します。

また、デリバリーシステムを継続的に運用することで、ユーザーがコーヒーを消費することを好む傾向がある時間や場所を学習することができ、その履歴を使用して、特定の人または場所についての需要を予測することも可能となります。

コーヒーをデリバリーするドローンには、コーヒーを加熱するためのヒータが備えられており、人間がやけどをしない程度の温度にコーヒー容器の外部に熱を加えます。このようなヒータを常に稼働させるとドローンの電力がすぐになくなってしまうと考えられますが、もちろん、ドローンは自発的に自動充電ステーションに着陸して、自動的に再充電されることができます。

ユーザーは、自分が意図せずとも、ドローンの診断・判断によってコーヒーを手にすることができるほか、ドローンに対してコーヒーがほしいとジェスチャーをすることで(たとえば手招きなど)、コーヒーを手にすることができます。

将来のオフィスは、ドローンがオフィス内を飛び回り、コーヒーのみならず、昼時にはランチ用のサンドイッチを、3時にはスナックを届けるようになっているかもしれませんね。

それでは具体的な技術解説を見ていきましょう。

さて、ドローンと聞くとどんなものを思い浮かべますか。本体から四方に伸びた腕の上にプロペラがついている、あの姿を思い浮かべる人が多いでしょう。

実はドローンはUAV(英:unmandned aerial vehicle 日本語:無人飛行機)の一種です。UAVというと最近では無人偵察機や無人爆撃機などがニュースで聞くようになりました。(自立飛行式を含む)遠隔操縦可能な小型の無人航空機と定義されています。

ではなぜドローンと名付けられたのでしょう。2説あるようですが、飛行するときのプロペラからでる「ブーン」という音がオスの蜂の羽音に似ているので、オスの蜂をさす言葉「drone」が使われたとか。

ドローンの開発の歴史は第二次世界大戦までさかのぼるようですが、私たちにとって身近になったのは、2010年に発売されたiPhoneを使ってドローンの視点から操作できる「AR Drone」が注目され始めてからだったようです。首相官邸にドローンが落下し大騒ぎになったニュースは記憶に残っています。このあたりから法律の整備などが進み、規制されつつ利用範囲が広がり身近に感じるようになりました。

ドローンがどんなところで活躍しているかというと空撮でしょうか。低い位置から一気に高度を上げて四方を撮影できるのはドローンならではの映像です。橋げたや送電線の点検やサッカー・ラグビー・冬の滑降競技などのスポーツ中継にも使われるようになりました。

撮影以外では農薬配布や最近では宅配などの実験が進められています。

宅配サービスでは、ネットショッピングの商品、薬や郵便などの配達など様々なサービスが提案されていますが、ほとんどが荷物をもって飛び立てば決まった相手に向かってまっしぐらという配達です。

アメリカの成人の80%以上がコーヒーを飲んでいて、多くの人が1日に何杯かのコーヒーをのんでいます。多くの人が飲むコーヒーを個人の認知状態に基づいて配達するサービスを提供する発明です。

配達するのがコーヒーとしていますが実際はコーヒー限定でなく、覚醒作用のある飲み物、興奮作用のある飲み物も含んでいます。コーヒー以外に紅茶や緑茶なども含まれているでしょうね。

さて「個人の認知状態に基づく」とは何でしょう。
● 眠たくてうとうとしている人
● コーヒーを飲みたくて合図している人
● 会議の休憩中でほっとしている人
などの人々の様子から、コーヒーが必要と判断してコーヒーを届けます。

上記の「個人の認知状態」は、ドローンに搭載されたセンサーで検出しますが、判断はセンサーで得られたデータのみで判断するだけでなく、個人が認識できればその人の睡眠データや脈拍、体温、血圧などのバイオデータやスケジュールなども判断の尺度に利用します。しかも個人の嗜好に基づいて提供する飲み物を選択することもできます。さらに、コーヒーを作りドローンが運んで人が手に取るまで無人で、いや自律的に行えるシステムです。

もう少し詳しく図で説明します。

FIG.5は、人のジェスチャーに反応する様子を表しています。

ドローン200Aと200B、200Cが上空を飛行しています。左側の400Bの人はうなだれています。それを見た400Aがドローン200Bに目線を送り手を振っています。コーヒーが必要と判断したドローン200Bは、コーヒーを400Aと400Bに近づきその場でホバリングしコーヒーを取るまで待ちます。一定時間ホバリングしコーヒーが受け取られなければ上空に退避します。時間ばかりでなく400Aまたは、400Bがコーヒーを要らないというジェスチャーすることでも退避します。

真ん中の二人にコーヒーは必要なさそうですね。右側のグループでは400Cのジェスチャーが400Aのそれと異なっていますが、ドローン200Cはコーヒーが必要だと判断しコーヒーを届けます。

FIG.6は、コーヒーをぶら下げたドローンが個人をスキャンしている様子を示しています。

うつむいている400に対し、ドローン200はカメラ206からの画像で400を特定し、個人情報やバイオデータ、予定表などを参照し400の今の状態を判断します。周りの人の状況も参考にし、仕事でうつむいているのか、疲れてうとうとしているかの判断をします。

ドローン200にはポッド264の中にセンサーやスピーカ、マイクを装備し、ディスプレイ266も搭載しています。画像認識で個人を確定するだけでなく、名前を尋ねて答えてもらったり、メッセージを流したりして400とやり取りします。

FIG.1は配達に使う最小構成のドローンです。

ドローン200には制御回路210やカメラ・バッテリー206が装備され、個人情報が蓄積されているサーバ700(オプション)と無線通信プロトコル280を使って相互にやり取りします。

このドローン200にはカップホルダー230がジョイント232を介してぶら下げられています。カップホルダー230にはクランプ234で保持されたコーヒー240が載せられています。

FIG.3はFIG.1のコーヒーホルダー230とは異なる形態のコーヒーホルダー230Aを示しています。

230Aは配達中に誤ってコーヒーを落としても飛び散らないようにしたバッグにコーヒーを入れるものです。そのバッグが透明であれば、コーヒーカップに印字された文字268を読むことが出来ます。このバッグはひも244でドローン200に取り込まれています。取り込まれたひもの先端には結び目246があり、スリット248により落下しないようになっています。

可動アーム250に取り付けられたひずみゲージなどのセンサによって、コーヒーが受け手によって保持されたかどうかを検出することができます。

あるいは可動アーム250は刃先を有することができ、切断可能なひも244を切ることでドローンとコーヒーホルダーを切り離すことができますし、ひも244がプラスチック製なら可動アーム250を加熱することで切り離すことができます。

FIG.4はFIG.3とは別のひも244の支持方法を示しています。

ひも244はスプール252に巻き取られており、受け手がコーヒーを手に取った時、カッターまたは発熱体254によって切り離されます。

さらに、FIG.4はコーヒーカップの中にヒーターを差し込みコーヒーが冷めるのを防止する方法を示しています。

このサービスに使われているドローンは、カップに入れたコーヒーを運べる能力がありかつ、人々に危険がないような必要最小限の大きさで、カメラや各種のセンサーを装備しています。

例えば多くの人が働くオープンなオフィス内で、
● 眠たくてうとうとしている人
● コーヒーを飲みたくて合図している人
● 会議の休憩中でほっとしている人
などを、装備したカメラやセンサーのデータから探し出してコーヒーを届けます。

上記の状態であるかどうかの判断の精度を上げるため、個人を特定し、個人に由来する情報や体温、呼吸、心拍などのバイオデータ、睡眠データ、スケジュールのデータを用いるのが特徴です。

出願者であるInternational Business Machines Corporationはアメリカのコンピュータ関連会社のIBMのことです。

IBMは世界的に事業を展開する企業で、現在はクラウドコンピューティングとコグニティブコンピューティングを提供する企業と自らを定義しています。かつてはコンピュータ市場では圧倒的な影響力を持っていました。

そんなIBMが出願したのがこの特許です。実際には実現されていませんが、実現したとしてIBMのオフィスを想像してみましょう。

間仕切りの少ない「ひろーい」空間のオフィスに、それぞれのスタイルで多くの人達が働いています。多種多様なIOT機器が点在する景色の中に、ドリンクを吊るした数台のドローンが飛び交っています。ドローンがドリンクをリクエストした人や飛行中に見つけたうとうとしている人にドリンクを届けています。

あ、それを見てドリンクのリクエストが上がりました。この人はコーヒーが苦手のようですよ。別のドローンが違うドリンクを届けましたよ。

密閉されていない会議室では、今会議が休憩中になったようです。数台のドローンが一斉にドリンクを運び込みました。若者の役目であったドリンクを用意して配膳する光景はここでは見られません。

よく見るとこのオフィスではドリンクを用意する人が見当たりません。オフィスの真ん中にドリンクを用意する機器が集まっているコーナーがあります。配達の終わったドローンがこのコーナーに舞い戻って、新たなドリンクをもって飛び立っていきます。どうもドローンから必要な情報がドリンクメーカーに送信されているようです。人が指図することなくドローンとドリンクメーカーだけで動いているようです。

こんなオフィスはかっこよくないですか。技術の内容はとんでもなくハードルの高いものでなく、やる気になれば現実可能ではないかと思います。こんなオフィスで働いてみたいですね。

発明の名称

個人の認知状態に基づく、コーヒーのドローン配達

特許番号

US 10,040,551 B2

登録日

2018.08.07

出願人

International Business Machines Corporation

発明者

Thomas Davit Erickson
Rogerio S. Feris
Clifford A. Pickover
Maja Vukovic

国際特許分類

E04H 3/04 (2006.01)
B64C 39/02 (2006.01)
A61B 5/16 (2006.01)
A61B 5/0205 (2006.01)
A61B 5/01 (2006.01)
A61B 5/1171 (2006.01)
A61B 5/11 (2006.01)
A61B 5/024 (2006.01)
A61B 5/021 (2006.01)
A61B 5/08 (2006.01)
A61B 3/11 (2006.01)

<免責事由>
本解説は、主に発明の紹介を主たる目的とするもので、特許権の権利範囲(技術的範囲の解釈)に関する見解及び発明の要旨認定に関する見解を示すものではありません。自社製品がこれらの技術的範囲に属するか否かについては、当社は一切の責任を負いません。技術的範囲の解釈に関する見解及び発明の要旨認定に関する見解については、特許(知的財産)の専門家であるお近くの弁理士にご相談ください。