ターンが楽になるシットスキー用チェア

冬季オリンピック/パラリンピックではスキー競技が多くの観客の注目を集める、中心的な競技です。オリ・パラでなくとも、冬のスポーツといえばスキーやスノボという人も多いのではないでしょうか。+VISION編集部メンバーも、よくスノボと温泉目的でスキー場を利用しています。

今回紹介する発明は、足の不自由な方が利用するシットスキー(チェアスキー)に関するものです。

冬季パラリンピックなどでシットスキーの競技を見たことがある方も多いと思いますが、スキー板の上に着座して、雪原を滑っていくわけです。競技としてはよく知られていますが、シットスキーの、特にスラローム競技の場合、通常のスキーと比べて、手に持つストックの形状が異なっていることに、気づいていますでしょうか。シットスキーのスラロームでは、棒状のストックではなく、棒の先にも小さな板のついた、逆T字形のストックを使用します。

あたかも、カヤックやボートで転覆防止に用いられるアウトリガーのように、滑走を補助するために用いるのですが、なぜそのようなものを用いる必要があるかといえば、それはシットスキーは膝の屈伸を使うことができないために、ターンを行うことが非常に困難だからという理由があります(なお、腕による推進力を必要とするクロスカントリーでは通常のストックを使います)。

上記のような問題点を解決するために、米国ニューハンプシャー州のYAK BOARD合同会社は、ターンを行いやすいシットスキー用チェアを開発し、日本でも特許権を取得しました(米国出願日:2018年11月15日、特許番号:特許6881856号、登録日:2021年5月10日)。

従来のシットスキーでは、乗り手は板の上に若干横たわったような姿勢で、足を前に投げ出した状態であるために、上半身の重心は板の後方にありました。この状態では体重を移動させてスキーのエッジを立てることは困難でした。

そこで、スキー板の上により直立した姿勢で、ちょうど正座するような姿勢で腰の位置を浮かせて、重心を高く保持できるようなチェアを採用することとしました。その結果、重心の移動が比較的行いやすくなりました。乗る姿勢としては自転車やオートバイに乗るような感覚とのことで、抵抗感なく受け入れられるものとなります。

また、腰を浮かせることでスキー場に設置されているリフトの利用がしやすくなるとのことで、スキーを楽しむこと全体に対して大いに役立つ発明といえそうです。

スノーボードやスキーなどのスノースポーツボードの乗り手は、通常、直立した立位(立った体勢)でボードに乗ります。一方、立位ではなく、ボード上でひざまずいた体勢でボードに乗る場合もあります。このような体勢では、乗り手の体重をボードにかけてうまくターンすることが困難です。また、足や足首に不快な力がかかるため、長時間乗っていると痛みが生じます。

ところで、下半身の機能が不十分な人のために開発されたシットスキーがあります。シットスキーの乗り手は、シートに腰を固定して、膝(ヒザ)と足を前に出し、前方を向いた仰向けに近い体勢になります。乗り手は、重心を低くするために膝(ヒザ)を抱え込むような体勢になるため、膝(ヒザ)が胸の近くにあり、場合によってはターン中に膝(ヒザ)が胸にぶつかります。

シットスキーでターンするためには、アウトリガーを使用します。アウトリガーは、両手にそれぞれ持つポール(杖)の下端に小さいスキー板が取り付けられたような形をしています。シットスキーに乗った体勢では、ターンするためにエッジへ体重を乗せることは困難であるため、アウトリガーを操作してバランスを取りながらターンします。このように、シットスキーではアウトトリガーを使用せずにターンすることは困難です。また、スキー板の上で体が拘束された体勢であるため転倒しがちです。

このように、立位以外の体勢でボードに乗ってスノースポーツを楽しむことは、従来困難でした。

本発明は、上記の問題を念頭に置いて着想されたものです。

本発明は、スノーボードやスキーなどのスノースポーツボードで使用するための懸架アセンブリ(以下、サスペンション部品といいます)に関わる発明です。本発明のサスペンション部品は、前を向いて中腰の体勢で乗るように構成されています。ボード(板)から上に延びてさらに後方へ延びる逆L字形のフレームを備え、また、フレームの上にシート(腰かけ)を備えます。ボード(板)とフレームの間に緩衝器があります。

本発明のサスペンション部品では、中腰の体勢で膝(ヒザ)台に膝(ヒザ)を置き、足をシート(腰かけ)の下の足支持体に置けます。

本発明のサスペンション部品によって、体重をボードにかけることができるため、簡単にターンできます。ボードのエッジを効かせるために、ボードで中腰になっている乗り手の重心移動をターン中に利用できます。

一般的なスキーでは、スキーヤーの足と膝(ヒザ)が緩衝器として作用して、ターン時に発生する遠心力を吸収します。一方、本発明のサスペンション部品を使ったときは、乗り手が立位ではないため、足及び膝(ヒザ)が緩衝器になりませんが、その代わりに、本発明のサスペンション部品が備える緩衝器によって、振動や衝撃力を吸収して、ターン時の遠心力を吸収できます。本発明のサスペンション部品は、ターンが終わるときに、遠心力を前方への運動量、つまりスピードに変換させることも可能です。

また、本発明のサスペンション部品を使用中の乗り手は、そのままリフトのチェアリフトに乗ることができます。

乗る体勢は、自転車、オートバイ、又は馬に乗る体勢と同様であり、従来のシットスキーに比べて、やや直立した体勢となります。そのため、乗り手は、ボードを十分に制御でき、ボード上でうまくバランスをとれます。また、中腰の体勢のままで膝を曲げ伸ばしすることで、ターンのときにボードに対して自由に体重をかけることができます。

以上のように本発明の懸架アセンブリ(サスペンション部品)を使うことによって、前向きの中腰の体勢でスノースポーツボードに乗れます。

このような発明を実施するための具体例について、以下に説明します。

図1は、スノースポーツボード10に取り付けられた本発明のサスペンション部品300(一例)の側面図です。サスペンション部品300は、スノースポーツボード10(以下、単に「ボード」ともいいます)に取り付けられるように構成されたベース310を備えます。ベース310は、スキーやスノーボードのブーツとほぼ同じ長さLを有します。スノースポーツボード10の上にベース310が取り付けられているため、ボード10をターンさせるときに、乗り手の体重がベース310を通じてボード10の一部に集中します。

【図1】

ベース310は、例えばねじを用いてボード10に固定されます。図1は、スノースポーツボード10の一部しか示していませんが、ボードの長さは、130cm~180cmです。

緩衝器330の下端332は、ベースの前部分(前ベース部314)に取り付けられています。緩衝器330は、ボード10との間で、例えば80°~100°の角度αで取り付けられています。緩衝器330は、ばね付きの空気圧ピストン、ばね付きの油圧ピストン、スプリング式緩衝器などであり、ボード10に乗った時の衝撃を緩和させるように設計されています。

図3の側面図に示すように、例えばサスペンション部品300は、乗り手を保持するバケット式シート390(腰かけ)を備え、フレーム350の直立部分(第1の部分354)に固定された膝(ヒザ)支持体420をさらに備えます。このような構成によって、乗り手の体重をボードにしっかりと乗せることができます。図3のバケット式シート390は、高い背部を有して乗り手のほぼ腰背部まで延び、必要に応じて、乗り手の背中の途中まで延びる背もたれ390aを備えます。バケット式シート390は、例えば、腹筋の弱い乗り手を支えて保持することもできます。

【図3】

膝(ヒザ)支持体420は、フレーム350にそれぞれ取り付けられた左右のプレート421を備えます。膝(ヒザ)支持体420のプレートは、例えば乗り手の膝(ヒザ)及び/又は脛(スネ)を収容する大きさを有します。乗り手がチェアリフトに乗る用意をしているときなどに、膝(ヒザ)支持体420のプレート421を折り畳むことができます。

図3に示すように、サスペンション部品300は、膝(ヒザ)支持体420だけでなく、足支持体400も備えます。足支持体400は、フレーム350から離れた位置にあり、足の甲側に接触するように構成された横バーを備えます。

図5Aは、スノースポーツボード10に取り付けたサスペンション部品300を使用しているときに、乗り手500がチェアリフト600に乗る手順の一部を示しています。

【図5A】

例えばチェアリフト600に乗る時、サスペンション部品300は、図5Aに示すように、チェアリフトのシート602の上に乗ることができます。

このとき、逆L字形のフレームにある開放領域380が利用され、乗り手500が座った状態のまま、チェアリフトのシート602がサスペンション部品300と係合します。すなわち、チェアリフト600が乗り手500を持ち上げて運ぶとき、乗り手500がシート390に着座した状態でチェアリフトシート602上に保持されます。

したがって、乗り手500は、膝(ヒザ)を曲げた状態でシート390に着座することができます。乗り手500は、座位のままでチェアリフト600に乗って斜め上方へ移動することができます。

図6は、膝支持体420付きのサスペンション部品300の使用時の状態を示します(側面図)。

【図6】

乗り手の膝(ヒザ)502と、脛(スネ)508の一部は、膝(ヒザ)支持体420の上にあり、足504はボード10の上にあります。膝(ヒザ)502が腰506の下かつ前方にあるため、ターンするときに体重を容易にボード10にかけることができます。

乗り手500は、両方の膝(ヒザ)502の間でフレーム350を挟み込むことができます。適宜、脚ストラップ430を下肢508に巻き付けて乗り手500を固定できます。

図8は、足支持体400および膝(ヒザ)支持体420付きのサスペンション部品300の使用状態(緩衝器330が縮んだ状態)を示します(側面図)。乗り手500は、膝(ヒザ)502と下肢508を、1対のプレート421で示されている膝(ヒザ)支持体420で支持します。プレート421はやや上向きの方向に延びて傾斜しており、シート309も前に傾斜して延びているため、乗り手の体勢と一致しています。

図8

乗り手の足504は、ボード10上のベース310の後ろに取り付けられた足支持体400に係合します。乗り手500は、座った体勢を維持すること、膝(ヒザ)支持体420の上で膝を立てた体勢になること、又は、足支持体400を使って一時的に立ち上がること、のいずれかが可能です。

図9(前方斜視図)、図10(側方斜視図)、および図14(後方図)は、サスペンション部品300の具体例を示します。

【図9】左 【図10】右

【図14】

シート390は、フレーム350の前後方向に伸びる部分(第2の部分356)の後方に取り付けられています。ウェストストラップ432が腰プレート394に取り付けられています。

フレーム350は、例えばアルミニウム又は鋼で形成されています。フレーム350の前後方向部分(第2の部分356)の前方端部分356aは、例えばピンを用いて迅速に着脱可能です。

膝(ヒザ)支持体420は、1対の支持プレート421を備え、それぞれがフレーム350の両側に取り付けられていて、乗り手を固定します。膝(ヒザ)支持体420は、例えば下肢408がはまり込むような形状をしています。膝(ヒザ)支持体420は、支持プレート421に固定された脛(スネ)当て440を備えます。なお、棒状の第1と第2の連結体370、372が、フレーム350の縦部分(第1の部分354)に取り付けられています。

その他、上述したように、本発明の「懸架アセンブリ(サスペンション部品)」は、腰プレート394などのさまざまな部材を備えます。

本発明のサスペンション部品300を使うことにより、腰プレート394やウェストストラップ432(図9参照)を有するシート390によって乗り手がボード10へ体重をかけることが容易になります。よって、スキーやスノーボードとは異なる方法でターンできます。

例えば、乗り手500が胴体をボード10の片側に傾けるとき、乗り手500が腰プレート394やウェストストラップ432に寄り掛かることで、ボード10のエッジに体重を乗せることができます。必要に応じて、サスペンション部品300は、体が必ずしも十分に動かない障害者にも好適に利用されるバケット式シートを備えます。膝支持体420は、脛当て440、凹型形状をしたプレート421などを備えます。これにより、乗り手500は、ターンするときに、ボード10に効率的に体重を乗せることができます。

本発明は、中腰の体勢で乗り手をボードの上に固定し、乗り手が容易に雪の上をすべることができるサスペンション部品(懸架アセンブリ)を提供することができます。

本発明のポイントを解説しますと、スノースポーツボードに取り付けられて使用される本発明の「懸架アセンブリ(サスペンション部品)」は、逆L字形のフレームを備えます。このフレームは、上下方向に延びる部分(第1の部分)と、第1の部分の上部から後方に延びる部分(第2の部分)とを有します。

また、本発明の「懸架アセンブリ(サスペンション部品)」は、スノースポーツボードに取り付けられるように構成されたベース、すなわちボードに固定される基礎部分を備えます。

さらに、フレームの第2部分(前後に延びる部分)の上に設置されたシートを備え、加えて、ベースとフレームの第1の部分(上下に延びる部分)の下部に接続された緩衝器を備えます。すなわち、ベースとフレームとの間に緩衝器があります。

さらに、フレームの第1部分(上下方向に延びる部分)に取り付けられた膝支持体を備え、中腰の体勢で乗り手を支えるように構成されています。

本発明は、カヤックのボードメーカーとして有名なアメリカ合衆国のYak Board(ヤックボード)社が開発したものです。新しいスノースポーツのスタイルを実現するために開発されたと思われます。

上述しましたように、本特許発明は、立位以外の体勢でスノースポーツを楽しむ人のため、また、立位の体勢でボードに乗ることが困難な例えば障害者向けのスポーツのために利用されると思われます。本特許発明は、まさにあらゆる人にスノースポーツを楽しんでもらうためのアイデアであると予想されます。

発明の名称

スノースポーツボード用懸架アセンブリ

出願番号

特願2019-204708

公開番号

特開2020-081865

特許番号

特許第6881856号

出願日

2019.11.12

公開日

2020.06.04

登録日

2020.05.10

出願人

ヤック ボード エルエルシー(Yak Board, LLC)(アメリカ合衆国)

発明者

ロバート トンプソン(アメリカ合衆国)

国際特許分類

A63C 5/06

経過情報

平成30年11月15日(2018.11.15)にアメリカ合衆国で出願された出願の優先権を主張して日本国で出願されました。早期審査請求され、拒絶理由通知書を受けることなく特許となりました。

<免責事由>
本解説は、主に発明の紹介を主たる目的とするもので、特許権の権利範囲(技術的範囲の解釈)に関する見解及び発明の要旨認定に関する見解を示すものではありません。自社製品がこれらの技術的範囲に属するか否かについては、当社は一切の責任を負いません。技術的範囲の解釈に関する見解及び発明の要旨認定に関する見解については、特許(知的財産)の専門家であるお近くの弁理士にご相談ください。