コンマ数秒のタイム短縮!空力設計義足
東京2020オリンピック/パラリンピックが終わり、たくさんの感動に沸いた記憶もまだ新しいところですが、トップ選手が使用するスポーツ用品については、各メーカーが最先端の技術を駆使してタイム短縮、スコア向上に寄与しており、この企業間の技術競争も、オリンピック・パラリンピックの国際競争となっていることはよく知られているところです。有名なところではランニング用のシューズ、競泳用の水着、スキージャンプ用の板など、先端科学が記録を伸ばしてきたことは誰しも疑いのないところです。
今回紹介する発明は、パラリンピックの短距離走で活用される、義足用の板バネに関するものです。スポーツ用品を広く手掛けるミズノが開発し、特許権を取得したものとなります(出願日:2019年6月19日、特許番号:特許第6914296号、登録日:2021年7月15日)。
従来の義足用板バネは、その名の通り、平坦な板をバネ状にした形状をしています。軽量化のために炭素繊維強化樹脂で成形したり、板に貫通孔(穴)を設ける、いわゆる肉抜きをしたりといった工夫はされてきましたが、足先での振りやすさをさらに向上させる必要がありました。
そこで、さらなる振りやすさの向上のため、板バネを振った際の空気抵抗をより低減させるための工夫をほどこしたのが本発明となります。まさにコンマ数秒のタイム短縮のためにボディの形状を削ぎ落とす、スーパーカーの開発を思い起こさせます。このようなメーカーの創意工夫と競技者の能力とが相まって、新しい記録がつくられていくのでしょうね。
発明の背景
スポーツ競技で用いられる義足として、炭素繊維で強化された繊維強化樹脂を用いた板バネ部材を足部として用いる競技用の義足は広く知られています。このような義足の中には、軽量化を図るために板バネの先端に貫通孔を設けたものがありますが、このような義足の振りやすさ(足運びの容易さ)をさらに向上させることが求められていました。
本発明は、貫通孔が設けられた従来の義足用板バネにおいて、振りやすさをより向上させることができるという効果を有します。
特許の権利範囲
- 平板状に形成される直線部と、湾曲板状に形成された湾曲部とを備える義足用板バネにおいて、
- 前記湾曲部には、先端領域を起点とする長孔状に形成され前記湾曲部の表裏を貫通する貫通孔が設けられており、
- 前記貫通孔の周囲領域のうち前記貫通孔の両側、及び爪先側には、山脈状に隆起する整流部が備えられ、
- 前記整流部は、当該義足用板バネの側壁面と、前記貫通孔を形成する内壁面のそれぞれに連続的につながるように隆起している、
- ことを特徴とする義足用板バネ。
ここがポイント!
本発明のポイントは、特許請求の範囲の中の貫通孔の周囲領域のうち前記貫通孔の両側、及び爪先側には、山脈状に隆起する整流部が備えられることにあります(下図の参照番号20の部材)。
これにより、この義足を装着して走ったときに、義足用板バネの表面が受ける空気を板バネの裏面側にスムーズに案内させることができ、走行時の空気抵抗が低減されるのです。
この整流部は、ウレタンフォーム材やEVAスポンジなどの軽量な発泡材により成型されており、接着剤等により板バネ本体に直接固着されます。また、これに限らず、板バネ本体を炭素繊維を積層させて成型する際に、板バネ本体と同一材を追加的に積層することで、一体成型としてもよいとされています。
そして、実際に走行したときに、どれだけの整流効果が得られるかについて、流体解析シミュレーションを行うことでその効果が確かめられています。貫通孔が開いていない板バネ、貫通孔は開いているけれども整流部がない板バネと比較して、走行時の反力(空気抵抗)が小さくなることが確かめられています。この流体解析シミュレーションの結果を見てみる前に、もう少し整流部について以下に説明します。
整流部と貫通孔との断面(上図のA-A断面)をみると、下図のようになっています。
三角状に盛り上がっている部分が整流部で、従来の板バネにはない部分です。整流部は走るときに進行方向を向くように、板バネの貫通孔の周囲であって、板バネの前面に配置されています。これにより、従来は板バネの前面の「面」で空気抵抗を受けていたものが、整流部の三角形の頂点で空気抵抗を受けることになるわけです。
流体解析シミュレーション
流体解析シミュレーションにあたっては、以下の3つの実施例と2つの比較例を用意しました。
■ 実施例1:板バネ本体に、貫通孔と高さ10mmの整流部を固定したもの。
■ 実施例2:板バネ本体に、貫通孔と高さ20mmの整流部を固定したもの。
■ 実施例3:板バネ本体に、貫通孔と高さ30mmの整流部を固定したもの。
■ 比較例1:整流部、貫通孔のいずれも有さない板バネ本体。
■ 比較例2:板バネ本体に、貫通孔のみを設けたもの。
これら5つの対象について、20℃下、それぞれ1気圧における密度1.205kg/m3の乾燥空気を前面から流した際に義足が受ける水平方向反力Fx(単位:N)を求めました。また、測定にあたっては実際に走行する場合の板バネの角度変化を考慮して、板バネの振り角65deg、30deg、5degの3条件についてそれぞれ測定を行いました。結果を下表に示します。
得られた結果から、貫通孔の両側に整流部を備える実施例1−3は、貫通孔を有しない比較例1、及び貫通孔は有するが整流部を有さない比較例2よりも水平方向反力Fxが小さくなっていることがわかります。
つまり、比較例と比べて、空気抵抗を低減できることがわかります。これは、走行時に貫通孔の側面で受ける空気を、貫通孔の内側及び板バネ本体の側面側に流すことができるためと考えられます。
何に活用されているの?
本発明は、ミズノが手掛けるスポーツ用義足「KATANAΣ」として実用化されています(2021年4月30日に受注生産にて販売開始、想定価格80〜100万円)。貫通孔は「ウインドトンネル構造」と呼ばれ、整流部は「エアロデフレクター」という名称がつけられています。このような義足を提供することで、選手が最高の状態で競技に臨める体制づくりの一助になっているそうです。
なお、このKATANAΣは、東京2020パラリンピックでも活躍した高桑早生選手が、2020年9月に開催された日本パラ陸上競技選手権大会にて、女子100mT64に出場した際に装着していました。スポーツの発展は選手自身の強化・鍛錬はもちろんのこと、こうした技術開発によっても支えられているところが大きいですね。
特許の概要
発明の名称 |
義足用板バネ |
出願番号 |
特願2019-113429(P2019-113429) |
公開番号 |
特開2020-203016 |
特許番号 |
特許第6914296号 |
出願日 |
2019.6.19 |
出願人 |
美津濃株式会社 |
発明者 |
宮田 美文 |
国際特許分類 |
A61F 2/66 (2006.01) |
<免責事由>
本解説は、主に発明の紹介を主たる目的とするもので、特許権の権利範囲(技術的範囲の解釈)に関する見解及び発明の要旨認定に関する見解を示すものではありません。自社製品がこれらの技術的範囲に属するか否かについては、当社は一切の責任を負いません。技術的範囲の解釈に関する見解及び発明の要旨認定に関する見解については、特許(知的財産)の専門家であるお近くの弁理士にご相談ください。