任天堂・ポケモン社に“特許無効”で真っ向勝負 ゲーム開発会社が放つ反撃の声明


2025年春、ゲーム業界に波紋を広げる知財係争が再び表面化した。任天堂と株式会社ポケモン(ポケモン社)の両社が、ある国内の中堅ゲーム開発会社に対して特許侵害を主張して提訴。一方、被告側のゲーム開発会社はこれに対し、2025年5月初旬に声明を発表し、「両社が主張する特許はそもそも無効であり、係争を通じてその事実を明らかにする」と真っ向から反論した。

このコラムでは、係争の背景にある技術的争点、主張される特許の中身、ゲーム業界の知財戦略のトレンド、さらには被告側が進める“攻めの特許無効戦略”の意図を読み解く。

■問題となったのは「キャラクター連動型通信システム」

係争の核心となるのは、任天堂とポケモン社が保有するいくつかの特許技術だ。複数の関係者によれば、その中核には、AR技術を活用したキャラクター位置連動型通信システムや、ユーザーの行動履歴に応じたゲーム内出現キャラの制御機構が含まれているという。

特に注目されるのは、任天堂が2016年に出願し、2019年に登録された特許(特許第6xxx321号)で、ユーザーの位置情報と時間帯、キャラクターの習性を組み合わせた出現ロジックに関するもの。これは「Pokémon GO」的な体験を支える重要特許とも目されてきた。

被告とされるゲーム開発会社は、2024年にリリースした位置情報ゲームにおいて、類似した通信制御ロジックを採用していたことから、「構成要件を満たす」として侵害を指摘された。

■ゲーム会社側の反論「技術的独立性を確保しており、特許は無効」

被告ゲーム会社(以下、X社)はこれに対し、2025年5月に公式声明を出し、次のように反論した。

「当社の開発した技術は、任天堂およびポケモン社の特許に依存しておらず、独自の開発により実現されたものです。また、両社の主張する特許については、先行技術に照らして明らかに進歩性が欠如しており、無効であると考えています。」

声明文の中ではさらに、「現在、特許庁に対して無効審判の請求準備を進めている」とも記されており、単なる防御ではなく、特許そのものの根拠を揺さぶる戦略に出た。

ゲーム業界において、特許無効審判を積極的に仕掛ける例は決して多くない。大手メーカー同士の水面下の交渉で決着するのが一般的だ。しかしX社は、「今回の件が今後のゲーム開発自由度を大きく左右する」として、公開戦としての無効化を辞さない姿勢を見せている。

■無効主張の鍵:“位置情報×キャラクター制御”の先行技術

実際、X社はすでに複数の先行技術文献を特定しており、その中には2009年頃に発表された韓国の大学による論文や、2010年に登場した欧州のGPSゲームアプリの技術資料も含まれている。特許における“進歩性の欠如”を主張するためには、「当業者であれば容易に思いつく構成である」と示す必要があるが、それらの文献がこの主張の裏付けとなる可能性がある。

また、ゲーム開発者の間では「こうした位置情報×キャラの出現制御のアイデアは、2000年代後半から広く議論されてきた」との声も多く、業界全体として“公知の技術である”との認識も根強い。

■知財戦略の分水嶺:「訴訟か交渉か、無効審判か」

今回の係争は、ゲーム業界における知財戦略の分水嶺とも言える。任天堂やポケモン社のような大手パブリッシャーにとって、特許は「ブランドとIPの強化装置」であり、技術保護というよりも交渉材料の色彩が強い。一方、X社のような中堅企業にとっては、“過度な特許主張によって開発の自由が損なわれる”という懸念が現実化する事態だ。

今回X社は、あくまで開発自由を確保する観点から、「非対称な知財支配」に対して無効審判というカウンターを取った。これにより、知財を盾にした業界ヒエラルキーへの疑義が投げかけられた格好だ。

■特許制度のバランスを問う―「創造性」か「独占性」か

ゲーム業界における特許戦略の難しさは、創造性を保護しつつも、過剰な独占を生まない制度設計にある。とくに体験型ゲームやXR系の技術は、感覚的・複合的な構成が多いため、技術のオーバーラップが不可避となる。

このような中で、“包括的・抽象的な特許”が登録されると、それが後発企業に対するブレーキとなる危険性も孕む。

今回の係争は、単なる一企業間の争いではなく、日本のゲーム業界全体における知財の未来像を問い直す契機になりうる。

■おわりに―ゲーム産業の“創造の自由”は守られるのか

任天堂とポケモン社が保有する知財は、確かに業界をリードする重要資産である。一方、それを活用するには慎重なバランス感覚も求められる。

X社の今回の“無効主張”は、単なる防戦ではなく、「開発者としての誇り」をかけた攻勢でもある。知財は守るための剣であると同時に、使い方によっては鎖にもなり得る。技術の真価を見極めるのは、制度設計と、創造者の信念だ。

果たして“自由な創造”と“知財の保護”は、どこで折り合うのか。この訴訟が、重要な一つの答えを示す可能性がある。


Latest Posts 新着記事

11月に出願公開されたAppleの新技術〜PCに健康状態センサーをつけるとどうなるのか〜

はじめに もし、あなたが毎日使っているノートパソコンが、仕事や勉強をしながらそっとあなたの健康状態をチェックしてくれるとしたら、どう思いますか? これまで、私たちが使ってきたノートパソコンのような電子機器には、ユーザーの体調をモニターするような高度なセンサーはほとんど搭載されていませんでした。Appleから11月に出願公開された発明は、その常識を覆す画期的なアイデアです。キーボードの横にある、普段...

AI×半導体の知財戦略を加速 アリババが築く世界規模の特許ポートフォリオ

かつてアリババといえば、EC・物流・決済システムを中心とした巨大インターネット企業というイメージが強かった。しかし近年のアリババは、AI・クラウド・半導体・ロボティクスまで領域を拡大し、技術企業としての輪郭を大きく変えつつある。その象徴が、世界最高峰AI学会での論文数と、半導体を含むハードウェア領域の特許出願である。アリババ・ダモアカデミー(Alibaba DAMO Academy)が毎年100本...

翻訳プロセス自体を発明に──Play「XMAT®」の特許が意味する産業インパクト

近年、生成AIの普及によって翻訳の世界は劇的な変化を迎えている。とりわけ、専門文書や産業領域では、単なる機械翻訳ではなく「人間の判断」と「AIの高速処理」を組み合わせた“ハイブリッド翻訳”が注目を集めている。そうした潮流の中で、Play株式会社が開発したAI翻訳ソリューション 「XMAT®(トランスマット)」 が、日本国内で翻訳支援技術として特許を取得した。この特許は、AIを活用して翻訳作業を効率...

特許技術が支える次世代EdTech──未来教育が開発した「AIVICE」の真価

学習の個別最適化は、教育界で長年議論され続けてきたテーマである。生徒一人ひとりに違う教材を提示し、理解度に合わせて学習ルートを変化させ、弱点に寄り添いながら伸ばしていく理想の学習プロセス。しかし、従来の教育現場では、教師の業務負担や教材制作の限界から、それを十分に実現することは難しかった。 この課題に真正面から挑んだのが 未来教育株式会社 だ。同社は独自の AI学習最適化技術 で特許を取得し、その...

抗体医薬×特許の価値を示した免疫生物研究所の株価急伸

東京証券取引所グロース市場に上場する 免疫生物研究所(Immuno-Biological Laboratories:IBL) の株価が連日でストップ高となり、市場の大きな注目を集めている。背景にあるのは、同社が保有する 抗HIV抗体に関する特許 をはじめとしたバイオ医薬分野の独自技術が、国内外で新たな価値を持ち始めているためだ。 バイオ・創薬企業にとって、研究成果そのものだけでなく 知財ポートフォ...

農業自動化のラストピース──トクイテンの青果物収穫技術が特許認定

農業分野では近年、深刻な人手不足と高齢化により「収穫作業の自動化」が急務となっている。特に、いちご・トマト・ブルーベリー・柑橘など、表皮が繊細な青果物は人の手で丁寧に扱う必要があり、ロボットによる自動収穫は難易度が極めて高かった。そうした課題に挑む中で、株式会社トクイテンが開発した “青果物を傷付けにくい収穫装置” が特許を取得し、農業DX領域で大きな注目を集めている。 今回の特許は単なる「収穫機...

<社説>地域ブランドの危機と希望――GI制度を攻めの武器に

国が地理的表示(GI:Geographical Indication)保護制度をスタートしてから10年が経つ。ワインやチーズなど農産物を地域の名前とともに保護する仕組みは、欧米では産地価値を国境を越えて守る知財戦略としてすでに大きな成果を上げてきた。一方、日本でのGI制度は、導入から10年が経った今ようやくその重要性が幅広く認識される段階に差し掛かったと言える。 農林水産省によれば、2024年時点...

保育データの構造化とAI分析を特許化 ルクミー「すくすくレポート」技術の本質

保育業界におけるDXが本格的に進む中、ユニファ株式会社が展開する「ルクミー」は、写真・動画販売や登降園管理、午睡チェックシステムなどを通じて保育の可視化と効率化を支えてきた。その同社が開発した 保育AI™「すくすくレポート」 が特許を取得したことは、保育現場のデジタル化における大きな節目となった。 「すくすくレポート」は、子どもの日々の成長・発達をAIが分析し、保育士の観察記録を補助...

View more


Summary サマリー

View more

Ranking
Report
ランキングレポート

海外発 知財活用収益ランキング

冒頭の抜粋文章がここに2〜3行程度でここにはいります鶏卵産業用機械を製造する共和機械株式会社は、1959年に日本初の自動洗卵機を開発した会社です。国内外の顧客に向き合い、技術革新を重ね、現在では21か国でその技術が活用されていますり立ちと成功の秘訣を伺いました...

View more



タグ

Popular
Posts
人気記事


Glossary 用語集

一覧を見る