マツダとロームがGaNパワー半導体で車載部品を共同開発!その狙いとは?


2025年3月27日、マツダとロームが次世代パワー半導体「GaN(窒化ガリウム)」を用いた車載用電動駆動システム部品の共同開発を行うと発表した。このニュースは、自動車業界だけでなく、日本の製造業にとっても大きなインパクトを与えている。

電動化の潮流が加速する中で、なぜいまGaNなのか?そして、マツダとロームという異業種の企業が手を組む狙いはどこにあるのか?本稿では、両社の提携の概要を整理し、その背景にある技術的・経済的本質を探り、今後への期待をひも解いていく。

GaNパワー半導体とは何か?

GaN(Gallium Nitride)は、次世代のパワー半導体材料として注目されている化合物半導体である。現在の主流であるシリコン(Si)に比べて、GaNはより高い耐圧、高速スイッチング、小型化、低損失といった優れた特性を持つ。

たとえば、電気をモーターに供給するためのインバータにおいて、GaNを使うと、従来よりも高効率でコンパクトなシステムが可能となる。これはすなわち、EVの軽量化・省エネルギー化につながり、航続距離の延伸にも寄与する。

SiC(シリコンカーバイド)もまた次世代パワー半導体として注目されているが、GaNは低耐圧領域(おおむね650V以下)での性能に優れ、コスト面でも将来的に優位性を持つとされている。

なぜマツダとロームが手を組むのか?

ロームは日本を代表するパワー半導体メーカーであり、すでにSiCの車載用モジュールなどで世界市場にプレゼンスを確立している。一方のマツダは、独自のスカイアクティブ技術などで知られる中堅自動車メーカーであり、従来は電動化において比較的慎重なスタンスを取ってきた。

しかし、2020年代に入り、マツダも「マルチソリューション戦略」を掲げ、EVやハイブリッドの開発に本腰を入れてきた。こうした中、効率と小型化を同時に追求できるGaNは、マツダの設計思想と非常に相性が良い。

両社はすでに2022年から、SiCパワー半導体を用いた電動車用インバータの共同開発に着手していた。今回のGaN共同開発は、その延長線上にあるものであり、単なる部品供給を超えた“垂直統合的な技術開発関係”に深化している。

ロームにとっても、マツダとの協業は「ユーザー視点での製品開発」に直結する貴重なフィードバックループであり、次世代半導体の早期実装に向けた強力なパートナーシップとなる。

技術開発の中身と目指す未来

マツダとロームは、今回のGaN開発において「部品単体の開発」ではなく、「車両レベルでのパッケージング最適化」まで見据えている。つまり、GaNの特性を活かすためには、それを単に置き換えるのではなく、電気配線、冷却系、制御ロジックを含めた“システム全体の最適化”が求められる。

たとえば、GaNは発熱が少なく冷却機構を簡素化できるが、それによって生まれたスペースをどう活かすか、重量バランスをどう設計するか、ボディのデザインにどう反映するかといったレベルでの設計変更が可能になる。

このように、GaNを導入することで、従来の設計制約を打破し、まったく新しい車両アーキテクチャの創出が視野に入ってくる。これは、特に空力設計や乗員空間の最適化を志向するマツダにとって、大きなチャンスと言える。

期待される効果と将来展望

マツダとロームは、2025年度中にコンセプト車両での実証を行い、2027年度の量産化を目指すとしている。このスケジュール感は、グローバルEV市場の転換点と重なる。

現在、Tesla、BYD、Hyundaiなど、世界各国のEVメーカーが電動化とデザインの融合に注力しており、そこにマツダ独自の“人馬一体”思想と先端半導体が融合すれば、世界市場に対する競争力が一気に高まる可能性がある。

また、ロームにとってもGaN量産技術を車載用途で磨くことは、他産業(たとえばドローン、航空機、再生可能エネルギーなど)への展開の布石となる。

さらに、国内の半導体サプライチェーンを強化し、製造拠点の国内回帰を進める文脈においても、この提携は“国策級”の意味合いを持つ。特に日本政府が注力する次世代半導体戦略(Rapidus構想など)との相互補完的な動きとしても注目される。

独自視点:設計思想の進化と“知財の匂い”

筆者が注目するのは、この共同開発が単なる技術革新にとどまらず、「設計思想そのものの刷新」を伴っている点である。GaNは単なる高性能部品ではなく、「デザインの自由度を広げる鍵」として捉えられている。

これは、今後の自動車開発において、電動化とデザイン、体験設計が一体化する方向性を示している。言い換えれば、部品レベルではなく、体験価値レベルでのイノベーションが進むということだ。

加えて、この分野における特許出願も活発化している。ロームはGaNトランジスタの構造や製造プロセスにおいて多数の基本特許を保有しており、車載用途への適用においても新たな知財戦略が見込まれる。今後、マツダとの協業によって、「車両と半導体が一体となった特許網」が形成される可能性も高く、日本発のIPミックスとして世界市場を狙うシナリオも現実味を帯びてくる。

終わりに

マツダとロームによるGaNパワー半導体の共同開発は、「技術革新」と「設計革新」、そして「価値創造」が交差する、極めて現代的なプロジェクトである。

環境負荷の低減と体験価値の最大化を両立させるために、材料から設計までを一貫して見直すというこの試みは、日本のものづくりの新たな可能性を示している。

本格的な製品化はこれからだが、その動向は“日本の再起”を感じさせる象徴的なニュースとして、今後も注視していきたい。

 


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