技術を製品化につなげる、2企業の力で加速する新発明


今回紹介するのは株式会社イトーキ様(以下、イトーキ)と、北海道で木材の加工・製造・卸業を展開する広葉樹合板株式会社様(以下、広葉樹合板)が発明・製品化した、立ったまま寝ることができる仮眠用ボックス「giraffenap(ジラフナップ)」です。

立ったまま快適に眠る技術のアイデアや研究、特許を取得したイトーキと、木材の取り扱い技術と、実装化を得意とする広葉樹合板が出会ったことで、新しいアイデアが実際に実用段階までスピード感を持って進んだ、その経緯をお話しいただきました。

1社単体での開発とは一味違う、ライセンス契約による新たな技術開発の可能性。株式会社イトーキ様より榎原様、広葉樹合板株式会社様より山口様から、それぞれの視点で本製品の誕生秘話をうかがいます。

PROFILE

山口 裕也

HIRONARI YAMAGUCHI

【経歴】

広葉樹合板㈱ 代表取締役
山口 裕也/Hironari Yamaguchi様のプロフィールです。
1968年 北海道旭川市出身
1991年 拓殖大学商学部貿易学科 卒業
     同年、新東亜交易株式会社 入社を経て
1994年 父親が経営する広葉樹合板株式会社 入社
2003年 取締役に就任。その後、常務取締役札幌支店長・専務取締役西日本事業所長を経て
2010年 代表取締役に就任。現在に至る。
持株会社である㈱広葉樹ホールディングス、再生可能エネルギー発電会社の㈱フルステイーム代表も兼務


榎原 邦晃

EHARA KUNIAKI

【経歴】

和歌山市生まれ。1993年㈱イトーキクレビオ(現イトーキ)に入社(知財実務経験年数:30年)。
2015年に経営企画部内の知的財産推進室、室長就任。新たな特許活用となる知財ビジネスマッチングや意匠制度の積極活用、知財DXを推進。令和2年に知財功労賞特許庁長官表彰(意匠)を受賞。
2024年に知的財産企画室、室長に就任。

出会いは「知財ビジネスマッチング」

仮眠用ボックス「giraffenap(ジラフナップ)」は、イトーキの開放特許を用い、広葉樹合板が設計・制作・施工を担い製品化した、忙しい日々の疲労や眠気にひととき寄り添う安らぎの個室だ。ワークプレイス事業をメインにオフィスや製造現場の空間をイノベーションするイトーキは東京に本社を構える。北海道は旭川で、広大な土地の樹木、そして日本の木工業を支えてきた広葉樹合板とイトーキが出会ったのも北海道のとあるイベントだ。

「イトーキさんからお話しを聞いたのは2021年の11月です。北海道の北洋銀行さん主催の知財ビジネスマッチングというイベントにお誘いいただいて、ブースを出しておられるところに話をうかがいに行きました。元々弊社では、自社の卸/メーカーとしての事業のほか、什器や内装などの各社ニーズにあわせた設計・施工を担う製造開発業務も行っておりましたので、何かご縁があればとイベントに足を運びました。」

知財ビジネスマッチングは、各地の経済産業局が主導する、眠れる開放特許と地域企業を結び付けるイベントだ。地域企業にとっては地元を超えた事業拡大の種が眠る場であり、大企業にとっては自社の持つ大小さまざまな特許技術を製品に変える覚醒のチャンスの場でもある。

「お話は各ブース30分の既定の中でうかがうのですが、実はその時点でメインでうかがっていた技術はこの仮眠ボックスの話ではなかったんです。一通りのお話しを終えて、時間も終盤、世間話なんかも始まったところで『そういえばこんなアイデアもあって…』と飛び出して来たのが本件でした。聞いた第一印象は、立って寝るってなんだそれ!?という驚き。そして同時に、これは非常におもしろいなとピンときたんです。我々の設備や工場技術なら作れそうだ、という予感がありましたし、ビジネス的に…という以上に面白いことができそうだなと感じました。」

技術と製造のセンサーが共鳴し、その翌日には挨拶の連絡とあわせて、あのお話が気になるのですが、と話が進み始めたそうだ。これまでも実用新案をぱらぱらと手掛けたことはあったが、今回のような特許技術のライセンス契約という形は初めてだったと山口氏。新しい挑戦はここで動き出した。

製品化へのそれぞれの思い

すでに2023年夏に体験版をネスレ日本とのコラボで展開した本製品。イトーキの開放特許「人体収納用構造体及び睡眠用筐体」という技術自体が山口氏も驚いた通りまったく新しい発想で開発されている。その仕組みとアイデアの原点についてイトーキ・榎原氏は発案当初をこう振り返る。

「発明担当者がこの仮眠ボックスについて閃いたのは、電車での居眠りを見たときだったそうです。電車で立ったまま寝ている人の膝がカクンと折れてしまう様子を見て、必要な箇所を支えてあげればそのまま睡眠姿勢として成立するのではと思ったんです。そもそも、オフィスでも学校でも昼間に眠くなってしまうことは皆さん経験がありますよね。そこで眠気を我慢して過ごすせいで生産性や効率が落ちてしまう。少しの仮眠が取れるだけで働くパフォーマンスはぐっと上がると仮定しました。商材自体はユニークで新しいものではありますが、全く突拍子もない試みというわけでもなく、オフィス家具やワークプレイスといった弊社の主力分野の領分だと認識しています。」

「立ったまま寝るためには体を支持する必要があります。頭・お尻・すね・足裏の4点 を支えることで、脱力しても体が崩れることがなくなり、立ったまま寝られます。立ち寝というアイデアからスタートし、施策検討までが半年、そこから実験とブラッシュアップをかさね、特許を取得しました。実際自分たちで試して、快適に寝られるか実験を重ねました。ライセンス契約は2022年の7月に取り結び、そこから開発をし実装が2023年の7月です。広葉樹合板さんとの商品化には約1年というスピード感ですね。」

開発の1年で大変だったことは?という質問には、たくさんありましたねと広葉樹合板山口氏。「形やデザインの前に、寝る場所ですから、まず心地よくなくてはいけません。そして次に安全性です。中で倒れてはいけませんし、この仮眠ボックスを使ったことで怪我をしてはいけない。ひとりひとり体型や身長が違う中で、どなたにでも対応できなければいけない。そのためにアジャスト機能を付けたり、角度や微妙な位置を調整できるようにして、安全性のエビデンスについてはイトーキさんの方で耐震試験をしていただくなど、万全の状態で送り出せるよう細部を詰めました。」

「そしてその上で、最終的に目を引くようなデザインでなくてはなりません。元々イトーキさんの原案CGが近未来的なもので、その印象が最後まで残ったこともあり、製品ラインナップの1つは近未来をイメージした「スペーシア(SPACIA)」に、もう1つは私たちの木工分野を活かし森の中をイメージした「フォレスト(FOREST)」と、それぞれのイメージや強みを組み込んだ完成形にできたと思っています。」

技術者・開発者のみなさまへ

ライセンス契約による新商品の開発についてお話を深堀りすると、それが単なる分業や、仕組みの売買という話では終わらないということがひしと伝わった。イトーキ榎原氏は「発明が日の目を見る嬉しさ」を温かく語ってくれる。

「弊社では知財部門をおいておりますし、ビジネスの競争優位性を確保する上では特許・知財は重要と考えています。一方で、日々生まれる技術について、開発しても研究しても日の目をみないこともあるんです。それを今回のように地方の企業さんに使っていただけるという形になれば、発明者や弊社スタッフのモチベーションアップにもつながります。今回もとても喜んでいました。それから、地域にも少しは貢献できるなと考えていて、お金がどうということだけではなく、今後もこういったご縁は大切にしたいなと思います。ちなみに、打ち合わせなどで北海道に行かせていただけるのも知財担当者は喜んでいますね笑。」

「基本的に開放特許は他の企業さんにも使っていただけるのですが、ライセンス契約するにあたっては、競合する製品が作れてしまう会社さん同士がかちあわないようには調整することになるかと思います。今回は良いご縁になり、改めて『発想を実行して繋げていくこと』の大切さを感じました。それから、研究したもの開発したものを届ける発信力も大事ですね。」

広葉樹合板山口氏は、発明家・技術者のみなさまへのメッセージも含めて今回の新発明をこう括った。

「先ほどもお話しした通り、今回のライセンス契約からの開発という形は弊社では過去にはない新しい試みです。イトーキさんというブランドの信用力もありますし、その点ももちろん心強いです。おかげさまで海外からのお問い合わせもあり、そういった中で、『せっかくここまで作り込んだものを真似されないようしっかり守りたい』という思いは働きますので、そのあたりの強化は今後していきたいですね。」

「今回設計・製造を担った弊社視点で研究者のみなさまに伝えるとすれば、作る技術があったとしても、それを活かすのは発想であるということ。意外性のあるものを発想できる力が肝要です。そのためにも、自分だけで考えるのではなく、たくさんの人の考えを吸収し、とにかくやってみる、チャレンジする、そして世の中に形にしていくことが大切だと感じています。」

ライセンス契約は技術の売買というビジネスの側面だけではなく、各社の持つ力がタスキとなり繋がれるリレーのようだと感じられた本対談。その協働でより大きく新しいイノベーションが生まれることも、生んだ技術がすくすくと育つ様子を見届けられることも、技術者にとって何ものにも代えがたい日々の励みになるのではないだろうか。


Latest Posts 新着記事

終わりなき創造の旅 厚木の発明家が挑む“次の技術革命”」

特許数でギネス更新 21世紀のエジソン、厚木に―発明の街が問いかける、日本の未来図 神奈川県厚木市―東京からわずか1時間足らずの距離にあるこの街が、世界の技術史に名を刻んだ。特許数の世界記録を更新した発明家、山﨑舜平(やまざき・しゅんぺい)氏が拠点を構えるのが、まさにこの地である。彼の名がギネス世界記録に再び載ったというニュースは、科学技術の世界だけでなく、日本人のものづくり精神を象徴する話題とし...

知財は企業の良心を映す鏡――4億ドル評決が語るイノベーションの倫理

2025年10月、米テキサス州東部地区連邦地裁で、韓国の大手電子機器メーカー・サムスン電子に対し、無線通信技術の特許侵害を理由に4億4,550万ドル(約690億円)の賠償を命じる陪審評決が下された。この判決は、単なる企業間の紛争を超え、ハイテク産業における知的財産権(IP)の重みを再認識させる事件として、世界中の知財関係者の注目を集めている。 ■ 「技術を使いたいが、支払いたくない」——内部文書が...

知財が揺るがす電機業界――TMEIC×富士電機、UPS特許訴訟の裏側

2025年夏、産業用電源装置分野を揺るがすニュースが伝わった。東芝三菱電機産業システム(TMEIC)が、富士電機の無停電電源装置(UPS)製品が自社の特許を侵害しているとして、韓国において訴訟および輸入禁止の措置を求めた件である。韓国貿易委員会(KTC)は8月下旬、TMEICの主張を一部認め、富士電機製の特定UPSモデルについて韓国への輸入を禁止する決定を下した。日本企業同士の知財紛争が、国外で具...

「JIG-SAW、AI画像技術で米国特許を獲得へ 知財を武器にグローバル競争へ挑む」

はじめに:発表概要と意義 JIG-SAW(日本発の IoT / ソフトウェア/AI ベンチャーと理解される企業)は、米国特許商標庁から「コンピュータビジョン技術」に関する Notice of Allowance(特許査定通知) を取得した旨を、自社ウェブサイトおよびニュースリリースで公表しています。 具体的には、JIG-SAW は「コンピュータビジョン技術、画像処理・画像生成支援技術」分野において...

「特許で世界を包囲する中国 イノベーション強国への加速」

はじめに:なぜ国際特許出願数が注目されるか イノベーション(技術革新)の国際競争力を測る指標として、研究開発投資、論文発表数、特許出願数などが長らく注目されてきました。特に国際特許(例えば、特許協力条約 PCT 出願、あるいは各国出願による外国での保護を意図した出願)は、一国の発明・技術が国際市場を見据えて保護を志向していることを示すため、技術力だけでなく国際志向性の強さも反映します。 近年、中国...

「AI×知財が生む国産イノベーション ナレフルチャットの議事録特許が拓く未来」

2025年秋、CLINKS株式会社が提供する法人向け生成AIチャット「ナレフルチャット」が、議事録生成技術に関する特許を取得した。 このニュースは単なる技術発表にとどまらず、「AIが人の仕事の記録と知識をどう扱うか」という大きな変化の象徴でもある。 いま、AIは“人の代わりに考える”段階から、“人の思考を支える”段階へと進化している。 その中で、「会議をどう記録し、どう活かすか」は、企業の知的生産...

「日用品にも知財戦争 クレシア×大王製紙、“3倍巻き”特許訴訟の行方」

はじめに:争点と構図 日本製紙クレシア(以下「クレシア」)は、トイレットペーパーについて、従来品に比して「長さ3倍(長巻き)」としつつ実用性を保つ技術を有する特許を取得しており、これを背景に、同種製品を販売する大王製紙(以下「大王製紙」)に対し、製造・販売の差止めおよび約3,300万円の損害賠償を求めて訴訟を提起しました。 第1審(東京地裁)では、クレシアの請求は棄却され、大王製紙の製品がクレシア...

「ナノレベルの精度を支える静電チャック ― ウエハー温度均一化の秘密」

ウエハー温度を均一に保つ静電チャック ― 半導体製造を支える見えない精密技術 半導体製造の現場では、目に見えない高度な工夫が、日々の歩留まりや性能向上に直結しています。その代表例の一つが、静電チャック(Electrostatic Chuck, ESC)です。静電チャックは、半導体ウエハーをチャック面で静電力により吸着保持し、ナノメートル単位の加工を可能にする装置です。表面からはただの「吸着板」のよ...

View more


Summary サマリー

View more

Ranking
Report
ランキングレポート

海外発 知財活用収益ランキング

冒頭の抜粋文章がここに2〜3行程度でここにはいります鶏卵産業用機械を製造する共和機械株式会社は、1959年に日本初の自動洗卵機を開発した会社です。国内外の顧客に向き合い、技術革新を重ね、現在では21か国でその技術が活用されていますり立ちと成功の秘訣を伺いました...

View more



タグ

Popular
Posts
人気記事


Glossary 用語集

一覧を見る