日本のメタンハイドレート採掘


日本の近海に潜む資源として注目されているメタンハイドレートは、エネルギー業界にとって大きな可能性を秘めています。このコラムでは、特許の側面から、メタンハイドレート採掘技術の最先端をみてみようと思います。

まず、メタンハイドレートは、海底の一定の深度と圧力下で形成される氷のような物質で、メタンガスを豊富に含んでいます。日本の周辺海域には、これらのメタンハイドレートが豊富に存在しており、その埋蔵量は世界的にも非常に大きいとされています。

ここで、メタンハイドレートと一口に言っても、大きく分けて「砂層型メタンハイドレート」と「表層型メタンハイドレート」の2つに分けられます。「砂層型」は、水深500メートル以深の海底面下数百メートルの砂質層内に砂と混じり合った状態で存在し、主に太平洋側の東部南海トラフ海域を中心に存在が確認されており、「表層型」は、水深500メートル以深の海底面及び比較的浅い深度の泥層内に塊状で存在し、主に日本海側を中心に存在が確認されています。

このうち、現在特に注目されているのが「表層型メタンハイドレート」です。平成25年度から平成27年度にかけて行われた資源量把握のための調査では、日本海上越沖にはメタンガス換算で約6億立方メートルに相当する表層型メタンハイドレートが存在すると推定されました。砂層型に比べて回収の難易度が低いことが想定され、経済産業省を筆頭に2027年度に商業化を目指して、回収技術の開発や環境影響調査等が行われています(コロナ禍でスケジュールが若干遅れているようですが)。

これまで、メタンハイドレートの採掘には多くの困難が伴うとされてきました。まず、その存在する深海には高い圧力と低い温度が支配的であり、採掘作業自体が非常に困難です。また、メタンハイドレートは非常に不安定であり、採掘中にガスが急速に放出される可能性があります。これにより、環境への影響や安全上の懸念が生じます。

しかしながら、最新のテクノロジーの進歩により、これらの困難に対処する道が開けつつあります。例えば、海中ドローン等に自律型機器を搭載したロボットによって、深海での採掘作業を行うことが可能になりつつあります。これにより、人間の安全を確保しつつ、効率的かつ環境に配慮した採掘が可能となるでしょう。

 また、商業化に向けた計画も進行中です。上述のとおり、政府やエネルギー企業は、2027年度までにメタンハイドレートの商業化を目指し、関連する研究開発を積極的に推進しています。これには、採掘技術の開発や環境影響の評価、ガスの生産・供給体制の整備などが含まれています。

 メタンハイドレートに関する特許をみてみると、この分野で研究開発が最も進んでいるのは国立大学法人東京海洋大学だと言えそうです。最近でも、下記の5つの特許出願が確認できます。
・特開2022-154400(地盤試料採取装置、ガイド体および地盤試料採取方法)
・特開2021-117192(水底地盤引上げ試験装置および水底地盤引上げ試験方法)
・特開2020-090842(メタンハイドレート混合模擬地盤、メタンハイドレート掘削模擬実験装置、メタンハイドレート混合模擬地盤の製造方法、およびメタンハイドレート模擬地盤の製造方法)
・特開2020-056728(シュー装置、水底地盤貫入試験装置、および水底地盤貫入試験方法)
・特開2019-143309(ガスハイドレート採掘装置および採掘方法)

例えば5つめの「特開2019-143309」をみてみると、表層型メタンハイドレートにターゲットをしぼり、海底面下の浅部ないし深部の地盤や寒冷地の深部地盤に存在するメタンハイドレート層(MHL)を採掘する装置についての特許出願が行われています。

このような海底の比較的浅い部分を採掘する装置は、装置として大掛かりにもならず、ターゲットとするMHLにほぼダイレクトにアクセスするため、海底に土捨て場を設ける必要をなくすことができます。また、掘削坑内に存置される土砂の土圧により、掘削坑の壁面の安定性を高めることができる結果、地盤の強度によっては、安定液を用いずに掘削を行うことも可能になるため、経済的で環境への影響が少ないメタンハイドレートの掘削を行うことができます。また、小型であるため立坑(掘削坑)や周辺斜面などの周辺地盤の崩壊を引き起こさず、さらに土砂の巻き上げによる周辺海域(水域)の濁りを抑制することもできるのです。

もちろん、このような採掘が海底でうまくいくかを実験室内でシミュレーションする技術も必要で、その点については3つめに挙げている「特開2020-090842」で検討がされています。

上図は、メタンハイドレートを含む海底地盤を模擬するためのメタンハイドレート混合模擬地盤10で、地盤材11と、地盤材11に混合された模擬メタンハイドレート12と、を備え、模擬メタンハイドレート12は、大気圧、および模擬海水の凝固点よりも高い温度環境下において固体状態であり、模擬海水との比重差がメタンハイドレートと海水との比重差以上である模擬ハイドレートです。

東京海洋大学の他にも、企業では例えばJFEエンジニアリング株式会社は、表層型メタンハイドレートを水底で採掘し、海上へ搬送するためのコンテナについての特許出願をしています(特開2019-178560)。

このように、メタンハイドレートの採掘技術については、日本において非常に重要かつ「ホット」な技術であり、その研究開発は着々と進んでおり、成果も得られつつあります。しかしながら、商業化までにはまだ課題が残っています。技術の向上と同時に、環境への影響や安全性の確保についても避けては通れない課題です。また、メタンハイドレートの採掘に対しての、経済的な側面でも課題があります。これらの問題に対して、継続的な研究開発と国際協力、国を挙げての支援が不可欠でしょう。

メタンハイドレートの商業化は、日本のエネルギー独立性や地域経済の発展にとって重要な要素となります。一方で、環境への影響や安全性の確保は決して軽視できない問題です。持続可能な開発と利用を追求しつつ、技術の進歩と研究開発の促進が求められます。

日本のメタンハイドレート採掘は、将来への挑戦として注目される分野です。最新のテクノロジーの進歩により、採掘の困難性への対応が進んでいますが、まだ多くの課題が残されています。商業化に向けた計画は進行中であり、継続的な研究開発と国際協力が不可欠です。持続可能なエネルギーの実現を目指し、メタンハイドレートの採掘に対する取り組みを進めるべきといえるでしょう。


ライター

+VISION編集部

普段からメディアを運営する上で、特許活用やマーケティング、商品開発に関する情報に触れる機会が多い編集スタッフが順に気になったテーマで執筆しています。

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